「百円の恋」
2014年・日本/東映ビデオ
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
監督:武 正晴
脚本:足立 紳
製作:間宮登良松
企画・監修:黒澤 満
エグゼクティブプロデューサー:加藤和夫
プロデューサー:佐藤 現、平体雄二、狩野善則
落ちこぼれの三十路女が、ボクシングを通して生き方を見直し、再生して行く物語。「0.5ミリ」でも素晴らしい演技を見せた安藤サクラが、ここでも体当りの熱演。松田優作の出身地・山口県で開催されている周南映画祭で、2012年に新設された脚本賞「松田優作賞」第1回グランプリを受賞した足立紳の脚本を、「イン・ザ・ヒーロー」の武正晴監督により映画化。共演は「愛の渦」の新井浩文。第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門で作品賞を受賞。
一子(安藤サクラ)は32歳で独身、実家にひきこもり、自堕落な毎日を送る日々。ある日、離婚して子連れで出戻ってきた妹・二三子(早織)と衝突して家を飛び出し、一人暮らしをするハメに。生活の為仕方なく、100円ショップで深夜勤務の仕事にありついた一子だが、アパートへの帰り道に通るボクシングジムで寡黙に練習を続ける中年ボクサーの狩野(新井浩文)に心ひかれる。狩野が引退を決意した事を知った一子は、やがて自分もボクシングのトレーニングを始めるようになる…。
2015年最初の映画鑑賞だが、これは素晴らしい秀作だった。こいつぁ春から幸先がいい。…とはいえ、この作品は関東では昨年12月公開で、2014年度の各映画賞も賑わしている。なのに、関西では遅れて1月3日より公開。よって私の昨年度ベストテンに入れる事が出来なかった。どうせならもう1週間早く公開してくれれば昨年度のベストテンに入れられたのに…。考えて欲しかった。
さて、映画の方だが、のっけから実家の弁当屋の仕事も手伝わず、引きこもって妹の子供とゲームざんまいに明け暮れる32歳のダメダメ独身女・一子の放蕩ぶりが描かれる。体はブヨブヨ、髪は伸ばし放題でボサボサ、服装はパジャマかと思えるダサいピンクの服。おまけにタバコはパカパカ吸うわスナック菓子は食いまくるわと不摂生この上ない。
これまでは、妹の二三子が早く嫁いだ事もあって、実家暮らしの気楽さ、親も放任、食いはぐれはないし、一人で気ままかつ怠惰な生活を送る事も可能だったのだろう。
だが、二三子が出戻りで一緒に暮らすようになってからは、気まま生活に陰りが生じて来る。勝気で、家業もテキパキ手伝う二三子から見れば、このダラシない姉の姿は我慢ならない。とうとう大ゲンカして飛び出す(いや追い出される)ハメとなる。
さて、一人で誰にも頼らず(しかも何の特技も資格もなし)生きて行かざるを得なくなった一子はこれからどうなるのか…。なかなかにこれは興味津々の出だしである。
一子は、なんとか近所の100円ショップで深夜アルバイトの職を得るのだが、ここに勤める従業員も、集まって来る人たちも、みんなどこか人間のタガが緩んだ人たちばかり(店長はうつ気味、店員はやる気なさそうな奴や無駄におしゃべりする奴、あげくに売上げを持ち逃げしたり、クビになったのに廃棄弁当をしょっちゅう貰いに来るヘンなおばちゃん(根岸季衣)もいたり…)。
まさに、どん詰まり環境。一子も、店長への反抗か、店長命令無視して廃棄弁当をおばちゃんにあげたりと半ばヤケクソな勤務ぶり。
そんな彼女が帰り道、通りかかるボクシング・ジムの外でタバコを吸う中年ボクサー・狩野に興味を惹かれる。タバコだって練習には良くないし、減量が必要な筈なのにいつもショップでバナナを大量に買い込んだり、どこか投げやりで孤独な狩野に、自分と同じ空気を感じたのかも知れない。
二人はデートするものの、お互いほとんどしゃべらない。二人とも、不器用な生き方しか出来ない人間なのだろう。
だが、狩野の引退試合に招待された一子は、負けてはしまったけれど、精一杯闘い、相手と肩を抱き合う狩野の姿を見て心動かされる。
ボクシングをやってみよう。何か熱中出来るものを見つければ、自分も変われるかも知れない。―こうして一子は、少しづつ、それまでダメ続きだった自分の人生をやり直す意思を固めて行くのである。
そこから後の展開は、まさに安藤サクラの独壇場。最初はサマになっていなかったシャドー・ボクシングも縄跳びも、どんどん上達し、驚く事に、それまでの弛緩した彼女の身体が、目に見えてシェイプアップされ、引き締まって行くのである。以前のトロンとしていたような目つきまで、輝いているように見えるから凄い。さらに、長い髪もバッサリ切った事で、余計精悍に見えて来る。
一子が、街中をランニングし、ショップ内はじめいろんな場所でシャドーボクシングするシークェンスが短いカットで積み重ねられる、ここらのテンポいい演出が見事。スタローンの「ロッキー」を思い起こさせる。
「ボクシングは32歳が定年だから無理だ」というジム会長の反対を押し切って、一子はさまざまな難関をクリアし、とうとう試合出場を果たしてしまう。
そして試合のシーン、ここは感動的である。
対戦相手は、それまでに何度も試合の経験はあるようだし、年齢も若い。32歳で初体験の一子には、いくら猛練習を積み重ねてもかなう相手ではない。
それでも、必死にくらいつき、殴られて顔が腫れ上がっても諦めようとはしない一子。胸が熱くなり、私は何度も泣けた。
ラストで、狩野が一子に「飯でも食うか」と声をかける。不器用でダメだった二人の人生も、これからは少しは変わって行くのだろうか。そうあって欲しいと祈らずにはいられない。
安藤サクラが素晴らしい。完璧に役と本人とが同化している。彼女以外にこんな役柄を演じられる女優は思いつかない。サクラあっての、本作の成功だと言えよう。
オリジナル・シナリオを書いた足立紳が、サクラを当て書きして書いたのかとつい思ったほどだが、このシナリオは2年前「松田優作賞」に応募して書いたもので、サクラが演じる事になるとは思ってもいなかったようだ。
武監督によると、製作が決まった後、シナリオを読んだサクラがオーディションにやって来たのだという。サクラは実は中学生の頃、強くなりたくてボクシングを習っていたのだそうだ(キネマ旬報11月下旬号より)。ボクシング・シーンがサマになっているのも納得だ。
武監督は、「彼女がいなければこの映画は出来ていなかった」と語っている。まことに不思議な運命のめぐり合わせとでも言えようか。
武正晴監督は、井筒和幸監督の下で助監督を長く経験し、2006年に監督デビューした新鋭である。2013年に監督した「モンゴル野球青春記」は、元高校球児が、モンゴルで野球を教えるという実話を基にした作品で、なかなか感動的な佳作だった。
で、この作品の脚本を書いているのが、本作の足立紳である。未熟な者たちが、スポーツに取り組み、猛練習を積み重ね、やがて人間的にも成長して行く…というテーマの共通性もある。
本作への武監督の起用も、この繋がりがあっての結果だろう。
昨年の武監督の前作、「イン・ザ・ヒーロー」も、傑作とまでは言えないけれどもなかなか見応えがあり、私は好きな作品である。本作で、監督として大きく飛躍したと言えるだろう。武監督には、今後も注目して行きたいと思う。 (採点=★★★★☆)
(付記)
企画ならびに監修に、黒澤満氏の名前がある。松田優作の育ての親であり、多くの優作主演の秀作をプロデュースして来た名プロデューサーである。
「松田優作賞」の審査委員でもあるので、本作の企画者としてクレジットされているのも頷けるが、そう思えば松田優作主演の「遊戯」シリーズでも優作が、“猛トレーニングを重ね、シェイプアップし体を鍛えて敵との戦いに挑む”シーンが毎回あったはず。優作映画と本作はどこかで繋がっているのかも知れない。
ちなみに、前述の武監督作「イン・ザ・ヒーロー」のエンドロールに、松田優作主演のテレビドラマ「探偵物語」の1シーンが登場していたのも、また不思議な縁ではある。
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コメント
別にベストテン決めるために映画観てるわけじゃないんですし、作ってる方もベストテンや映画賞のために映画作ってるわけじゃないんだから、良いじゃないですか。
インディペンデントの映画が公開時期ズレるのは珍しいことじゃないですよ。
私は0.5ミリよりこちらを推します!
投稿: タニプロ | 2015年1月13日 (火) 12:40
◆タニプロさん
確かに、おっしゃる事はごもっとも。これまでも、公開が東京より遅れて翌年回しになった作品もいくつかありましたが、それはそれで仕方のない事だと思っておりますし、これまで文句を言った事もありません。
ただ、「0.5ミリ」と「百円の恋」が同じ年に公開された事はとても重要で、この事によって、2014年は“安藤サクラ・イヤー”と位置づけられる、と多くの方が書いておられます。
ベストテン云々というより、2014年とはどんな年だったか、と振り返る際に、「百円-」が公開されたか、されなかったかでまったく印象が違って来るでしょう。
「百円-」の公開がもっと遅れたなら、それはそれであきらめもつきますが、たったの3日遅れだなんて…それなら1週間くらい公開を前倒しにするくらいの粋な計らいをして欲しかった、というのが私の思いで、それであんな文章になりました。気持ちをお汲み取りいただければ幸いです。
投稿: Kei(管理人) | 2015年1月20日 (火) 00:26
松田優作の遊戯シリーズでも身体を鍛えていたが、ジャッキー・チェンの初期作品群でも拳法修行で身体を鍛えていた。松田優作まではギリ同じ土俵で済むけど、ジャッキーみたいな鍛錬を安藤サクラが映画の中でしたら、リアリティーが一気に吹き飛ぶな、など余計な連想をしました。
まあ、安藤サクラさん、2015年もバカバカ凄いの出してくるかもしれないから、そうしたら2014とか2015とか関係なくなる。そう、信じたいですね。
投稿: ふじき78 | 2015年1月25日 (日) 00:33
◆ふじき78さん
>安藤サクラさん、2015年もバカバカ凄いの出してくるかもしれないから…
そう願いたいですね。でも「0.5ミリ」や「百円の恋」のような大傑作がサクラさん主演で2年続けて出て来るかどうか…確率的には厳しいような気が…。でも出て来て欲しいなぁ。
投稿: Kei(管理人) | 2015年1月26日 (月) 23:48
静岡ではもっと上映が遅くなりまして、きっとこの文章ももう読んでいただけないだろうなと思いつつ…でも書きます。去年の映画ですが個人的には今年のベストワンにしたい映画です。脚本の方には失礼ですが、ストーリー展開的にはわりとありがちかと。普通にやればそこそこなんでしょうけど普通で終わったんではないかと。演出的にもロッキーシリーズ来るだろうなと思っていたらやっぱりだった(これは実はうれしかった)のですが、安藤サクラの体を張った、でも全く演技に見えない自然ななりがとにかく素晴らしく、作品を相当彼女の力で引き上げていると思います。リングに向かうスローモーション(ここ、時々彼女の顔がご主人の柄本佑に見えたのは私だけか?)から試合が終わるまでずっと泣きっぱなし、しかも途中から「もう充分頑張っているから戦うのやめよう、一子」と何度も声を上げそうになるほどでした。あれ、何本か本当にパンチ受けてますよね?実は静岡では「0.5ミリ」と本作が同じ劇場で同時にかかってまして(時間まで重なってて「0.5ミリ」は先週、本作はやっと今日見られたのですが)、安藤サクラの魅力を堪能できました。
投稿: オサムシ | 2015年1月31日 (土) 21:08
◆オサムシさん
やはり安藤サクラあっての本作でしょう。彼女以外の誰が演じても傑作にはならなかったかも。
本当に受けてるかどうかはともかく、パンチが当たるシーンは本当に痛そうでこっちも泣けましたね。私も今年のベスト上位にしたいです。
投稿: Kei(管理人) | 2015年2月15日 (日) 20:13