「花とアリス殺人事件」
2015年日本/ロックウェルアイズ=スティーブンスティーブン
配給::ティ・ジョイ
監督:岩井俊二
原作:岩井俊二
脚本:岩井俊二
音楽:岩井俊二、ヘクとパスカル
ロトスコープアニメーションディレクター:久野遥子
企画:岩井俊二、石井朋彦
ゼネラルプロデューサー:奥田誠治
「Love Letter」、「リリイ・シュシュのすべて」の岩井俊二監督が2004年に監督した実写映画「花とアリス」の、前日譚となる物語を長編アニメーションで映画化。岩井監督にとって初のアニメ作品である。声の出演は、前作で主人公の2人を演じた鈴木杏と蒼井優がそのまま務める他、相田翔子、平泉成などの主要キャストもほとんど前作と同じという異色作。
石ノ森学園中学校へ転校してきた中学3年生の“アリス”こと有栖川徹子(声・蒼井優)は、引越しの日、隣家の窓から覗く奇妙な少女を目撃する。学校では、1年前に3年1組で起こった“ユダが、4人のユダに殺された”という奇怪な事件の噂話を耳にする。アリスの隣の家は「花屋敷」と呼ばれ、その屋敷に住むハナなら“ユダ”のことも詳しく知っているはずだと教えられたアリスは、花屋敷に忍び込み、そこで不登校のクラスメイト・“ハナ”こと荒井花(声・鈴木杏)と出会う。
岩井俊二監督作は、1995年の「Love Letter」が素晴らしい傑作だったが、その後の作品にはどうもムラッ気があってあまり好きになれない。ギリギリ及第点は「四月物語」(1998)、「リリ・シュシュのすべて」(2001)くらい。
そんな中で2004年公開の「花とアリス」は久しぶりに感動した秀作だった。高校生になった2人の少女の恋模様と揺れ動く心の内面を等身大で描いた、ちょっと大林宣彦作品をも思わせる、瑞々しく爽やかな作品であった。
が、その後はまたも低迷、最近の「ヴァンパイア」(2011)もつまらなかったし、プロデュースを手がけた「ハルフウェイ」(2008)、「新しい靴を買わなくちゃ」(2012)もいずれもどうってことない凡作。どうなってしまったのかと心配していたのだが。
その「花とアリス」の、いわゆるプリクエル(前日譚)となる本作は、監督初のアニメーションである。今度はどうかな、と期待半分、不安半分で鑑賞したのだが…。
面白かった。ちょっとおとぎ話のような不思議な物語で、アニメーションにしたのが思いの外成功している。
というか実写で描くと、前作の1年くらい前が舞台なのだから、前作に主演した2人をそのまま出演させる訳には行かず、かといって別の俳優を使うと、前作と顔姿が違ってしまって感情移入出来ない事となる。アニメで描き、声のみ前作と同じ俳優に当てさせる事で、この難問を見事に解消させている。戦略は大成功だと言えよう。
(以下ネタバレあり、注意)
で、今回のお話はミステリー仕立て。題名からしてまんまミステリーだ。「ユダが、4人のユダに殺された」という謎の噂話に、悪霊の結界封じ込めだの、いかにも怪しげなオカルト話まで出て来るし、アリスの隣の家の窓からはこれもいわくありげな少女が覗いている…とまさにミステリーだらけ。
両親が離婚して母と二人暮らし、たまに父親が会いにやって来るという(これは前作でも描かれている)やや辛い環境にも関わらず、アリスは元気で前向きだ。転向した中学校で早速苛められかけるが、なんなく撥ね退け、さらにユダ事件の真相を解明すべく、持ち前の好奇心で行動を開始する。
そして、隣家の「花屋敷」と呼ばれる家で引きこもっていたハナともすぐ友達になり、やがて二人力を合わせて、死んだとされていたユダこと湯田光太郎(声・勝地涼)の生死を確かめるべく、その転居先を探す旅に出かける事となる。
この探偵ごっこ紛いの、湯田探しの冒険行がユーモラスで笑わせる。アリスが湯田の父親と勘違いして初老の(多分窓際族の)会社員を追いかけ、やがてアリスが、次第にこの老会社員と心を通わせ、二人で街中を歩き回る辺りの描写がとてもいい(注1)。
やがてはこの二人が、まるで擬似的な父と娘のようにも見えて来る。思い起こせば、前作にもアリスと父親・健次(平泉成)の二人が横浜の街を歩き回るシーンがあった。しかも、この老会社員の声を担当しているのも、どうやら平泉成の二役のようなのだから余計父親とカブって来る。
そしてようやく湯田の家をつきとめるが、訪問するまでの勇気はなく、グズグズしているうちに終電車に乗り遅れ、野宿するハメとなる。
ネタバレになるので以下は省略するけれど、小さなトラブル、思い込み、勘違い、そして優柔不断、と、少女たちの冒険の旅はまだまだ危なっかしく頼りない。
ちょっと無茶というか危険なシーン(トラックの下で一夜を過ごす!)もあったりするけれど、アニメだからまあ許される範囲である。実写だったら批判が出るかも知れない。
それでも、そうした試行錯誤を繰り返し、いろんな人と触れ合う事で人生の重さ、大切さを学び、少女たちは少しづつ成長して行くのである。
岩井監督の、この少女たちを見つめるまなざしは温かく、優しさと慈愛に溢れていて胸がキュッとなる。
そしてラスト、冒険の旅を終えて、謎の真相にも辿り着き、アリスとの友情も深まり、吹っ切れたハナは久しぶりに学校に行く事を決断する。
このラスト・シーンが、前作「花とアリス」の冒頭シーンにそのまま繋がって行く辺りも楽しい。
そういう意味では、前作を観て予習しておけば余計楽しめるだろうが、観ていなくても特に問題はない。
が、前作を楽しんだファンなら、絶対観るべきだろう。本作を観た後、DVDで前作を観直せば、さらに前作をより楽しむ事が出来るだろう(注2)。
その他、前作では、いろんな漫画家(特にトキワ荘系)へのオマージュがあったが、本作でもやはり著名な漫画家へのオマージュとか名作映画のパロディなんかも仕込まれているので、それらを見つける楽しみもある。下の注釈並びに「お楽しみ」コーナーにいくつか挙げたが、これらは本作を観る前には読まないように。是非自分の目で探していただきたい。
実写で撮った映像をトレースする、ロトスコープという手法でアニメ化しているが、それ故動きがリアルで、観ているうちに実写を観ているような気分になって来る。アリスがバレエを踊るシーンなどは特に優雅で、前作のバレエ・シーンを思い出し、ちょっと感動してしまった。
もともと岩井監督は、初期の頃からマックPCで絵コンテを描いていたくらいだから(映画館入り口でこの絵コンテを基にした「花とアリス」のコミックをもらった)、いずれはアニメも撮るのではと思っていた。これからもたまにはアニメを監督して欲しいと思う。
で、考えれば、「Love Letter」が1995年、「花とアリス」が2004年、そして本作が2015年作品と、なんだか岩井監督は10年ごとにしか傑作を生み出せていない。次の10年まで待てない。若いファンを感動させる傑作を次々と連打してくれる事を、心から望みたい(注3)。
(採点=★★★★☆)
(注1)
アリスが初老の会社員と喫茶店で会話するシーンで、2階から階段を降りようとすると、誕生パーティーの主役の少女が「ハッピー・バースデー」の歌に迎えられて上がってくるのとすれ違う。これは映画ファンならすぐ判るが、黒澤明の名作「生きる」のパロディである。この男性が、病院で検査を受けるシーンもあるし、ご丁寧に公園のブランコに腰掛けるシーンまであるのには笑った。
(注2)
前作の中で、同級生の少女がハナに、「花屋敷と呼ばれる屋敷があって、そこには家から一歩も出ず、窓から外を覗いてる不気味な少女がいる」と語りかけるシーンがある。この時には何のことかピンと来なかったが、本作でやっと意味が分かった。
という事は、この当時から前日譚である本作も作るつもりがあったのだろうか。…しかし、11年もかかるなんて、待たせ過ぎだよ(笑)。
(注3)
…と思っていたら、エンドクレジットが終わった後に、岩井監督の次回作の予告編(実写)が流れた。どんな内容かさっぱり分からないが、期待してよさそう。なので、エンドロール後も席を立たないように。
(さらに、お楽しみはまだある)
上でも触れたが、前作ではアリスたちが通う学校名や鉄道の駅名表示板に、幾人かの著名漫画家の名前が引用されていた。ざっと挙げるだけでも、駅名表示では「藤子」「水木」「白土方面」、学校名では中学が「石ノ森学園」に高校が「手塚高校」等々。さらに注意して見れば「藤子」駅の両隣駅が「野比田」「須根尾」、「水木」駅の両隣が「北廊(きたろう)」、「塗壁」という懲りよう(笑)。これは一瞬しか出ないのでDVDでようやく確認した(下写真)。
で、本作では手塚治虫へのオマージュが満載。「火乃鳥」駅とか「我王」駅、コンビニが「Wonder3」(ワンダースリー)、さらに病院では「ハザマクロオ様」なる呼び出しアナウンスが聞こえるが、これはブラックジャックの本名(間黒男)といった具合。
見逃し、聞き逃しもあると思う。DVDが出たらじっくり見てみたい。多分もっとあるかも知れない。
DVD「花とアリス」特別版 |
Blu-ray「花とアリス」 |
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