「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」
ある日、お台場のレインボーブリッジが爆破されるという事件が発生。攻撃したのは最新鋭のステルス機能を備えた戦闘ヘリコプター、通称「グレイゴースト」。同機は数日前に陸上自衛隊の演習場から強奪されたものであった。やがて事件は、13年前に首都東京を舞台に幻のクーデターを企てた柘植行人の教え子たちが起こした、首都1,000万人を人質にした大規模テロである事が判明。“見えない戦闘ヘリ”の神出鬼没の攻撃に、警察と自衛隊は苦戦を強いられていた。そんな中、特車二課の後藤田隊長(筧利夫)は、13年前の事件解決に奔走した先代隊長たちの思いを受け止め、そして解隊の危機にある二課を守るためにも、行動を開始する。
1980年代に人気を誇ったアニメ・シリーズの実写版である。
アニメの実写版と言えば、いつも不安がつきまとう。「SPACE BATTLESHIP ヤマト(宇宙戦艦ヤマト)」にしろ「ガッチャマン」にしろ「ルパン三世」にしろ、いずれも期待はずれの凡作だった。成功した例は少ないように思う。特にSF系はなおさら。
それに加えて、押井守監督は、アニメを撮ったら凄い傑作を作るのに、実写を監督したら、途端になんとも困った駄作を作ってしまうので有名(?)である。「ケルベロス/地獄の番犬」(1991)も「トーキング・ヘッド」(1992)も「アサルト・ガールズ」(2009)も、押井監督の悪い面ばかりが出た失敗作である。「アヴァロン」(2000)は個人的には好きな作品だが、観客からは不評だった。
そういう、二重の不安材料があるものだから、今回のパトレイバー実写プロジェクトも、観てみたい、と思う反面、また押井監督の悪いクセ(長セリフ等)が出てしまうのではないかとヒヤヒヤしていた。
だが、本作(劇場長編版)の前に昨年4月から7章にわたって劇場公開されたミニ・シリーズが、作品の出来不出来はあるものの、押井が監督した初期OVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)シリーズの雰囲気をうまく生かしていて(注1)楽しめる出来だったので、ちょっとは期待していた。
(とは言うものの、パトレイバー初心者、またはコミック版ファンの観客からはやはり厳しい声は出ていたが)
で、本作であるが、これは押井が監督して高い評価を得たアニメ版「機動警察パトレイバー2 the Movie」(1993)の後日譚というふれ込みである。なので本当はこの「パト2」(以下こう表記)を観ていないと分かり辛いと思う。まあファンなら当然観ているとは思うが。
しかしこれは、続編、と言うよりは、「パト2」の実写版リメイク、と言った方が正しい。レイボーブリッジの爆破(前作では横浜ベイブリッジ)に始まり、後藤田と高畑(高島礼子)が川を船で移動しながら会話するシーン、警視庁の会議室で後藤田が詰問されるシーン、敵のアジトに特車二課の面々が重火器を携えて突入するシーン、と、いずれも「パト2」の印象的なシーンがそのまま再現されており、時にはカメラ・アングルまでそっくりである。
「パト2」も、パトレイバー自体の活躍シーンはほとんどなく、登場人物たちの会話が延々続くシーンが随所にあったので、そういう意味でも作品構造は「パト2」とほとんど同じである。ただ前作では、事件を主導した柘植(声・根津甚八)のキャラクターが強い印象を残していたので、本作ではそれに代わるのが彼の教え子という事もあるが、存在感がいまいち希薄という点がマイナス。
その代わり、本作では光学迷彩機能を持った特殊ヘリ「グレイゴースト」が大暴れして東京を破壊し(映画「ブルー・サンダー」を思わせるシーンも)、ラストでは明が搭乗するパトレイバーとの一騎打ちという見せ場もあり、「パト2」よりはアクション・シーンが増してエンタティンメントとしての比重が高まった、ファンにも満足出来る仕上がりとなっている。特にそれらがCGを多用した実写で見られる、というのが何より本作の目玉で、ファンとしてはそれだけでもウルウルものである。
そして楽しいのは、グレイゴーストを操縦する灰原零(注2)が、コミック版でも人気が高かった、黒いレイバー、グリフォンを操るバドを想起させるキャラクターだったり、熱光学迷彩でグレイゴーストの機影が背景に溶け込むシーンが、押井監督の「攻殻機動隊 Ghost in the Shell」の冒頭における草薙素子の姿が熱光学迷彩で消えるシーンを思い起こさせたりする辺り。
その他にも、押井作品には必ず登場するバセットハウンド犬が本作にもやはり出て来たり、「パト2」の重要キャラクターだった南雲しのぶ隊長がチラリと登場したり(しかも声を当てているのが旧シリーズでも南雲の声を担当した榊原良子)と、いろんなお遊びが仕込まれていて、押井ファンやアニメ版ファンなら余計楽しめる。
だが、本作がこの2015年という年に登場したのも、実は重要な意味がある。
それを説明するには、押井守がこれまで描いて来た一連の戦争シミュレーション作品、並びにその集大成としての「パト2」に言及しておかなければならない。
押井守がライフワークとしている作品に、「ケルベロス・サーガ」と呼ばれる一連のメディアミックス作品群がある。
初の実写監督作品「紅い眼鏡/The Red Spectacles」(1987)を皮切りに、コミック「犬狼伝説」(1988・原作担当。画:藤原カムイ)、実写監督作第2弾「ケルベロス/地獄の番犬」(1991)、アニメ「人狼 JIN-ROH」(2000・脚本担当。監督:沖浦啓之)と続き、その後もコミック、小説、ラジオドラマとジャンルを縦断して作られている。
ちなみに「紅い眼鏡」で主演しているのは、本作でシバシゲオを演じている押井作品常連の千葉繁である。
このシリーズのコンセプトは、パラレルワールド(ドイツが戦勝国!)としての、社会混迷した日本における反政府テロと、それに対抗する武装した首都警備部特機隊(通称ケルベロス)との戦いを描くもので、端的に言えば首都・東京を舞台とした国家とテロリストたちとの戦争がテーマとなっている。
この構図は、そのまま「パト2」に引き継がれている。
「パト2」のストーリーは、東南アジアでのPKO活動に参加した自衛隊特殊部隊が全滅し、国家に絶望した自衛隊員・柘植が、東京で同時多発的テロを実行するというものだが、「ケルベロス・サーガ」から一貫しているのは、首都・東京でもしテロリストたちが国家に戦争を挑んで来たら、国は、警察はどう対応すべきか、という視点である。
「パト2」ではさらに進んで、自衛隊が海外で戦争に巻き込まれ、死傷者が出たら、というシミュレーションも行われている。
折りしも国会では、集団的自衛権、安保法制案が論議され、まさに自衛隊の海外派兵、戦闘行為が将来的な現実味を帯びて来ている。
「パト2」が製作されたのは1993年。この当時、まさか将来そんな時代が来るとは誰も想定しなかっただろう。その先見性に驚かされる。
(先見性という点では、劇場版1作目「機動警察パトレイバー the Movie」にもその要素があるが、これについては後述(注3))
しかも、オウムによる地下鉄サリン事件が発生するのは、「パト2」公開の2年後である。手法こそ違えど、首都東京を狙った同時多発テロを計画し、国家を混乱に陥れたという点では両者の共通性は高い。
「パト2」は、この2つの、予測し得なかった事態を早くから予見していた、と言えるのではないか。
そのリメイクたる本作が今、国会での安保関連法案審議が行われようとしている時に公開されたというのも、不思議なめぐり合わせと言えるだろう。
鈴木敏夫氏は「押井守の描いて来た未来が、次から次へと実現しつつあるのが現代だ。還暦を過ぎた押井守は、SFが現実になった時代を超える事が出来るのか?」と語っているが、まさに言い得て妙である。
だがちょっと残念なのは、1989~93年の劇場版アニメ2作が、遥か未来における不穏な状況を予見していた、まさに時代を超えた傑作であったのに対し、本作は22年前の傑作「パト2」の焼き直しに終わっているという点である。
続編があるかどうかは分からないが、この次は是非、未来の日本の姿を予見した作品を、と期待しておきたい。
(採点=★★★★☆)
(注1)1988年に作られた初期OVAシリーズ(全部で7作)では、特車2課の連中が、やる事がなくてダラダラしてる日常描写だけの回があったり、食べるシーンがやたら出て来たり、怪獣登場のエピソード(「4億5千万年の罠」)もあったり(今回のミニ・シリーズでも熱海に怪獣が現れるエピソードあり)と、全体のエピソード構成がよく似ている。
なお今回シリーズ・エピソード10「暴走!赤いレイバー」は、旧TVシリーズの1話「上陸 赤いレイバー」(押井脚本)のほぼ実写リメイクと言える作品である。
(注2)灰原という名前、及び彼女が愛用していたバスケット・ボールに"Ash"(灰)とサインされていた事でピンと来たなら、立派な押井守ファンである。
押井守は、実は大のアンジェイ・ワイダ監督のファンで、一番好きなのは同監督の傑作「灰とダイヤモンド」(原題:"Ashes and Diamonds")だと言っている。
この作品は、戦後の混乱期に反政府活動を行う若きテロリストの青春を描いたもので、テーマ的にも「ケルベロス・サーガ」(特に「人狼 JIN-ROH」)と重なる部分は多い。
押井がチーフ・ディレクターを務めたTVアニメ「うる星やつら」の1エピソード(「ラムちゃんの理由なき反抗」)には、「灰とダイヤモンド」の名シーンがまるごとパロディ化されて登場する。
その他、押井監督の実写作品「アヴァロン」の主人公の名前も、アッシュ(Ash)である。
(注3)劇場版1作目「機動警察パトレイバー the Movie」(1989年公開)で描かれたのは、ほとんどの産業用ロボット(レイバー)に新型OS、HOS(ハイパー・オペレーティング・システム)が標準搭載された時代。そのOSに、天才プログラマーがコンピュータ・ウイルスを仕込み、これによってレイバーが大暴走して東京がパニックになるという、いわゆるサイバー・テロがテーマであった。
今の時代から見ればよくある話であるが、1989年と言えばまだWindowsパソコンは登場していない時期(最初のマイクロソフトOS、Windows3.0が登場したのは1991年。爆発的ヒットとなったWindows95が登場するのは1995年である)で、そんな時代に、早々と汎用OSの市場席巻やコンピュータ・ウイルスの蔓延によるサイバー・テロをスリリングなサスペンス・ドラマの題材として扱っただけでも凄い。しかもアニメである(ちなみに時代設定は1999年)。
そして「パト2」も含めて、これら、時代を先取りしたストーリーの脚本を書いたのが「うる星やつら」時代からの押井の盟友・伊藤和典である。
押井とのブレーンストーミングを経て書かれた可能性もあるだろうが、これらが時代を超えた傑作となり得たのは、伊藤和典の功績が大であると言えるだろう。
さらに伊藤は、1995年に、海外でも絶賛された押井守監督の傑作「攻殻機動隊 Ghost in the Shell」と、これも高く評価された金子修介監督の「ガメラ 大怪獣空中決戦」の2本の脚本を手がけ、これによってヨコハマ映画祭他の映画祭で脚本賞を受賞した。
こうして、日本を代表する脚本家となった伊藤だが、何故か2000年の「アヴァロン」を最後に押井とのコラボは解消され、翌年に鈴木清順監督「ピストルオペラ」の脚本を手がけた後は、いま一つパッとしないままである。
本作も、もし伊藤和典が参加していたら、もっと面白くなっていたかも知れない。もう一度、押井守+伊藤和典のタッグを、と思うのはファンのささやかな希望である。
(付記)
伊藤さんのツィッター(https://twitter.com/ito_kazunori)を読んだら、「押井さん自身が『パトTNGは他のヘッドギアメンバーが、一切、かかわらないことを条件に引き受けた』とか言ってるんでね。まぁ、無理でしょ」と、なんともツレない伊藤さんの書き込みがあった。もう2人のコラボは無理なのかなあ。だとしたらとても残念。
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コメント
一応、「THE NEXT GENERATION」は全部見ました。
私も押井の実写映画はあまり評価しないのですが、ほぼ実写的アニメの「立喰師列伝」が一番好きかな。
そういう目で見ればこのシリーズはなかなか良かったかと。
押井が監督しなかったエピソード11「THE LONG GOODBYE」が一番良かったです。
さて長編版の本作もあまり期待しなければ楽しめたかと。
でも完全版を公開するってのはちょっと、、
伊藤和典と押井さんのコンビ解消は残念です。
しかし、管理人さん、押井フリークですねえ。
私はとてもその域には及びませんが、実写映画はともかくやっぱり結構押井は好きですね。
投稿: きさ | 2015年5月18日 (月) 22:56
押井さんは、たまに大した物を撮るから見落とせないんだけど、それがたまだから信用はしてない。そんな監督ですね。商品として成立しないような物を「作家性」を付加する事によって成立させるという事を分かってやってるからタチが悪いと思う。
投稿: ふじき78 | 2015年5月18日 (月) 23:21
◆きささん
>押井フリークですねえ。
なにしろ、HPの方のお気に入り映画作家論の1発目が押井さんですからね(笑)。アニメ作家でここまでやりたい放題やってる人はいないんじゃないでしょうか。
元々は高橋留美子さんの大ファンでして、それで「うる星やつら」のアニメも見るようになったのですが、そしたら映画やマンガのパロディがてんこ盛りでいっぺんにハマってしまいました(しかしワイダはおろか、つげ義春の「ねじ式」まで出てきたのにはビックリ。チビッ子たちには難し過ぎるよ(笑))。
本作は、押井さんの実写作品としては一番よく出来ていた方じゃないでしょうか。
もっとも、原典であるアニメ「パトレイバー2」の面白さには及ばないですが。
出来ればまったくのオリジナル・ストーリーでやっていただきたかったですね。
10月に、27分長い完全版を上映するそうですね。本作はプロデューサー側と切れ切らないと揉め、結局妥協して短くしたそうです。灰原零の正体が分かりにくいのもそのせいのようですね。でも、まだ上映期間中に発表するのはどうかと思いますね。それならと観るのを延ばした人もいるでしょうし。上映終わってから数週間後に発表して欲しかったですね。
◆ふじき78さん
押井さんはなんせTVアニメ「うる星やつら」の時から、メガネ(声:千葉繁)に延々長演説をぶたせたり、シュールでワケのわかんない場面を入れたりしてましたからね。
敬愛する作家はタルコフスキーにアンジェイ・ワイダだし、元々アート志向なんですね。無茶苦茶シュールで難解なアニメ作って、でもそれを持ち上げるファンがいるからややこしい。で、それでは食えないから一応エンタメ志向の作品も作ると、これがしっかりした出来で絶賛される、というのが実態でしょうね。
エンタメだけで進んでたら、間違いなく世界的なヒット・メイカーになってたでしょうね。力量があるのにもったいない。アート系作品、どう見てもあまりいい出来じゃないんですけど、それでも本人はやりたいんですね。まあそこが押井さんらしいとは言えるんですが。
投稿: Kei(管理人) | 2015年5月23日 (土) 01:47