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2014年7月21日 (月)

「あいときぼうのまち」

Aitokibounomachi2013年・日本/「あいときぼうのまち」映画製作プロジェクト
配給:太秦
監督:菅乃 廣
脚本:井上淳一
撮影:鍋島淳裕
製作:小林直之、倉谷宣緒
エグゼクティブプロデューサー:小林直之

1945年から2013年までの68年にわたり、日本の原子力政策に翻弄されながらも福島で暮らして来た4世代一家族を通して、日本と日本人を見つめた意欲作。監督は福島県出身の脚本家・菅乃廣で、これが監督デビュー作となる。脚本は「アジアの純真」の井上淳一。主演は井上が監督を務めた「戦争と一人の女」の千葉美紅と「アジアの純真」の黒田耕平。その他勝野洋、夏樹陽子、大谷亮介等のベテランが脇を固める。

1945年福島県石川町、学徒動員で草野英雄(杉山裕右)は軍の極秘命令で、毎日原爆開発の原料となるウラン採掘に明け暮れていた。1966年福島県双葉町、原発建設反対を貫く英雄(半海一晃)は地域で孤立し、娘の愛子(大池容子)ともども村八分にされ、愛子の恋人の奥村健次(伊藤大翔)すらも彼女のことを避けるようになっていた。2011年、親子2代で東京電力で勤務していた健次(勝野洋)は息子をガンで失った矢先、愛子(夏樹陽子)と再会する。いそいそ出かける愛子をいぶかしんだ孫娘の怜(千葉美紅)はその後をつけるが、その時大地が大きく揺れた…。

東日本大震災と、福島原発事故を描いた劇映画は、園子温監督の「希望の国」、金子修介監督「青いソラ白い雲」をはじめいくつか作られている。
が、本作がそれらと大きく異なるのは、事故を起こした東京電力が実名で登場する点である。

「希望の国」では長島県という架空の土地が舞台だったし、「青いソラ白い雲」では当初のシナリオにあった“東京電力”の固有名詞が自主規制?で完成作から削除されるという苦渋を味わっている。東電批判は、映画製作・興行の上で想像以上にいろんな所から圧力がかかるようだ。

本作では堂々と東京電力の実名が登場する上、辛辣な国策批判、原発批判も行っている。ほぼ自主製作・配給であるからこそ可能だったのだろう。
その点だけでも、この映画の勇気には敬意を表したい。
なおアメリカでは、ハリウッド映画であっても、「インサイダー」(1999)、「エリン・ブロコビッチ」(2000)等、告発先企業を平気で実名で登場させている。なんたる違いか!

 
さて、映画の中身についてだが、これも堂々たる骨太の作品に仕上がっている。

物語は、1945年の終戦直前の福島県石川町、1966年の福島県双葉町、2011年の福島県南相馬市、そして2012~3年の東京の4つの時代と土地が舞台で、映画はこの4つの時代のエピソードを並列し、交錯させながら描く。スケールは違うが、ウォシャウスキー姉弟監督の「クラウドアトラス」を思わせたりもする。

(以下、ストーリーに触れます)
終戦直前の福島県石川町で、原爆開発のためのウラン採掘が行われていたのは、史実だそうである。それも、福島第一原発から約50キロメートルの距離だそうだ。
この史実はほとんど知られていない。よくまあ探し出したものである。
これを最初のエピソードとして持って来た事によって、福島は70年近い歴史の上で、常に原子力が関連する国策に翻弄されて来たという事実が浮かび上がって来る。

1945年に、ウラン採掘の為動員された中学生・草野英雄は、その21年後、双葉町で農業を営んでいたが、東京電力の原発が建設される事に伴い、立退きを要求される。
ウラン採掘で国策に疑問を感じていた英雄は、原発建設に反対する最後の一人となり、町の有力者から、町の繁栄と国策に逆らう反逆者の烙印を押され孤立する。
さらには娘の愛子も、逆賊の娘として勤務先から解雇されてしまう。とうとう疲れ果てた秀雄は土地を手放す決断をし、半ば自殺のように死んでしまう。

愛子は幼馴染みの健次を愛していたが、原発推進標語(原子力、明るい未来のエネルギー)を考案、採用された健次を許せず、自暴自棄のように浜辺の小屋で抱き合った後、別れてしまう。

2011年初、西山徹(大谷亮介)と穏やかな夫婦生活を送り、孫にも恵まれ、還暦を迎えた愛子(夏樹陽子)はフェイスブックで健次の名前を見つけ、連絡を取り合って45年ぶりに再会する。
その健次は、原発労働者だった息子を癌で失ったばかりだった。おそらくは放射能が原因なのだろう。彼の息子もまた、原発の犠牲者だと言える。

祖母が着飾って車で出かけた事を不審に思った孫の西山怜は、後をつけ、健次と逢っている事を知った怒りから健次の車のキーを隠してしまう。
その直後、あの3.11の地震が起きる。そして愛子は津波に流され亡くなってしまい、一家は福島の土地を失い東京に転居する。

祖母の死を、自分のせいだと思い込んでいる怜は、自らを赦せず心が荒み、やり場のない怒りから体を売るようにまでなる。

英雄の母も妻子ある軍人を愛した為、終戦後自殺している。
その母を起点として、息子・英雄、その娘・愛子、その孫・怜、と、4世代にわたり、戦争、原発誘致、原発事故、と国策の為に翻弄され、その犠牲となって来た草野家の苦悩と悲しみを通して、映画は、国そのものと、原発という存在に対し、鋭い告発と問題提起を行っている。

ラストで怜は、祖母が津波から逃げる際、多くの逃げ遅れた人々を助けようとした事を知る。
怜は、地震の爪痕が残る地元の海辺で、封印していたチューバを演奏し、祖母への追悼を行う。

暗い物語ではあるけれど、それでも若い世代に、明日への希望を託したラストシーンには涙が溢れた。

 
テーマも鋭いし、4世代の家族を交互に描く手法は、大河ドラマのような風格を漂わせ見ごたえがある。菅乃廣の演出も、初監督作品にしてはよく頑張っている。

プロダクション・ノートによると、菅乃監督は20数年前、父親が腫瘍が何度も再発する奇病で、約8年間の闘病生活を送り、「この奇病は昔原発で浴びた放射能が原因かも知れないな」との呟きを残して死去したそうで、その事がこの映画を作るきっかけになったそうである。
映画化を実現するには、さまざまな困難があったと思われるが(実際、内容を聞いて多くの俳優から出演を断られたそうだ)、それらを乗り越えて完成させた粘りと熱意にも敬意を表したい。是非、多くの人に観ていただきたいと願う。

  
 
 
……
と、ここまでは賛辞を送って来たが、本作には残念な点、がっかりした点もいくつかある。

せっかくの真面目なテーマの作品であるのに、主人公の怜が取るいくつかの行動に疑問が残る。
いくら祖母の行動や原発避難等で心が荒んだとはいえ、援助交際をしたり、ラスト近くで汚染された福島の落ち葉を東京でバラ巻くテロ行為は問題である。
今も仮設住宅で暮したり、除染が進まない現状に不満が鬱積している人たちは多いだろうが、それでもじっと耐えて生活している人がほとんどである。
冒頭で援助交際する怜のヘアヌード・シーンも登場するが、若い人やお年寄りも含めた多くの人にも観て欲しい本作にとって、こうした描写はマイナス効果にしかならない。子供連れで観たい観客は躊躇してしまうだろう。

また、健次の息子が放射能が原因かも知れない癌で死んでいるのに、以後の物語ではほとんど触れられていない点も疑問。嬉しそうに愛子と逢ってる心の余裕などないだろうに。
菅乃監督の父親の死因とも関連があると思われるだけに、これはもっと追求し怒りをぶつけて欲しかった。まあ、物語の中心は4代にわたる草野家だから、あえて深入りしなかったと善意に解釈はしたいが。

脚本の井上淳一は、「アジアの純真」(2011)でも、マスタードガスを拉致被害者の家族会場でバラ巻くという無意味なテロ行為を描いて、却って作品を台無しにさせた前科がある。なぜ「アジアの純真」が観客の共感を得られなかったのか、よく考えて欲しい。脚本のレベルは、同作よりはずっと上がって良くなっているだけに惜しい。

そういう不満もあるが、それでもこの作品が作られ、公開された意義は大きい。観るべき作品だと思う。    (採点=★★★★☆

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(付記)
本作のタイトルは、ピンと来る方もあるだろうが、大島渚監督のデビュー作「愛と希望の街」(1959)から取られている。脚本の井上氏もプロダクション・ノートで明記している。

この作品は最初、「鳩を売る少年」という題名だったのだが、製作した松竹がそんな題名では商売にならないと強引に変えさせたものである。映画は、貧富の格差が若い男女の愛を引き裂いてしまうという、愛も希望もないお話で、反語的な皮肉なタイトルになっている。しかし力強く瑞々しい演出で、私は大島渚作品の中では一番好きな作品である。

本作が、この「愛と希望の街」製作から55年目という節目に公開されたのも感慨深い。大島作品と同じ読み方の作品でデビューした菅乃廣監督(名前が漢字一字という共通性もある)には、是非大島渚監督のような、鋭い社会批判と前衛性を持った力作を発表する一流監督を目指していただきたいと強く要望しておこう。

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