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2014年5月 8日 (木)

「映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん」

Gyakushunorobotouchan2014年・日本/シンエイ動画=テレビ朝日
配給:東宝
監督:高橋 渉
演出:池端たかし
原作:臼井儀人
脚本:中島かずき

人気アニメの長編劇場版第22作目。脚本は「劇団☆新感線」の作家中島かずき。監督は「クレヨンしんちゃん」テレビ版ほか、「あたしンち」や「ドラえもん」で演出を手がけ、「映画クレヨンしんちゃん」シリーズでも絵コンテや演出を担当してきた高橋渉。長編劇場映画としてはこれが第1回監督作となる。

ある日、ぎっくり腰を治しにマッサージに出かけたひろしが、突然ロボットになって帰って来た。妻のみさえは驚き戸惑うが、ロボットになったひろしは料理も家事も万能、リモコン操作や空を飛ぶ事も出来る“ロボとーちゃん”にしんちゃんらは大満足。だがそれは、家庭での立場が弱くなってしまった日本の父親たちの復権を目論む謎の組織「父ゆれ同盟(父よ、勇気で立ち上がれ同盟)」の陰謀によるもので、やがて組織にコントロールされたロボひろしに率いられた父親たちによって、野原家や春日部市は崩壊寸前の危機に陥る事となる…。

「モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「アッパレ!戦国大合戦」の2本の傑作を作った原恵一監督が手を引いてからの「クレしん」映画は、その後も何本かは見ているのだが、どれもレベルダウン甚だしくガッカリで、ここ数年は僅かしか見ていない。
ところが本作については、一部のメディアで絶賛する記事を見かけたので、ちょっと気になって劇場まで足を運んだ。

うーむ、面白い!そして泣けた!
これは、断言してもいいが、「クレしん」映画では「オトナ帝国」「戦国大合戦」ほどではないが、それらに迫る、シリーズベスト5に挙げてもいい、泣ける傑作であった。

「五右衛門ロック」等の“ゲキ×シネ”で知られる、「劇団☆新感線」の中島かずきが脚本を書いた本作は、一応は子供向けの体裁をとってはいるが、テーマとしては“家庭内で失権著しい、世のオヤジたちの復権”であり、“父親は子供にとってどうあるべきか”という辺りについてもじっくり掘り下げられており、オヤジ族にとっては身につまされ、感動させられる力作になっている。オトナにこそ観て欲しい作品である。

無論、シリーズの特色である、お下品なギャグ、笑い、さまざまなパロディ、そして野原家の家族愛、親子愛などもしっかりと盛り込まれており、子供も、シリーズ・ファンにも十分楽しめるようになっている。

お話のメインは、父親の威厳がすっかり失われ、家庭内での居場所も無くなってしまったかのようなオヤジたちの現状に対して、もう一度、その威厳を取り戻そうと企む謎の組織「父ゆれ同盟」を率いる首謀者の男(正体はやがて判明)の陰謀と、それに反抗し、父・ひろしを取り戻そうと奮闘するしんちゃんたちとの一大バトルである。

この部分だけでも面白い。そしてこのテーマは、あの傑作、「モーレツ!オトナ帝国の逆襲」とも実は非常によく似ている

過去の、良き時代を懐かしみ、今では失われてしまったステータスを取り戻し、それを世界に蔓延させようと壮大な陰謀を仕掛ける…
こう要約すれば、似ている事が分かるだろう。一部の人間をマインドコントロールする展開もそっくりだ。

題名に“逆襲”が入っている事からも、中島かずきや監督の高橋渉らは、おそらくは「モーレツ!オトナ帝国の逆襲を意識しているに違いない。

ただ、その為話にやや無理が生じ、辻褄が合わなくなっている部分が多い。突っ込みどころもあちこち散見される。
例えば、ドデカシティ建設や巨大ロボット製造の為の莫大な費用はどこから出たのか。[一介の警察署長]にはとても無理である。そもそも、「オヤジの復権」と、「ひろしをロボット化すること」とが物語として噛み合っていない。家に居場所がなく、公園でたむろするオヤジたちと違って、ひろしは家族に十分愛されているはずだし。
ロボとーちゃんが服を着て会社に出勤するくだりも、いくらアニメとはいえ、誰も気付かないなんてありえない。

そういう点では、「オトナ帝国」よりはかなり落ちる出来と言わざるを得ない。

 
だが、私が感動したのは、隠れたもうひとつのテーマの方である。それは、“人格を与えられたロボットの、自己アイデンティティへの葛藤”である。

ロボットになったひろしは、最初は猛スピードで走れたり、便利な七つ道具を活用して家事でも大工作業でも何でも出来るようになったり、果ては空を飛んだり出来るロボットの能力にすっかり満足し、最初は戸惑っていたみさえやしんちゃんも、次第にこのロボとーちゃんを受け入れるようになる。

だが実は、ひろしがロボットに改造されていたわけではなく、ひろしの脳内情報がロボットの人工頭脳にコピーされていただけである。…つまりこのロボットは、“クローン”に似た存在なのである。

本物のひろしは、やがて敵のアジトで水溶液に浸され眠っていた事が判明する(この設定は、「マトリックス」のパロディ)。
しんちゃんたちに助け出された本物のひろしが目覚めた後は、ロボット、生身、それぞれが、自分がひろしだと主張し、対立する。
ロボとーちゃんにも馴染んでいたしんちゃんは、どちらのとーちゃんに味方すべきか、悩む事となる。
能力から言えば、ロボットの方が上だし、役に立つし、腕相撲すれば当然、ロボットが勝ってしまう。

ロボひろしは、自分が人間の時よりも優れた存在になっている事に満足し、このままでいたいと思うようになる。

が、そうなると、人間の方のひろしが、存在意義を失ってしまう事となる。

意識としては、どちらのひろしも、ひろし自身である事に間違いはない。ロボットひろしは、“自分のアイデンティティは何処にあるのか”と考え始めるのである。

結局のところ、「父ゆれ同盟」側ロボットとの死力を尽くした戦いで、ロボひろしは片腕をもがれ、顔半分も失った姿となる(この姿が重要)。
これで、自分の死期(?)を悟ったロボひろしは、もう一度、人間ひろしに腕相撲の再勝負を仕掛ける。

人間ひろしはここで、父親の威厳、そして本物の、人間としてのひろしのステータスを賭けて、渾身の勝負に挑むのである。
ここから後は、もう涙、涙である。後は映画を観て欲しい。

片腕がなく、顔半分も失ったロボひろしの姿といい、このシークェンスといい、明らかにシュワルツェネッガー主演の「ターミネーター2」へのオマージュである。
あの映画でも、ラストシーンは泣けたが、本作も同じくらい泣けた。

こうして、ロボとーちゃんは(はっきりとは写し出さないが)安らかに死んで行くのである。最期のセリフ「お前の父ちゃん強いだろ」にも泣けた。
本物の父ちゃんと同じくらい好きだった、ロボとーちゃんの死を看取るしんちゃんの心の内も悲しい(これはまた、「アッパレ!戦国大合戦」のラストの、大好きだった井尻又兵衛の死を悲しむシーンへのオマージュでもあるのだろう)。

 
子供向きアニメだと侮ってはいけない。このシリーズは時としてこうした、家族とは、人間とは、そして生きるとは、等の奥深いテーマが打ち出され、はたまた、人生の悲哀すらも感じさせる男たちのドラマが展開される事もある。油断できない。

いろんな映画や、ロボット・アニメへのオマージュあり(ひろしがロボットになって帰って来た時のみさえの反応も「ロボコップ」オマージュっぽい)、古いしんちゃんファンへは、冒頭でカンタム・ロボの登場もあり、と、楽しめるシーンも満載。

映画そのものの出来は、難点も多く4つくらいだが、最後のシークェンスで大幅に点数を稼いだと言えよう。

監督の高橋渉は、これが長編第1作とは思えないくらい、スピーディでテンポよい演出ぶりである。今後が楽しみな監督がまた一人誕生した。

しんちゃんファンも、大人の映画ファンも、誰もが楽しめる秀作である。特に、「オトナ帝国」に感動したファンは是非。     (採点=★★★★☆

(参考記事)
 「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」
 「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ、アッパレ!戦国大合戦」
   
 

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(お楽しみ・その1)
最初の方で、ひろしがロボットにされた謎を探る為、婦人警官がエステの聞き込みに回るくだり。各エステの看板がそれぞれ、「パシフィック・リム」、「トランスフォーマー」、「ターミネーター」と、ハリウッド製ロボット映画の題名になっているのが楽しい。最後の看板名が、ラストの伏線にもなっている辺りも芸が細かい。

(さらにお楽しみ)
高橋渉監督は、長編劇場映画としてはこれが初監督作品であるが、4年前に43分の中篇Atashinchi「劇場版3D あたしンち 情熱のちょ~超能力♪母 大暴走!」(2010)を監督しており、これが実質監督デビュー作である。
内容は、タチバナ家の母がカミナリに打たれ、それが元で超能力を身につけ、家事をテキパキこなしたり、こっそり正義のヒーローになって人助けに奔走したりと大活躍するというお話。

父と母の違いはあるが、平凡な家庭の親がスーパーパワーを身につけ、嬉々としてその能力を使いまくるという内容が、本作の出だしととてもよく似ている。
ある意味、本作の原型になっているとも言える。私は見逃しているが、ちょっと高橋監督が気になって来たので、DVDレンタルが出ていれば見てみたいね。

 

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