「ハミングバード」
2013年・イギリス/Shoebox Films
配給:ショウゲート
原題:Hummingbird
監督:スティーブン・ナイト
脚本:スティーブン・ナイト
製作:ポール・ウェブスター、ガイ・ヒーリー
製作総指揮:スチュアート・フォード、ブライアン・カバナー=ジョーンズ、ディーパック・ネイヤー、ジョー・ライト
戦場で犯した罪を背負い身を潜めて生きてきた元特殊部隊の男が、惨殺された一人の少女の仇をとるべく立ち上がる姿を描くサスペンス。主演は「トランスポーター」シリーズ等の人気アクション俳優ジェイソン・ステイサム。監督は「堕天使のパスポート」、「イースタン・プロミス」の脚本で注目された脚本家スティーブン・ナイト。これが長編監督デビュー作となる。
かつてアフガニスタン侵攻の特殊部隊に所属していた元軍曹ジョゼフ・スミス(ジェイソン・ステイサム)は、戦場で罪を犯し、逃亡の末ロンドンの貧民街でホームレス生活を送っていた。ある日街を仕切るギャングに暴行を受け、ジョゼフは逃げるが、彼が唯一心を通わせた少女が拉致されてしまう。やがて逃げ込んだ、持ち主が長期不在の家に住み着いたジョゼフは裏社会でのし上がって行くが、少女が惨殺された事を知り、怒りの炎を燃やす…。
主演のジェイソン・ステイサム以外は、監督も共演者も知らない名前ばかり。あまり評判にもなっておらず、最初は観る気が起きなかったのだが、監督が「イースタン・プロミス」の脚本家で、かつ脚本家デビュー作「堕天使のパスポート」がアカデミー脚本賞にノミネートされる、という輝かしい経歴を知ってちょっと興味が湧き、観る事にした。
……
これは、意外な拾い物だった。ステイサム主演ではあるが、あまり派手なアクションはなく、どこかフィルム・ノワールを思わせる渋い秀作であった。
ロンドンを舞台にした、イギリス映画、というのもステイサム出演作品では珍しい。ロンドン下町の、ひんやりとした空気が画面に漂っているのもいい。
(以下、ストーリーに触れます)
主人公ジョゼフは、アフガニスタンに出兵した元特殊部隊兵士。戦場で敵の攻撃を受け、仲間の5人が戦死した。その報復で彼は敵兵5人を殺害してしまう。これが軍法会議の対象となるのだが、彼は出廷せず逃亡し、逃げ回った末、ロンドンの貧民街に流れ着き、ホームレスになる。どうやらPTSDにも悩まされ、身も心も、ズタズタになっているようだ。
ギャングに狙われ、逃亡したジョゼフは天窓から、ある高級アパートに逃げ込む。たまたまここの住人は長期間ニューヨークに出張しているらしく、ジョゼフは当分この部屋を仮のねぐらとする。洋服も金も拝借して、やがて体力を回復した彼は、裏社会の用心棒となって金を稼ぐようになる。
一方、ジョゼフはホームレスたちに施しをしている修道女のシスター・クリスティナ(アガタ・ブゼク) とも知り合い、心を通わせて行く。
クリスティナも、ポーランドから流れて来た移民で、やはり暗い過去を背負っている。
この、共に心に傷を負った者同士の心の触れ合いが、丁寧に描かれているのがいい。
どん底にまで堕ちたジョゼフの魂が、クリスティナによって浄化されて行くのである。
それを象徴的に示すシーンがある。
ジョゼフはクリスティナに、寄付だと言って500ポンドを渡す。クリスティナはそれを自分の為に使うのだが、やがて身内から工面して同額の金をジョゼフに返す。
その時のセリフが「これは浄化したお金よ」。
汚れた金を浄化する行為は、ジョゼフの心に対する浄化作用のメタファーでもあるのだろう。
こうして、クリスティナによって心の救済を得たジョゼフは、ホームレス時代に心を通わせた少女イザベルを殺した、サディステックな許せぬ男に天誅を加えた後、いずこへともなく去って行く。
また一方、ジョゼフと付き合う内に、クリスティナ自身も心の安らぎを得て行く。
多少、神の道に背く事もしたけれど、最後はジョゼフと別れ、アフリカへと旅立って行く。本当の心清き人間になる為に。
繁栄する都会の裏で進む格差社会、ホームレス、移民、人身売買、そして帰還兵士のトラウマ…と、社会問題を散りばめつつ、罪を背負った男女の、人間としての生きざまと再生に至る道を見つめた、これは心に響く秀作である。
ステイサム主演でありながら、アクションはぐっと控えめで必要最小限に抑えられている。多分、ステイサム主演作品中でも最も派手なアクション・シーンが少ない、スタイリッシュな作品と言えるのではないか。
スティーブン・ナイトの過去の脚本作を振り返っても、 「堕天使のパスポート」は、ロンドンを舞台に、トルコ移民女性と彼女を見守るアフリカ人男性の交流が描かれるし、「イースタン・プロミス」でも、ロンドンの裏社会を舞台に、ロシアン・マフィアと関わる事になった女と、ロシアン・マフィアの男との交流が描かれていた。
つまりはスティーブン・ナイトは自身の脚本作において、常にロンドンの底辺社会に生きる男女の交流を描いて来た人なのである。その流れに本作もあると言えよう。
題名の「ハミングバード」とは、高性能カメラを搭載した無人偵察機のコードネームである。冒頭の戦場の模様はハミングバードが撮影した映像だし、ラストの逃亡するジョゼフの姿も監視カメラが高所から追跡している。いずれも、鳥の目線(つまりは神の目)で彼の姿は見つめられているのである。これは、人間の深い罪を、常に神は見通している事の暗喩でもあるのだろう。
ただちょっと難点もある。ジョゼフがどうやってホームレスにまでなったか、少女イザベルとどんな心の交流があったのかがきちんと描かれていない。
また、忍び込んだ家の住人がたまたま7ヶ月も海外に行ってて、その7ヶ月間、周囲にも気付かれず悠々生活出来てしまうのも疑問が残る。
普通、セレブの人間がそんな長期間家を空けるなら、セキュリティ会社にホーム・セキュリティ・ガードを依頼するなり、もしくは友人・隣人に時たま様子を聞く電話を入れるなりするだろうに。これでは泥棒に入られてごっそり盗まれても気が付かないんじゃないかと思ってしまう(笑)。
が、そんな難点を差し引いても、この作品の持つ独特のムード、空気感、そしてジョゼフとクリスティの心の交流をしっとり、的確に描いた演出には惹かれてしまった。
決して大作映画でも問題作でもなく、映画全盛期には無数に作られていたプログラム・ピクチャーの1本のような作品である。そんな作品の中にも、キラリと光る秀作はいくつかあった。
プログラム・ピクチャーがほとんど作られなくなり、製作費をかけた話題作か、ミニシアター向けのアート作品の両極作品しか作られなくなった現在、こうした小品ながらも心に響くタイプの作品はもっと作られるべきだろう。そうした期待も込めて、有望な新人監督、スティーブン・ナイトの今後も注目して行きたい。 (採点=★★★★)
(お楽しみ、ではないけれどチェックしておきたい事)
冒頭のアフガニスタンの戦闘シーンを見て、私はてっきりこれはアメリカ映画であり、主人公は米兵だとばかり思っていた。
ところが舞台はロンドンに移り、なおかつ彼の妻子もこの町にいる事が後で分かる。
ジョゼフは、実はイギリス人であり、彼は英軍兵士としてアフガニスタンに派兵されていたのである。
実はあまり知る人は少ないが、アメリカのアフガニスタン攻撃には、集団的自衛権の発動によって、イギリス・フランス・カナダ・ドイツ等も参加しているのである。
イギリスは、アメリカに次ぐ大量の派兵を行っている。おそらく、多くのイギリス兵が戦死しただろうし、またジョゼフのように帰還後もPTSDに悩まされる兵士も多くいるはずである。
(なお日本の自衛隊はインド洋における給油活動のみ参加し、戦地には行っていない)
この映画は多分、イギリスの軍隊がアフガニスタンで戦った事実を描いた、初めての作品ではないだろうか。
また、集団的自衛権の発動とはどういう結果をもたらすのか。その事も心に留めておくべきである。
なおナイト監督のインタビューによれば、脚本を執筆するにあたりロンドンのホームレスたちを調べたところ、その1割が元兵士だったそうである。その事実が、この作品を作るヒントにもなったようだ。
いろいろと、考えさせられる作品であると言えるだろう。
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