「そこのみにて光輝く」
函館。ある事故がきっかけで仕事を辞め、ブラブラと過ごしていた佐藤達夫(綾野剛)は、パチンコ屋で粗暴だが人懐こい青年・大城拓児(菅田将暉)と知り合う。なんとなく気が合った拓児に誘われ、達夫は彼の自宅に案内される。世間から取り残されたような一軒のバラック、そこには寝たきりの父、その世話に追われる母(伊佐山ひろ子)、水商売で一家を支える姉の千夏(池脇千鶴)がいた。達夫と千夏はそれぞれの身の上を話すうちに、いつしか惹かれあって行く。達夫はやがて仕事に戻る事にし、拓児を誘うのだが、祭りの晩、事件が起こり…。
これは素晴らしい傑作である。本年観た内のこれまでのベスト。おそらく年末のベストテンを賑わすだろう。お奨めである。
(以下ストーリーの内容に触れます)
主人公の達夫は、石切り場で働いていたが、事故で部下を死なせた事から、生きる意欲を失ってしまったかのように、自堕落に生きている。
ゴロゴロ寝転がり、酒とタバコとパチンコに明け暮れる毎日。生きていても仕方がないといったような、投げやり感さえ漂う。
そんな彼がパチンコ屋で知り合った拓児は、傷害事件を起こして仮釈放中、父は寝たきり、母と姉の千夏は介護に追われ、生活苦に喘ぐという悲惨な状況にもかかわらず、達夫とは正反対に明るく、元気に生きている。おぞましい家族の内情を隠そうともしない。
知り合ったばかりの達夫の為に、姉の千夏に飯を作らせたりもするくったくのなさである。
千夏は、家計を助ける為、昼は海産工場で週数日のパート勤めをし、夜は体を売っている。家族の為に、必死で生きている。
社会の最底辺にはいるけれど、拓児も千夏も、それぞれに毎日を精一杯働き、生きているのである。
彼らと付き合ううちに、達夫の中に変化が訪れる。それまでは世捨て人のように、世間から離れていた彼は、やがて千夏に心を寄せるようになる。千夏も、達夫に惹かれて行く。
そして、それをきっかけに、達夫は仕事に戻ってみようとも考え始める。もう一度、生きる意欲を取り戻そうとするのである。
だが、二人の前に障害が立ちはだかる。拓児の身元引受人で、仕事の面倒も見ている植木会社の社長・中島(高橋和也)の存在である。
中島は千夏と関係を持っており、腐れ縁のように千夏と離れられない。達夫と千夏が二人でいる所を見て激しく嫉妬する。
中島は、弟の身元引受人である立場を利用し、千夏との関係修復を迫り、暴力的に支配しようとする。
そして祭りの夜、拓児の怒りが爆発する。
素晴らしいのが、ラスト間際からエンディングに至るシークェンス。
罪を犯した拓児を探し回った達夫は、自分の家の前で座り込んでいる拓児を見つけ、殴りつける。だがこれは、弟のように思っている拓児に対する愛情表現でもあるのだろう。拳を受けながらも、その気持ちが痛いほど分かる拓児の表情もいい。このシーンでは涙が溢れた。
拓児に代わり、千夏たちの家を守って行こうと決意する達夫の顔は、冒頭とはうって変わって輝いて見える。
最後の、朝陽が差す海岸での達夫と千夏の姿もまた美しい。苦難の道はまだ続くだろうけれど、二人はきっと乗り越えて行くだろう。
タイトル「そこのみにて-」の“そこ”とは場所を示す助詞だが、底辺、どん底の“底”ともかけているのかも知れない。社会の最底辺にいようとも、希望を捨てずに生きて行く彼らは、リッチだけれどもドス黒い中島たちよりも、ずっと輝いて見えるのである。
呉美保監督の演出は、これが長編3作目とは思えないほどの、骨太で腰の据わった力強さに満ちている。
いい点をいくつか挙げると、自転車、タバコ、等の小道具の使い方がうまいし、冒頭の達夫や、脳梗塞で寝たきりの、拓児たちの父親(田村泰二郎)が最初に登場するシーンが、いずれも足元から舐めるようなパン撮影で、“死んだような人間”を象徴的に表す演出もうまい。
脚本の高田 亮は、2011年の「婚前特急」、本年公開の「銀の匙 Silver Spoon」と、数は少ないがいい仕事をしている。
演技者たちも、綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉の3人がそれぞれ、作品の意図を完璧に理解し、絶妙の力演。佐藤泰志の作品世界に見事に溶け込んでいる。
池脇千鶴は中でも圧倒的な存在感がある。フルヌードでのセックス・シーンもきちんとこなし、悲惨な状況にあっても力強く生きる女性像を見事に体現している。間違いなく本年度の主演女優賞候補となるだろう。
拓児を演じた菅田将暉は、「共喰い」の的確な演技が記憶に新しいが、本作でもいい味を出している。この人も先が楽しみだ。
呉監督は、前作「オカンの嫁入り」 も見事な出来で感心したのだが、本作において日本映画を背負って立つ存在にまで成長したと言える。今後のさらなる飛躍を大いに期待したい。 (採点=★★★★★)
(付記1)
本作の企画・製作を担当した菅原和博氏は、函館で映画館「シネマアイリス」を経営されておられる方である。映画館経営者がプロデューサーをする、というケースは最近では珍しい。なお3年前に作られた、同じ佐藤泰志原作の「海炭市叙景」を製作したのも菅原氏である。地方発の、ちょっとユニークな映画作りだと言える。
映画館運営者でプロデューサー、という例で思い起こせば、葛井欣士郎氏という方が居た。
1960年代後期から10数年ほどに亙って、映画館「アートシアター新宿文化」の総支配人でありながら、ATG創設に関わり、大島渚や篠田正浩、若松孝二らに、いわゆる1千万円映画と呼ばれる、映画史に残る秀作映画を作らせ、一時代を築いた方である。
キネ旬映画評で、モルモット吉田氏が本作を評して、“ATG文芸映画が甦ったかのよう”と書いているが、映画館主発、という映画の作り方まで似ているというのも、不思議な偶然ではある(注:葛井氏は映画館の経営にはタッチしていない)。
(付記2)
呉美保監督は、大阪芸大出身であるが、前記の「海炭市叙景」の監督、熊切和嘉も大阪芸大出身である。函館を舞台にした2本の映画の監督が共に大阪の同じ大学出身というのも面白い。思えば、「もらとりあむタマ子」の山下敦弘、「舟を編む」の石井裕也も大阪芸大出身で、近年の日本映画を代表する若手監督を次々に輩出するこの大学出身監督は、今後も是非チェックしておきたい。
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コメント
祝 モントリオール 最優秀監督賞ですね。
ひとつだけ気になって書き込みました。
アートシアター新宿文化は三和興行の持ち館の一つで葛井氏は社員として支配人の立場にありました。
経営者ではありません。
ATGの社長も三和興行の社長が兼任していました。
葛井氏が敏腕プロデューサーであったことは間違いありません。
リスクを個人で背負った菅原氏とは違う気がして書きました。
投稿: こん | 2014年9月 2日 (火) 17:33
◆こんさん、はじめまして
ご指摘ありがとうございました。言われてみれば、その通りでした。葛井さんは新宿文化の総支配人を務めておられましたが、経営者ではありませんね。訂正させていただきました。
映画館支配人=運営担当者という頭がありましたので、つい経営者と思い込んでおりました。実際、経営者で支配人、という方も知っておりましたし。でも、情報は正確でなければいけませんね。反省いたします。
今後も、お気付きの点があればなんなりと。
よろしくお願いいたします。
投稿: Kei(管理人) | 2014年9月 5日 (金) 00:52