「悪魔は誰だ」
2013年・韓国
配給:アルバトロス・フィルム、ミッドシップ
原題:Montage
監督:チョン・グンソプ
脚本:チョン・グンソプ
撮影:イ・ジョンヨル
音楽:アン・ヒョンジョン
時効を迎えた幼女誘拐殺人事件が、その後かつての事件関係者たちにさらなる波紋を呼び起こして行く韓国製クライム・サスペンスの秀作。監督・脚本はこれが監督デビュー作となるチョン・グンソプ。主演は「私のちいさなピアニスト」のオム・ジョンファと「殺人の追憶」のキム・サンギョン。韓国内で200万人動員というヒットを記録し、韓国のアカデミー賞と言われる大鐘賞で、チョン・グンソプが脚本賞・新人監督賞にノミネートされ、オム・ジョンファが見事最優秀主演女優賞を受賞した。
15年前、娘を何者かに誘拐され殺されてしまった母親ハギョン(オム・ジョンファ)のもとに、担当刑事チョンホ(キム・サンギョン)が訪れ、事件が間もなく公訴時効を迎えることを告げる。未だに犯人を見つけ出そうと事件のことを調べ続けているハギョンにとって、それは決して受け入れられるものではなかった。時効まで残り5日に迫ったある日、事件現場に一輪の花が置かれているのを見つけたチョンホは、これを手がかりに捜査を再開。犯人を確保寸前にまで追いつめたものの取り逃がし、事件は遂に時効を迎えてしまう。それから数日後、15年前と全く同じ手口の幼女誘拐事件が発生し…。
本作ポスターの惹句に“「殺人の追憶」「チェイサー」に続く、韓国映画史にその名を刻む衝撃作”とある。まさにその通り、本作は韓国製犯罪映画としては、ポン・ジュノ監督「殺人の追憶」(2003)、ナ・ホンジン監督「チェイサー」(2008)に勝るとも劣らない秀作である。
ただ、前記2作がどちらかと言うと、いかにも韓国製らしい猟奇的かつ血みどろの凄惨な描写が多かったのに対し、本作はそうした描写はほとんどなく、謎解き推理ミステリーの味わいがあるので、残酷描写に弱い人でも大丈夫である。むしろ推理小説ファンにこそお奨めしたい良質の作品であると言える。韓国犯罪映画の進化がうかがえる、異色作である。
本作の核となるのは、15年前に犯人を取り逃がしてしまった事から、時効寸前になっても、なお犯人探しを諦めない刑事・チョンホの執念であり、そして最愛の娘を殺された母ハギョンの、時効を迎えてもなおも続く怒りと悲しみである。
なぜ犯人は時効寸前になって現場に花を手向けたりしたのだろうか。そして、なぜ時効後に、15年前の事件をそっくりなぞった誘拐事件が発生したのか。犯人は15年前と同一犯なのか…。
チョンホは、時効後刑事の職を辞していたが、第2の誘拐事件発生を知り、今度こそ犯人を捕らえるべく、再び捜査に参加する。
さまざまな謎が、ラストに向かって一つづつ解き明かされ、すべてが明らかになって行く展開がスリリングで片時も目を離せない。
このラストの真相はまったく予想がつかなかったが、謎を解くヒントや伏線も随所に周到に配置されているので、最後に真相が明らかになっても、そうだったのか!と合点がゆく。観終わってから再見すれば、実に巧妙に伏線が張られている事に気がつくだろう。脚本が秀逸である。
ラストシーンも感動的で素晴らしい。が、ミステリーであるのでこれ以上は書けない。是非映画館で確かめて欲しい。
これが監督デビュー作(脚本も兼任)だというから余計驚く。「チェイサー」もナ・ホンジン監督のデビュー作であったし、有能な新人監督を次々と輩出させる韓国映画界はあなどれない。
なお、チョンホを演じるキム・サンギョンは、「殺人の追憶」でも若手刑事役を演じていた俳優である。10年ぶりの刑事役らしいが、あの作品でも鋭い観察眼で真相に迫る腕利き刑事役を務めていただけに、同作に思い入れのある方なら余計楽しめるだろう。
ただ、邦題はちょっと疑問である。確かに、“本当の悪は誰なのか”というテーマも内在してはいるのだが、この題名では、いかにも過去の韓国製猟奇犯罪映画と同工異曲作と勘違いしそうである。実際は良質推理ミステリーなのだから、例えば東野圭吾原作ミステリーのようなしゃれたタイトルを考えて欲しかった。
ちなみに、原題(Montage)には、「異なった種々の要素を並べて一つにまとめる手法」という意味もあり、複数の要素(謎)がラストで収斂する本作にふさわしいタイトルである。
(以下完全ネタバレなので隠します。映画を観た方のみドラッグ反転してお読みください)
2度目の誘拐事件における犯人の指示が、1回目とほとんど同じで、身代金受渡し方法もまったく同じ。しかし今度は警察も学習しているので、懸命の追跡の末首尾よく犯人を逮捕する。
が、犯人を捕らえてみれば、なんとそれは誘拐された幼女の祖父だった。なぜ祖父がそんな事をしたのか。祖父は本当に誘拐犯なのだろうか。
祖父は、娘を助ける為だと犯人に脅されてやったと言い張る。たしかに自分の孫を誘拐するなんて疑問である。しかし犯人が命令したとしても、誘拐した幼女の祖父を実行犯にする意味はどこに?
チョンホは、祖父は犯人ではないと言うが、捜査本部は取り合わない。
それどころか、決定的な証拠として、祖父の声と、録音された犯人の声とが声紋鑑定で一致したという。
いったい、祖父は本当に犯人なのだろうか。であるなら、可愛い孫がいるのに、なぜそんな事件を起したのか…。
そしてなおも詳細に声紋鑑定を依頼したチョンホは、さらに驚愕の事実を知る。
犯人の声紋は、ノイズがあったりやや間延びしているので、聞いただけでは気付かなかったが、鑑定の結果、15年前の犯人の声紋とも一致したのである。これはどういう事なのか。
そこからやっと真相が明らかになる。
実は15年前に誘拐を実行したのは、この祖父であった。当時12歳だった娘の病気を治す金が必要で、切羽詰った犯行だった。誘拐した少女が死んだのも、彼には殺す気がなかったのだが偶発的な事故で墜落死したものであった。
娘を亡くしたハギョンは、時効で捜査が終結したので、犯人が残した傘を手掛かりに、自力でコツコツと犯人探しを行い、ついに犯人を探し当てる。
だが時効で、犯人を罪に問う事は出来ない。怒りと悲しみからハギョンは、入手した15年前の犯人の録音テープを再生して脅迫電話をかけ、15年前の犯行を、犯人自身に再現させたのである。
15年経っていたので、テープが伸びて音声が変ってしまった、という辺りが秀逸な設定である。
真犯人だった祖父にも、同情の余地はあるし、決してこの祖父が悪魔的な犯罪者であるとは言い切れない。
だが、犯人への憎悪と復讐心にかられたハギョンは、どうしてもこの男を許せなかったのである。
悪魔の心を抱いたのは、ハギョンの方だったというわけである。
そう考えれば、テープに吹き込まれた孫娘の「お母さん」という声が、あまり切迫した様子でなかったのも合点がゆく。うーん、やられた(笑)。
ラストシーンがいい。母の亡き娘に寄せる深い思いに感動させられる。
わが子の為には、犯罪さえも犯しても悔いはない、という一途な母の執念は、ポン・ジュノの傑作「母なる証明」のテーマとも通じるものがある。本作はもう一つの「母なる証明」だと言えるだろう。
人間の、悲しい性(さが)、業(ごう)を感じさせる、単なる犯罪ミステリーに留まらない、素晴らしい作品であった。
ややご都合主義的な所、警察が無能すぎる点(犯人が遺留した傘に全く気がつかなかったチョンホも問題あり)など、難点もなくはないが、それらを差引いても見事な誘拐ミステリーの傑作であると言える。 (採点=★★★★☆)
(さて、お楽しみはココからだ)
誘拐犯罪映画と言えば、黒澤明監督の「天国と地獄」が最高傑作だと断言してもいいが、本作には随所に、その「天国と地獄」からインスパイアされたと思しきシーンが散見される。
①身代金の受け渡しに、どちらも列車が使われる。
②誘拐の一報を受けて警察が被害者宅に入る時、「天国-」では犯人に悟られないよう、デパートの配送員を装っていたが、本作でも宅配便業者を装って(制服を着て)家に入っている。
③刑事の一人が被害者宅から外に出る時、犯人に気付かれないよう表からでなく、裏側の窓から飛び降りたが、「天国-」でも塀を乗り越えて外に出ていた。
④どちらの作品でも、刑事の犯人に対する憎悪から、犯人に重い罪を着せる為、刑事が細工をほどこす。(「天国-」では犯人を泳がせて共犯者殺しを再現させ、本作では取引を持ちかけ犯人にしてしまう)
⑤そして、これが一番類似性を感じた点なのだが、犯人の声が録音されたテープに、近くを通る乗り物の通過音が紛れ込んでいて(「天国-」では電車の通過音、本作では自動車のクラクション)、それが重要なカギになったり、テープの音声を拡大分析して、僅かなノイズからヒントを得たりする辺りも共通している。
多分、チョン監督は黒澤作品を何度も観て、参考にしたのではないだろうか。
また、刑事が自分の失点を挽回すべく、しゃにむに犯人を追跡する辺りは、黒澤明監督のもう1本の刑事ドラマの傑作「野良犬」を髣髴させたりもする。
| 固定リンク
コメント
この映画が日本で大ヒットしてたら、次はきっと「悪魔は俺だ」って邦題の韓国映画が上映されたと思う(条件に合いそうな映画はそこそこありそう)。
投稿: ふじき78 | 2014年10月30日 (木) 21:43
◆ふじき78さん
こんなに面白くて、韓国では大ヒットしたというのに、わが国では興行的にさっぱりでしたね。
多分この題名は、韓国映画でそこそこ当たった「悪魔を見た」にあやかった可能性も。同作とはタッチが違い過ぎるので効果はありませんでしたね。
むしろ、「真犯人は誰だ」とした方が正解だったかも(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2014年11月 3日 (月) 19:34