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2015年2月12日 (木)

「ミルカ」

Milkha2013年・インド
配給:日活=東宝東和
原題:Bhaag Milkha Bhaag
監督:ラケーシュ・オームプラカーシュ・メーラ
脚本:プラスーン・ジョーシ
プロデューサー:ラケーシュ・オムプラカーシュ・メーラ
音楽:シャンカル=イフサーン=ロイ

1950~1960年代に、オリンピックやアジア大会で輝かしい成績を残したインド人オリンピック陸上選手、ミルカ・シンの壮絶な半生を描いた伝記映画。監督は「デリー6」(日本未公開)のラケーシュ・オームプラカーシュ・メーラ。主演のミルカを演じたのは「闇の帝王DON  ベルリン強奪作戦」などで映画監督としても活躍する一方、「人生は一度だけ」など俳優としても人気のファルハーン・アクタル。本作に向け体脂肪率を5%まで落すほど身体を鍛え上げた。本作はインド国内で年間第6位となる興行収入を記録し、インドのアカデミー賞に相当するフィルムフェアで作品賞、監督賞、最優秀男優賞を含む6部門を受賞した。

1960年ローマ・オリンピック。400メートル走のインド代表選手ミルカ・シン選手(ファルハーン・アクタル)は、好スタートを切ったもののゴール直前でなぜか後ろを振り返ってしまい、4位に終わる。帰国後、ミルカはパキスタンで開催される親善スポーツ大会のインド選手団団長に指名されるが、彼はどうしても引き受けようとしない。首相の命令で担当大臣と、長年ミルカと組んできたコーチが説得しに行くことになった。ミルカが暮らす町へと向かう列車の中で、グルデーウ・シン・コーチ(パワン・マルホトラ)はミルカがパキスタン行きを拒む理由を語り始める…。

インド映画と言えば、歌って踊るマサラ・ムービーが思い浮かぶように、まあどっちかと言うと陽気で楽しい、他愛ない作品が多いが、最近では「きっと、うまくいく」(2009)や「バルフィ! 人生に唄えば」(2011)のように、じんわりと心に沁みる秀作も増えて来た。

本作は、そうしたインド映画の、さらなる進化と質の高さを見せ付けた秀作である。実話に基づいたトゥルー・ストーリーであり、かつインドの過酷な歴史がバックボーンに据えられている点も異色である。   

(以下ネタバレとなります。注意)   

冒頭、1960年のローマ・オリンピックで、優勝候補と言われていた主人公のミルカ・シンが、ゴール直前で後ろを振り向いてしまい、入賞出来なかった事がまず描かれ、さらにミルカは、パキスタンで開催のスポーツ大会への出場も頑なに拒否する。

いったいミルカは、なぜそのような行動を見せたのか…。映画は、この2つの謎をまず示し、やがてミルカを説得に向かう列車の中で、彼を最もよく知るコーチの口から、その理由が徐々に語られて行く。

こうして映画は、ミルカの少年時代、アスリートとして頭角を現して行く軍隊時代、村の美女ビーロー(ソナム・カプール)に恋する青春時代、等のエピソードが時制を縦横にシャッフルする回想形式で描かれ、ミルカという人間の魅力を引き出しつつ、後半に至ってようやく、少年時代にミルカが体験した、悲惨な真実=謎の真相、が明らかになって行く。

うまい構成である。冒頭に謎が示され、回想によって主人公の人間像が多面的な角度から浮き彫りになって行き、最後に真実が明らかになる、という展開は、オーソン・ウェルズ監督・主演の傑作「市民ケーン」で確立された映画手法である。これだけでもこの映画が、巧みに構成された、実に映画的魅力に溢れた作品である事が分かる。

それだけでなく、時に「炎のランナー」的スポーツ・ドラマ、時に甘酸っぱい恋の物語、時に離れ離れとなった姉との再会という涙と感動のドラマ、そしてボリウッドらしい歌と踊りも適度に配置、とさまざまなエンタティンメント要素が網羅されていて飽きさせない。 

競技シーンも、超満員のスタンドをバックに、ミルカたちをさまざまなカメラ・アングルで捉え、興奮させられる(あの観衆はCGか、それとも本当にエキストラを集めたのか)。
  ミルカを演じるファルハーン・アクタルの、体脂肪を5%に落とした完璧な肉体も凄い。本当のスプリンターにしか見えない。

さらに映像テクニックとして、スティーヴ・マックィーン主演「華麗なる賭け」を思わせるスプリット・スクリーン(画面多重分割)まで活用しているのには驚いた。
インド映画のレベル向上ぶりには目を瞠らされる。 

そして終盤近くに明らかになる真実、それは1947年のインド独立の歴史が背景にある。

1947年、イギリスからインドとパキスタンが分離独立した時、パキスタンはイスラム教国家に、インドは世俗主義(政教分離)国家になった。この為、インド領に住むイスラム教徒はパキスタンに、それ以外の人たちはインド領に移住せざるを得なくなった。ミルカの家族はシク教徒なので、パキスタン側に位置する故郷バンジャーブを捨て、国境を越えてインド領へと移動する事となるのだが、そうした混乱の中、ミルカ一家は異教徒の強盗団に襲われ、両親が惨殺されてしまう。

ミルカを逃がそうとした父は「走れ!ミルカ」と叫ぶ(これが原題)。そして父は強盗に殺され、やっと戻った村で、母や村人たちの惨殺死体を見てしまう。
逃げる途中、少年ミルカはつい後ろを振り向いてしまうのだが、その時、首を刎ねられる父の姿を目撃してしまう。
これがトラウマとなり、ミルカは400メートル走でコーチの「走れ!ミルカ」の声にその記憶が蘇えり、後ろを振り向いてしまうのである。

パキスタンに行きたくない理由もそれで明らかとなる。忌まわしい記憶を思い起こさせるパキスタンには足を踏み入れたくないのである。 

だがコーチの説得もあり、ミルカはパキスタンへ行くことを決意する。ミルカの肩には、インド国民の期待もかかっているのだ。 

そしてパキスタンでのスポーツ大会。ミルカは宿敵のパキスタン・スプリンターを破り、まるで空を飛ぶようにゴールを駆け抜ける。
この姿に、パキスタン首相ですらも惜しみない拍手を送る。 

ミルカはもう後ろは振り向かない。過去と決別して、未来に向かって走り出すのである。


パキスタンがイスラム国家という事は知っていたが、こんな悲惨な歴史があったとは知らなかった。印パ両国間には今も根深い対立があると聞く。 

ミルカにとっては、パキスタンは両親を殺された悲しみと恨みの土地である。激しい憎悪の念を抱いていても当然である。
だが、憎しみ合いからは何も生まれない。ミルカは走る事でその呪縛を解き放って行くのである。

この映画が、今の時代に作られたのは、とても意義深い。イスラム教等の宗教に根ざす国家間の対立憎悪の連鎖、そして対立の狭間で犠牲になる名もなき民衆、等々は、今まさに起きている深刻な問題である。人は、それをどう乗り越えて行くべきなのか…。この映画に、その答えが隠されているような気がする。

本作が、ちょうどイスラム国によるテロ、日本人人質事件が起きているその時期に公開されたのも、何かのめぐり合わせと言えようか。

是非、多くの人に見て欲しいと、心から願う。
   (採点=★★★★☆

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コメント

インド映画初めて見たけど、思った以上にレベルが高かった。演出も良かったし、登場人物もできた人が多かった。そして、ストーリー全体もよく練られていた。

投稿: | 2015年12月16日 (水) 12:28

◆--さん(お名前教えてください)
インド映画は初めてですか。
結構面白い作品が多いですよ。
以前からも「踊るマハラジャ」などの楽しいミュージカルが大ヒットしてましたが、ここ数年は感動させる物語や、ミステリーものも増えてます。
お奨めは、仲間たちの友情を描く「きっと、うまくいく」、宅配弁当をめぐる出会いの物語「めぐり逢わせのお弁当」、そして驚愕のミステリー「女神は二度微笑む」あたりでしょうか。是非探してご覧になってください。

投稿: Kei(管理人) | 2015年12月23日 (水) 17:41

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