「祖谷(いや)物語-おくのひと-」
2013年・日本
配給:ニコニコフィルム
監督:蔦 哲一朗
脚本:蔦 哲一朗、河村匡哉、上田真之
撮影:青木 穣
徳島県の人里離れた山奥に実在する秘境・祖谷(いや)を舞台に、都会からやってきた若者と人里離れた大自然の中で暮らす人々の交流を描いた169分の長編作。監督は地元徳島出身の弱冠29歳の新鋭・蔦哲一朗。35ミリフィルムで撮影された四季折々の自然が美しい。主演は「ハイキック・ガール」、「ヌイグルマーZ」等のアクション女優として知られる武田梨奈。本作ではアクションを封印して熱演。その他脇を田中泯、大西信満などが固め、「萌の朱雀」の監督・河瀬直美も俳優として参加している。2013年・第26回東京国際映画祭「アジアの未来」部門でスペシャル・メンション、パンアジア映画祭で最優秀作品賞をそれぞれ受賞。
東京から、自然豊かな山里の祖谷にやってきた青年・工藤(大西信満)は、自給自足の生活を始めようとする。一見平和な村だが、一方では地元の土建業者と自然保護団体との対立や、鹿や猪といった田畑を荒らす野生動物と人間との戦いなど、さまざまな問題を抱えていた。、また工藤も、厳しい自然との共存に限界を感じ、絶望を隠せないでいた。そんな時、工藤は人里離れた山奥でひっそりと暮らすお爺(田中泯)と少女春菜(武田梨奈)に出会う。電気もガスもない質素な二人の生活に接し、工藤は心が洗われて行くが、時が流れるとともにお爺の体が弱ってゆき…。
蔦監督は、16mmの自主制作映画「夢の島」が一部で評価された、アマチュア映画作家である。本作もまったくの自主制作映画だそうだが、驚いた事にシネマスコープ・サイズの、堂々たる本格的劇場映画である。しかもデジタル全盛の現代で、35ミリフィルムで撮影する事にこだわり、足かけ3年間かけて祖谷の四季を追ったそうである。
しかも上映時間は169分!。ほとんど実績のない、29歳の若い作家にしては無謀ではないかと、観る前は不安であった。
ところが、観終えて圧倒された。ズシーンと心に響いた。これは傑作である。まったく長いと感じなかった。それどころか、もっとゆっくりと、この映画にいつまでも浸っていたいとさえ思った。
大自然の中で、時代に流されず、悠然と生きる人たちをじっくり見据えるには、このくらい長い時間が必要だったのかも知れない。
35ミリフィルムで撮影した事も生きている。やわらかく、落ち着いた質感のフィルムで撮影された自然の風景は、とても美しく荘厳で神秘性に満ちている。デジタルとはどこか違う。
音楽で言えば、CDのデジタル音声はクリアかも知れないが、針の音がするアナログ・レコードに愛着を感じる人が今も多い事と共通するものがある。
映写も当然フィルム上映で、最近はほとんど見なくなった、フィルムチェンジ時に画面右肩に一瞬写る楕円形のチェンジ・マークも懐かしい。
画面のちらつきもあるし、上映を重ねる度に、フィルムは劣化し痛んで来るという欠点もあるが、でもそのアナログ感がまたいいのである。
これはまた、古い昔ながらの自然を守り、そこで生きる意味を問いかける本作のテーマともシンクロしていると言える。蔦監督がフィルムにこだわった理由もそこにあるのだろう。
(以下、ストーリーに触れます)
主人公の春菜は、赤ん坊の時、山でお爺に拾われた孤児である。その事は本人も知っている。
お爺は、蓑笠を被った装束が示すように、山で猟をするマタギであり、家には電気もガスも通っていない。自然のままの生活である。
だが、開発の波はこの山村にも押し寄せ、トンネルが掘られ、自然は切り開かれて行く。反対運動も起きるが、なすすべもない。
春菜も、最初の頃は一時間もかけて山を下って学校に通っていたが、やがて知り合いのアキラから譲られたスクーターに乗って通うようになる。
そして高校を卒業したら、都会に出たいと思っている。自然児であった彼女ですらも、近代化には逆らえないのである。
その春菜の心境の変化と反比例するように、お爺の体調はどんどん悪くなって行く。これは、文明によって蝕まれ、廃れて行く自然のメタファーかも知れない。
一方、都会から祖谷にやって来た工藤は、春菜たちとは対照的に、現代文明に逆らい、畑を耕し、自給自足の生活を試みる。しかし厳しい自然は目論見ほど甘くはなく作物は育たず、工藤は絶望感にさいなまれる。
自然の中で生きるとはどういう事なのか、人間は自然と共存できるのだろうか、自然を潰し、近代化を図る事は、人間にとって幸福なのだろうか…
映画はさまざまな事を考えさせてくれる。
登場人物の中で面白いと思ったのは、一人で暮らし、等身大のカカシ人形を作っているお婆さんである。
西トミヱさんという地元の素人の人だそうで、なんと91歳だそうである(右)。喋り方も自然のままで、まさに祖谷の人という感じ。この人を見ていると癒されて来る(笑)。
だが、祖谷の自然をセミドキュメンタリー的にリアリズムで描いていた映画は、終盤において急激に転調する。
未見の人の為に詳しくは書けないのだが、ファンタジー色が強まって行くのである(ヒントだけ言うと、お婆さんのカカシがカギ)。
これに戸惑う人もいるかも知れない。
また、春菜が都会で暮らすシークェンスも駆け足的でそれまでのテンポと明らかに違和感があるし、物語も取って付けた感がある。
都会の味気なさを強調しようとしたのだろうが、成功しているとは言い難い。
だが、そうした欠点を差し引いても、35ミリフィルムが表現する祖谷の自然の美しさ、荘厳さと、本作が訴えかけるテーマの力強さには圧倒され、敬服せざるを得ない。
そしてラストシーンが凄い。自主制作でありながら、なんとヘリの空撮を敢行しているのである。
祖谷の山奥深くで再会した春菜と工藤を捉えたカメラは、ゆっくりと上空に舞い上がり、延々とバックして行くのだが、どこまで下がっても、悠久たる自然の風景が広がるばかり。
その圧倒的な大自然の光景に、ただ息を呑み、厳粛な気持ちにさせられる。私はつい涙さえ溢れてしまった。
これが、若干29歳の、長編映画は初めてという若い映画作家の作品とは信じられない。凄い新人監督が登場したものである。
公式ページを覗くと、ポン・ジュノ、園子温、長谷川和彦、木村大作といった錚々たる多数の映画人から賛辞が寄せられている。これも素敵な事である。
→ http://iyamonogatari.jp/contents/comment.html
また、本人自身も言っているようだが、スタジオ・ジブリ作品からの影響が随所に見られる点も興味深い。
特に感じたのは、宮崎駿の「もののけ姫」との関連性である。
太古そのままのうっそうたる森の風景や、自然と人間との共生というテーマも似ているが、登場人物も、赤ん坊の時、お爺に拾われ育てられた春菜の出自は、同じく森の中で狼に拾われ、育てられたサンのそれとそっくりである。
実際、本作の中でも、春菜は村の人たちから陰で、「おおかみ少女」と呼ばれている。
さすれば、終盤で生命を得て動き出すカカシたちは、「もののけ姫」における森の精霊、コダマに相当する存在だと考えれば納得が行く。
また、都会から祖谷にやって来て農耕生活に入る工藤の姿は、「おもひでぽろぽろ」における、都会から田舎にやって来て、やがて田舎で暮らす事を選択するタエ子の生き方と重なる。
ジブリ以外にも、他の名作映画へのオマージュが見受けられる。
天秤棒で、水を汲んだ桶を担ぐシーンは、これも自然と大地と人間を描いた新藤兼人監督の秀作「裸の島」を思い起こさせる。
過疎の田舎にじっくり腰を据え、土地に住む人々の姿をドキュメンタルに追う映像は、小川紳介監督の「ニッポン国・古屋敷村」(1982)、「1000年刻みの日時計 牧野村物語」(1987)を連想させたりもする。
ともかく、これは素敵な作品である。愚直に、フィルムというアナログ手法にこだわる蔦監督の確固たる信念も含め、今年の収穫であると断言したい。
小規模の公開である為、見逃している人も多いだろうが、機会があれば是非観ていただきたい。傑作!
(採点=★★★★★)
(付記)
蔦監督は、名前から推察される通り、かつて高校野球で一世を風靡した地元徳島・池田高校の元監督・蔦文也氏のお孫さんである。
同じ“監督”という肩書きだけれど(笑)、まったくジャンルの違う映画監督の道を志したわけである。地元ではおそらく“蔦監督”といえば今は誰もが蔦文也氏を指すだろうが、やがて遠からず地元でも“蔦監督”=蔦哲一朗、という時代がやって来る事を、一日も早く望みたい。
春菜と同じく、お爺が天国で見守ってくれているに違いない。
「祖谷物語
-おくのひと-」 予告編
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コメント
いい意味でも悪い意味でも長かったです。
映画自体はとってもいいのだけど、上映時間が長いと覚悟がないと見に行けない。
都会以降は祖谷と対比させる為にはバランスから考えても短いと思うんですが、おじいが生きている時から工場で働いたりしてるので、もっとバッサリ短く刈り込んでも良かったかもしれません。祖谷と比較する都会編の街の冷たいけど綺麗な青さにはちょっと惹かれました。
投稿: ふじき78 | 2014年6月22日 (日) 07:24
◆ふじき78さん
人によって個人差はあるでしょうが、私は長いとは感じませんでした。終わってから、え、3時間近くもあったの?という感じでした。
まあ確かに、もっと刈り込んだ方が映画は引き締まったかも知れません。
でも、舞台となった祖谷渓が、私の郷里のすぐ近くで馴染みがあるせいかも知れませんが、このゆったりした空気がなんともいいのですね。なんか、時間がゆっくり進んでいる気がするのです。
監督自身が地元出身ですから、このゆったり感が身についてるのかも知れません。まあ次回作もこんなペースだったら、さすがに文句が出るかも知れませんが(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2014年6月25日 (水) 00:51
書き込み有難う御座いました。(レスは、当該記事のコメント欄に付けさせて貰いました。)
5年前の記事「『訪れて良かった!』と思った名所」(http://blog.goo.ne.jp/giants-55/e/aa3edb1af5033441f04a9845a8e00a17)で記したのですが、「自分がこれ迄実際に足を運んだ国内の名所の中から、『訪れて良かった!』と最も思った場所。」が、祖谷のかずら橋なんです。ですから、「祖谷」を扱っているという事で、興味をそそられる作品ですね。其れに、蔦監督の御孫さんが、此の作品で監督を務められているというのも、猶更興味をそそられます。
投稿: giants-55 | 2014年7月18日 (金) 01:07
◆giants-55さん
いろいろお褒めの言葉いただき、ありがとうございました。
祖谷渓は私の郷里の近くで、小学校の遠足で行ったような記憶がかすかにあります。
かずら橋は、名前は知ってますけどまだ行った事はありません。子供には危ないですから、遠足ルートには入ってなかったでしょうね。
一度行って見たいと思います。
そういえば、確か映画の中でも、かずら橋に似たつり橋が出て来たような気がします。もう一度見る時に確かめたいですね。
機会がありましたら、是非映画の方もご覧になってください。
投稿: Kei(管理人) | 2014年7月20日 (日) 02:26
地元の映画館での上映が無い為、
泣く泣くノートPC(DVD)で鑑賞しました。
母の実家も風光明媚な環境で、
本作と共感する風景も有り、
長尺を感じませんでした。
本作のままでも傑作なのですが、
祖谷の方々がモプ的に出て
春菜・お爺・工藤だけで祖谷に
絞った物語だったらもっと印象
変わったかもしれません。
でもスクリーンで観たかった。。
監督の次回作、期待したいです。
投稿: ぱたた | 2015年10月27日 (火) 14:44