「陽だまりハウスでマラソンを」
1956年のメルボルン・オリンピックでマラソンの金メダルを獲得した伝説のランナー、パウル・アヴァホフ(ディーター・ハラーフォルデン)。70歳をとっくに超えた今も元気なつもりだが、最愛の妻マーゴ(タチア・ザイプト)の病気をきっかけに、娘ビルギット(ハイケ・マカッシュ)の奨めもあり、夫婦で老人ホームに入居する。だが、規則だらけの不自由な生活、他愛ないリハビリ遊戯等に我慢ならないパウルは、やがて一人で施設の周囲を走り始め、ついにはベルリン・マラソンに挑戦すると宣言する。最初はバカにしていた他の入居者たちも、次第にパウルを応援するようになるが、規律の乱れを危惧した施設の職員たちは、この無謀な挑戦をなんとか止めさせようとして…。
またまた、老人ホームや介護施設で暮らす老人たちを描いた作品の登場である。これまで、スペイン発の「しわ」、中国発の「グオさんの仮装大賞」、イギリス発「アンコール!!」、日本発「ペコロスの母に会いに行く」などを当ブログでも取り上げて来たが、今度はドイツ発である。老人問題はもはや世界共通の切実な課題になっているのだろう。
私自身も老親の介護に直面している事もあり、こうした作品には特に関心を持って観ている。
以前は、「愛、アムール」にしろ、「しわ」にしろ、深刻で暗くなる話が多かったのだが、最近は「グオさんの仮装大賞」では、老人ホームで暮らす老人たちが、人気テレビ番組「仮装大賞」に出場しようと奮闘したり、「アンコール!!」ではやはり老人たちが国際合唱コンクールのオーディションに挑戦する、といった具合に、老人たちが前向きに、何か目的を持ち、それに向かって奮闘努力するという、ポジティブで明るいストーリーの作品が増えて来ている。
本作も同様に、老人がフルマラソンに挑戦するという、ちょっとムチャとも思えるお話なのだが、主人公・パウルがかつてはオリンピックのマラソン選手として、金メダルも獲った経験があるという点がミソである。そのくらいのキャリアがないと、高齢の老人がフルマラソンに挑戦するのは厳しいだろう。
(以下ネタバレあり)
パウルはもう80歳に手の届く高齢だが(注)、他の老人よりは元気なようで、まだ当分は誰の世話にもならずに生きて行くつもりである。
だが、妻のマーゴが転倒負傷し、これまでもしばしば転倒していた事から、心配になった娘のビルギットは二人を老人ホームに入所させる。
だが、ホームでの暮らしは退屈で、レクリエーションは子供だましの人形作り、療法士の指導も秩序を重視し、一律に型に嵌めようとするものばかり。
こんな事では元気な人間まで気力を失ってしまう…。そう考えたパウルは、自らの健康の為もあって、ホームの庭でランニングを開始する。そして、目標を8週間後に開催されるベルリン・マラソンで完走する事に定め、過酷なトレーニングに挑む。マーゴもタイムを計る等、彼に協力する。
最初は奇異の目で観ていたホームの老人たちも、やがて少しづつパウルを応援し始める。
ホーム側の制止、マーゴの不慮の死など、さまざまな曲折はあったけれども、それらを乗り越え、パウルは遂にベルリン・マラソン出場を果たす。このシーンは実際にハラーフォルデン自身がベルリン・マラソンに参加し、それをカメラが追ったという。さすが、臨場感と迫力に満ちて圧巻である。
パウルが遅れながらも、競技場内に現れるシーンは感動的で胸が詰まる。たぶん彼が最後のランナーなのだろう、パウルがたった一人、競技場に姿を見せると、ほぼ満員の観衆がスタンディング・オベーションで彼を迎え入れる。
ほぼ予想通りの展開ではあるが、じんわりと心に沁みた。ただ、パウルが心臓マヒを起こさないか、ちょっとハラハラもさせられたが(笑)。
このパウルのチャレンジは、いろんな問題点を提起している。まず、老人であっても、それぞれ考え方も体力もみんな異なるはずで、一律に抑え付けるやり方は間違いである。個人個人に合った対応を考えるべきだろう。
それと、老人ホームの位置付けを、家族も、ホームの職員も、そして入居者自身も、“やがて訪れる死をただ待つだけの場所”と決め付けていないだろうか。
ホームに入居していようとも、生きる喜び、生きる楽しみ、を探し出す事も大事ではないか。最期の時まで、人生を豊かに生きる事こそ、人間にとって大切な目的ではないだろうか。
この映画は、その事を真摯に訴えているのである。
監督デビュー作ながら、今の時代に向き合った素敵な映画を作り上げたキリアン・リートホーフ監督の頑張りにも敬意を表したい。これから老境に差しかかる人や、高齢老人を抱えた人には、是非観ていただきたいと思う。 (採点=★★★★)
(注)
映画に描かれた時代を製作年度と同じ2013年とすると、メルボルン・オリンピックは1956年だから57年前。当時20歳としてもパウルは77歳である。なお主演のディーター・ハラーフォルデンも撮影当時78歳だった。
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