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2014年8月10日 (日)

「複製された男」

Enemy2013年・カナダ・スペイン合作
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
原題:Enemy
監督:ドゥニ・ビルヌーブ
原作:ジョゼ・サラマーゴ
脚本:ハビエル・グヨン
撮影:ニコラ・ボルデュク
製作:ニブ・フィッチマン、M・A・ファウラ

ポルトガルのノーベル文学賞作家、ジョゼ・サラマーゴの小説の映画化。自分と瓜二つの人物に遭遇した男が、混乱の末に極限状態に陥って行く姿を描いたミステリー。監督は「灼熱の魂」「プリズナーズ」が高い評価を受けたカナダ出身のドゥニ・ビルヌーブ。「プリズナーズ」のジェイク・ギレンホールが主演の男の1人2役を演じ、「イングロリアス・バスターズ」のメラニー・ロラン、「危険なメソッド」のサラ・ガドンが共演。また「ブルーベルベット」のイザベラ・ロッセリーニが出番は僅かだが出演しているのも見どころ。

大学で歴史を教えるアダム(ジェイク・ギレンホール)はある日、同僚から薦められて見たビデオの中に、自分とそっくりな男(ジェイク・ギレンホール/二役)が出演しているのを見つける。興味を覚えたアダムは、その男アンソニーという俳優について調べ、居場所までつきとめ、やがては、この男に会いたいという欲求が高まって行く。連絡を取り合った末に、ついにあるホテルの一室で対面した二人は、姿かたちだけでなく、声も、生年月日も、生まれついたものではない傷痕もまるっきり同じだった…。

「プリズナーズ」が面白かったので、そのビルヌーブ監督作品という事で鑑賞した。

だが、これは一筋縄では行かない不思議な作品である。謎がいくつも登場し、結局最後まで謎は解明されないまま、唐突に終わる。
多分、明快な結末を求める観客には不満が生じるだろう。

だが私は、こうした謎だらけの作品も好きである。一種の、結末は観客にゆだねられるタイプの作品であり、一昔前のミケランジェロ・アントニオーニ監督作品(「欲望」他)、デヴィッド・リンチ監督「ブルー・ベルベット」、スタンリー・キューブリック監督の「アイズ・ワイド・シャット」、日本で言えば安部公房原作・勅使河原宏監督の「他人の顔」「燃えつきた地図」などが挙げられる。どれも私は好きである。こうした作品が好きな方には十分楽しめるし、お奨めである。

謎のままで終わるだけに、観客はあれこれと、自分で謎を解き明かす楽しみもある。本作の場合、過去の類似作品も頭に入れながら、何通りもの解釈が可能である。
そして自分なりの解明を試みた後、他の人のレビューやブログを覗いて、「そういう解釈も出来るのか」と膝を打ったり、それらを参考に、さらにあれこれ新しい解釈をしてみたり…と、まさに1粒で2度も3度も美味しい、おトクな作品だと言える。
本ブログのキャッチフレーズにあるように、視点を変えてみれば、映画はいろんな楽しみ方が出来るものなのである。

(以下、謎の解明となります。映画を観た後でお読みください)

主人公アダムは大学の講師で、家に帰れば恋人メアリー(メラニー・ロラン)が待っており、たまに母(イザベラ・ロッセリーニ)から説教される以外、ごく平凡な家庭のように見える。

ところが、偶然見たビデオの中に自分とそっくりの男を見つけた時から、彼の人生は大きく変わる事となる。
気になって仕方がないアダムは、ネット検索でこの俳優の名前と住所を探し出し、事務所に行ってみたり、さらにはアンソニーという名の、その男の自宅に電話をかけたりまでする。アンソニーは留守だったが、その身重の妻ヘレン(サラ・ガドン)は、アダムの声を聞いて、アンソニーが悪戯してるのだと思い込んでいる。
そしてついに対面したその男は、何もかも自分とそっくりであった。顔だけでなく、声も、胸にある傷痕まで。まさに、複製されたかのようだ。

アダムとアンソニーが何故そこまでそっくりなのか。そして随所にインサートされる蜘蛛のイメージ。謎だらけである。

まず、思いつく限りの理由を挙げてみる。
①二人は、生き別れた一卵性双生児だった。しかし胸の傷まで一致している理由が分からない。
②ドッペルゲンガー説。黒沢清監督の映画「ドッペルゲンガー」でもお馴染み。これは割と納得出来る方。しかし蜘蛛は何だったのか。それにドッペルゲンガーそのものが謎である。
③不条理ドラマ説。例えばフランツ・カフカ作品のような。実際カフカ作品には、ある朝目覚めたら主人公は巨大な虫に変身していたという「変身」という代表作がある。ヘレンが最後に蜘蛛に変身するのは、この作品からの引用ではないか。ある程度近い気もするが。しかし訳の分からないシーンをすべて、不条理ドラマだから何でもあり、で片付けるのもどうかとは思う。
これはSFの領域だが、クローン人間説。アダムはアンソニーのDNAから生成されたクローン。理詰めで判断したければこういう手もある。タイトルの「複製された男」の意味に最も近いのもこの説である。
やはりSFだが、侵略をたくらむ宇宙人がコピー人間を作っていた。これはジャック・フィニイ原作の「ボディスナッチャー/恐怖の街」(ドン・シーゲル監督)に登場する。トロントの街の中空に浮かぶ巨大な蜘蛛も、エイリアンの宇宙船かモンスターのようにも見える。
…しかし最後まで見れば、これはSF作品とは思えないので、④⑤はやや突飛過ぎる。よって却下。
⑥夢オチ説。すべてはアダムが見た夢だった、というオチ。怪しげな秘密クラブも、そこで見る蜘蛛女もすべて夢。随所に登場する蜘蛛のイメージも、夢だったら納得出来る。しかし一番安直な説でもあり、拍子抜けだという不満も出るだろう。

まあこんな具合に、いろんな説を立ててみるのも面白い。これだけでも何日か楽しめる(笑)。しかしどれも一長一短で、謎が解明出来たとは言い難い。

そこで私が考えたとっておきの説。

⑦多重人格説。二人は実は同一人物で、アダムとアンソニーという別の人格を持っていた。二人がホテルの一室で対面するシーンは二重人格による妄想。二人が一緒にいる所は、実は誰も見ていない。
アダムがアンソニーの所属事務所を訪れた時も、彼の自宅に電話した時も、いつもアンソニーが不在だった理由もそれで納得出来る。
本来の姿はアンソニーで、妻ヘレンを愛しているが、自由になりたいという願望がアダムという別人格を生み出し、愛人メアリーと別宅で暮らすという二重生活をしている。
妻には、撮影だと称して家を空ける時間が長い。その間アダムとして大学講師をしている。
多重人格だから、時々妄想に浸ったりする。で最後は、アンソニーの人格を殺して、メアリーとも別れ、アダムとして妻の元に戻るという結末(注1)

その事を匂わせる伏線がある。終盤、アンソニーと入れ替わって家に帰ったアダムに、ヘレンが「今日は学校どうだった?」と言う。
アダムを夫のアンソニーと思っていたなら、こんな言葉はかけないはずである。つまりヘレンはアンソニーとアダムが同一人物であると見抜いているのである。
(その前段として、アダムの事を知ったヘレンが大学に行って、アダムを確認するシーンがある)

そして蜘蛛だが、これは女性―特にヘレン―のメタファーなのだろう。冒頭、秘密クラブで腹の膨らんだ蜘蛛が出てくるが、ヘレンのお腹もこの蜘蛛のように丸く膨らんでいる。
先のセリフのように、何もかも見通しているかのようなヘレンに翻弄されるアンソニー=アダムは、ヘレンの蜘蛛の巣で絡められた虫のような存在なのだろう。
最後にヘレンが蜘蛛に変身するのも、その意味を強調したいが為と思われる。ただ、ちょっとあざと過ぎて成功しているとは言い難い。

アンソニーが、メアリーにアダムではないと見破られた後、自動車事故を起こすシーンは、アンソニーの人格を抹殺したいアダムの妄想だろう。事故を起こした車のフロントグラスは、蜘蛛の巣のようにひび割れている。

原題の"ENEMY"(敵)とは、アダムが対峙すべき、もう一人の自分(アンソニー)、という意味なのだろう。
ちなみに、"ENEMY"には「悪魔」という意味もある。

まあこの説でも、完全に解明出来たとは言い難い。まだ辻褄の合わない箇所もある。

しかしこのタイプの映画には、結論は求めない方がいい。謎を残したまま、あれこれと考えさせる余地を残した方が後々まで楽しめる。
時間が経てばまたひょっこりと別の説を思いついてもいい。これもまた、映画を楽しむひとつの方法でもあるのである。    (採点=★★★★

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(注1)
こうした同一人物による多重人格ミステリーは、ブラッド・ピット主演の「ファイト・クラブ」だとか、ジョニー・デップ主演の「シークレット・ウインドウ」、ジョン・キューザック主演の「アイデンティティ」とか、類似作品がいくつかある。ただし本作と異なるのは、別の人格とは顔も声も違うという点と、最後はきちんと真相が明らかになる、という点である。

これらの作品における、顔が異なる、というのは邪道であって、二重人格の同一人物なら、同じ顔をしてなければおかしいのである。だが同じ顔なら、同一人物だという事がすぐに分かってしまい謎解きミステリーにならないので、邪道を承知で別の顔にしているのである。
小説ならごまかしがきくが、映像で表現する映画というメディアの、これは欠点でもある。

そういう意味では、同じ顔と声である本作の方が、二重人格ものとしてはフェアであると言える。私の説が正しければの話ではあるが。

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コメント

先日、原作者に纏わるドキュメンタリー映画を見た。ノーベル賞作家のジョゼはポルトガル人でいながら、無神論で人間イエスを主題に書いたため、スペインに行き精神的な亡命状態を経験してという。(複製された男)の原作を読んで見ないと解らないが、祖国喪失体験やアイデンテイテイの問題が自分を多重化させた背景にあるのだろう。イエスとマグダラのマリアとの(男女関係)のような視点や先の記録に出てきた小説の中の西欧で珍しがられたインド象の存在もカフカ的な迷宮世界の本編(複製された男)と通じ合うのかも知れない…。

投稿: PineWood | 2016年3月 6日 (日) 08:14

◆PineWoodさん
情報ありがとうございます。
なるほど、そうだとすると、私の「多重人格説」もあながち間違いではないという事かも知れませんね。カフカからの影響も、やはりあった可能性がありますね。興味深い情報です。
そのドキュメンタリー映画、見たいですね。探してみましょう。
ありがとうございました。

投稿: Kei(管理人) | 2016年3月 6日 (日) 21:53

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