「イン・ザ・ヒーロー」
2014年・日本/ガーデングループ=RESPECT
配給:東映
監督:武 正晴
脚本:水野敬也、李 鳳宇
エグゼクティブプロデューサー:李 鳳宇
撮影:木村信也
アクション監督:柴原孝典
特殊スーツに身を包み、映画やドラマでヒーローや怪獣の役割を演じるスーツアクターを主人公にしたヒーロー・アクション・エンタティンメント。下積み時代に「仮面ライダー」等でスーツアクターを務めた経験のある唐沢寿明が「20世紀少年」3部作完結以来5年ぶりに映画主演を務めた。監督は崔洋一、井筒和幸らの下で長年助監督を務め、昨年の佳作「モンゴル野球青春記」を監督した武正晴。脚本は「夢をかなえるゾウ」がベストセラーとなった作家の水野敬也と、「フラガール」の製作を務めた李鳳宇。
下落合ヒーローアクションクラブの代表・本城渉(唐沢寿明)は、ヒーローや怪獣などのスーツや着ぐるみを着て演じるスーツアクターを25年に渡り続けている。いつの日か顔を出して出演する夢を持っているがなかなか実現せず、妻凛子(和久井映見)には逃げられ、やっと回って来たと思われた顔出し役も新人・一ノ瀬リョウ(福士蒼汰)に取られてしまう有様。そんな本城に日本を舞台にしたハリウッドのアクション大作のプロデューサーから出演依頼が舞い込む。千載一遇のチャンスだが、その内容はオファーされていたスターも逃げ帰るほどの危険なスタントだった。周囲や凛子にも反対されるが、それでも本城は夢をかなえるため、命を賭けた決死の大立ち回りに挑戦する事となる…。
唐沢寿明が、下積み時代にスーツアクターをやっていたとは全く知らなかった。
1880年、16歳の時に東映アクションクラブに入り、当初は食べて行けずにアルバイトしながら、「仮面ライダー」シリーズや「スーパー戦隊」シリーズにスーツアクターもしくは脇役として出演していたという。
俳優として花が開いたのは1991年の映画「ハロー張りネズミ」の主演。これでキネマ旬報や日本アカデミー賞の新人男優賞を受賞して評価され、以後俳優として活躍しているのはご存知の通り。
本作は、そうした唐沢の下積み時代のエピソードをベースに、年齢を経ても夢を追い続ける、男たちの奮闘ぶりを描いたアクション・エンタティンメントである。
(以下ネタバレあり)
あまり期待はしていなかったのだが、いやあ、これは予想を裏切って楽しいウエルメイドな佳作であった。
展開はベタなのだけれど、結構ツボに嵌った。ラストの大立ち回りには感動して泣けてしまった。
撮影所を舞台に、ずっと無名で格闘技の裏方ばかりやって来た売れない役者が、自分の夢の実現の為に命がけの危険なスタントに挑戦する…というストーリーを聞けば、これはあの深作欣二監督の名作「蒲田行進曲」とほとんど同じ話である。
ただし、主人公本城渉が大部屋俳優ならぬ、スーツアクターという点がちょっと目先が変わって面白い。
本城はせっかくの顔出し役を、若手人気アイドル俳優・一ノ瀬リョウに取られてしまうのだが、その上に一ノ瀬のマネージャーから、彼の殺陣の指導を依頼され、仕方なく引き受けることになる。最初は生意気で現場をバカにする一ノ瀬に呆れるが、彼が自分の弟妹を養い、いつかハリウッドに行って、自分たちを捨てた母に会いたいという夢を持っている事を知り、本気で殺陣を教える事となる。一ノ瀬もまた地道な努力を重ねる本城に心酔して行き、やがて二人の間に師弟関係が生まれる、という流れもベタながら悪くはない。
長年殺陣をやって来たベテラン役者に、若手役者が指導を仰いで二人が師弟関係となり、クライマックスでベテラン役者が一世一代の大チャンバラ・シーンを演じる、という展開は、これも本年公開された「太秦ライムライト」とよく似ており、本作は「蒲田行進曲」と「太秦ライムライト」を寄せ集めたような作りになっている。
ご丁寧に、「太秦ライムライト」で大御所俳優尾上清十郎を演じた松方弘樹が、本作でも同じような役を演じているのがご愛嬌。
ついでに、「蒲田行進曲」も「太秦ライムライト」も東映京都撮影所が舞台であり、本作に登場する戦隊アクションも東映のおハコで、どうやら舞台は東映東京撮影所。本作の配給も東映、と東映づくしであるのが面白い。
歳をとっても夢をあきらめきれない中年男が、千載一遇のチャンスに、命の危険を顧みずにチャレンジする、というお話は、S・スタローン主演の「ロッキー・ザ・ファイナル」やミッキー・ローク主演の「レスラー」など、いくつも作られており、いずれも感動させられた。そう言えばジャッキー・チェンも、熟年になってからもなお危険なアクションにチャレンジし続けている。
本城が毎日、トレーニングで神社の長い石段を登って体を鍛えるシーンがあり、「ロッキー」を思わせてニヤリとさせられるが、その後を付いて来た一ノ瀬が息が上がってへたばってしまい、改めて本城の弛まぬ努力に尊敬の念を抱く、という展開がなかなか秀逸。
こうした、師弟関係に加え、共にスーツアクターを演じる仲間たちや、撮影所で同じ釜の飯を食って来た俳優たちとの熱い友情や、別れたけれどまだ心は繋がっている妻や娘との、家族の絆、といった要素も巧みに配した脚本が見事。
さすが、「フラガール」等、夢に向かって突き進む感動ドラマをプロデュースして来た李鳳宇が製作・脚本に加わっているだけの事はある。
そう言えば李鳳宇プロデュース作品には、息子の為に無謀なプロレス試合に挑む中年プロレスラーの奮闘ぶりを描いた「お父さんのバックドロップ」(2004・李闘士男監督)という感動作もあった。これもお奨めである。
ちなみに、最年長スーツアクターの海野を演じている寺島進(女性レンジャー役なのが傑作)も、初期の特撮番組で実際にスーツアクターをやっていたのだそうだ。これも知らなかった。
後半は、日本で撮影するハリウッド製大作において、香港出身の有名監督スタンリー・チャンが、8.5メートルの高さから落下し、さらに連続して燃えさかる炎の中で100人の忍者を斬り倒すという無茶苦茶なアクションを、マットなし、ワイヤーなし、CGなしでワンカットで撮りたいと言い出した事から、その役にオファーされていた有名俳優が怖気づいて逃げ帰ってしまい、そんな危険なアクションを演じられるのは本城しかいない、という事で彼にお鉢が回って来る事となる。
本城にとっては念願の顔出し、しかもハリウッド・アクション大作。願ってもないチャンスなのだが、間違えば死ぬかも知れないあまりに危険なアクションに、元妻の凛子は「バカじゃないの」と猛反対するが、夢を捨てきれない本城は敢然とこの役に挑むのである。
このラストの大アクションは、唐沢がそのほとんどを自分で演じている。これがなかなかの迫力。
50歳になった唐沢が、2階から仰向けに落下する、すぐさま立ち上がり100人を相手に大迫力のチャンバラを貫徹する、装束に火が移り、全身火ダルマになりながら斬り合い、水槽に倒れ込む…と、延々と続く過酷なアクションを演じる姿を観ているだけで、熱いものがこみあげて来る。水槽に再度倒れ込んだ本城に駆け寄り、抱きしめる凛子と娘の姿にもまた涙。
その後、包帯だらけでベッドに横たわる本城を凛子たちが囲むエンディングも含め、ほとんど「蒲田行進曲」である。
無論、難点もいくつかある。一ノ瀬を演じる福士蒼汰が、熱くて男くさい本城や海野たちの中では存在感いまいちで浮いてるし、弟妹と母親のエピソードも映画全体のトーンと合っていなく取って付けたよう。
脚本を書いた水野敬也と李鳳宇が、いずれも本職の脚本家ではないせいか、脚本がちょっと弱いように思う。ベテランの職人脚本家が参加すればもっといい作品に仕上がっただろうに。惜しい。
それでも、ラストの大アクションと、本城を演じる唐沢寿明の熱演がそうしたアラをすべて帳消しにするくらい素晴らしい。
そして、“どんな境遇にあろうとも、いくつになっても、決して夢を捨ててはいけない”という、本作を貫くストレートなテーマが、下積みスーツアクターをやりながらも役者になる夢を追い続け、本当にその夢を実現してしまった唐沢自身の人生とオーバーラップするが故にリアルな重みがあり、素直に感動してしまうのである。
映画作りがテーマである事もあり、スーツアクターたちは勿論だが、小道具や美術等の、見えない所で苦労している裏方の人たちの地道な努力をきちんと描き、リスペクトしている所もいい。映画の中に出て来るセリフだが「映画は一人では作れない」のである。
監督の武正晴は、昨年公開の、実話を基にした「モンゴル野球青春記」を監督しており、これもやはり感動的でちょっと面白かった。今後の活躍が期待出来る若手のホープである。これからも応援して行きたい。
なおエンド・クレジットに、唐沢寿明、寺島進がスーツアクター、スタントをしていた時代の松田優作主演「探偵物語」の1シーンも出てくるので最後まで席を立たないように。
現実のせち辛さに夢を失いかけている人、夢なんて叶わないとあきらめかけている人には、ぜひ観て欲しい、これは素敵な夢と感動の寓話なのである。 (採点=★★★★☆)
(で、お楽しみはココからである)
むちゃくちゃ危険なアクションを命令する、スタンリー・チャン監督。
どこかで聞いたような名前、と思っていたが、これ、どうやら香港アクション映画の監督、スタンリー・トンをもじっているようだ。
スタンリー・トン監督作には、ジャッキー・チェン主演作が多く、いずれの作品にも危険なスタント・シーンがよく登場する。
中でも初期の作品「ポリス・ストーリー3」 (1992)では、ミシェル・ヨーにバイクで列車の屋根に飛び移らせる、という、無茶苦茶危険なスタントをやらせていた。
やはりジャッキー主演の「レッド・ブロンクス」 (1995)にも危険なスタントが何箇所もあり、ジャッキーはこれで左足を骨折したという。
「ファイナル・プロジェクト」 (1996)
ではジャッキーにホバリングするヘリコプターめがけてスキージャンプをさせ、回転するローターと頭の間がほんのわずかという、あわや事故死すれすれのシーンもあったらしい。
スタンリー・トン監督、香港ではムチャな注文を出す事で有名らしい(笑)。それに応えるジャッキー・チェンも凄いが。
これらからしても、どうやらモデルはスタンリー・トン監督のようだ。
ちなみに、日本ではジャッキー・チェンと呼んでいるが、英語表記は"Jackie
Chan"であり、正しくは“ジャッキー・チャン”と読む。
つまり、スタンリー・チャンは、スタンリー・トンとジャッキー・チャンの二人の名前を合成した可能性が高い。
なお、そのスタンリー・チャン役を演じているのがなんと、「王の男」、そして現在も公開中の秀作「ソウォン/願い」の韓国の名匠イ・ジュンイク監督である。まあ監督役だから地で行ったのだろうが、結構サマになっている。どういう経緯でこの役を演じる事になったのか、興味深い。
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