「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」
2013年/イギリス・アメリカ合作
配給:アルバトロス・フィルム
原題:Locke
監督:スティーブン・ナイト
脚本:スティーブン・ナイト
製作:ポール・ウェブスター、ガイ・ヒーリー
製作総指揮:ジョー・ライト
画面に映るのは主人公ただ1人、物語は主人公と声だけの相手との会話だけで進行するという、異色のワンシチュエーション・サスペンスドラマ。主演はこの所主演作が相次ぐ「マッドマックス 怒りのデス・ロード」、「チャイルド44」のトム・ハーディ。監督は「イースタン・プロミス」の脚本で注目され、「ハミングバード」で監督デビューしたスティーブン・ナイト。本作でハーディはLA批評家協会賞その他の主演男優賞、ナイト監督は英国インディペンデント映画賞最優秀脚本賞をそれぞれ受賞した。
プライベートでは妻と2人の子供と仲睦まじく暮らし、仕事でも建築現場監督として評価され、順風満帆な人生を送っているアイヴァン・ロック(トム・ハーディ)。だが大規模なプロジェクトの着工を翌日に控えたある夜、ハイウェイに乗り、目的地へ向かおうとしていたアイヴァンに1本の電話がかかってきたことから、彼の人生がゆっくりと狂い始めて行く。
これはとても実験的な異色作である。画面に登場するのはトム・ハーディただ一人。上映時間と物語の進行が一致し、その86分の間、主人公は車を運転してハイウェイを進み、電話のやり取りをするだけ。まあ分かり易く言うなら、イッセー尾形や奈良岡朋子なんかがよくやってる“一人芝居”ドラマである。
これは難しい。主人公は運転席に座りっぱなしで単調だし、夜間ゆえに周囲の景色も変り映えしない。主役の演技力だけで物語を牽引しなければならない。ヘタすれば退屈な作品になりかねない。出だしではやや不安が付きまとった。
だが、物語が進むにつれて、主人公にさまざまなアクシデントや決断を迫る問題が連続し、テンションが持続して目が離せなくなる。そしていつしか観客はこの主人公に同化し、最後には「頑張れよ」と声をかけたくなって来る。
ナイト監督の演出力、ハーディの演技力それぞれに見事で、小品だが、観終わってじんわりと心に響く、渋い佳作に仕上がっている。
(以下ネタバレあり)
主人公アイヴァンは、ごく普通の労働者である。これもトム・ハーディ主演作としては珍しい。
この平凡な男に人生の波風を立たせたのは、かつてロンドンに出張していた時、知り合った一人の女性である。彼女とは一夜だけの性関係を持ち、そのまま別れたのだが、その女性が妊娠し、今晩出産すると彼に電話して来たのである。
どうやら難産で、彼女には身寄りもなく、病院は誰か身内の人に立ち会って欲しいと要望している。思い余った女性は、父親であるアイヴァンに、ロンドンの病院まで来て欲しいと言って来たのだ。
これは彼にとっては困った状況である。明日行われる工事着工には、現場監督のアイヴァンが立ち会って陣頭指揮を執らねばならない。しかもこれが妻に知れたら離婚の危機である。
仕事と家庭を優先して、女性の願いを無視するか、それとも仕事と家庭を棒に振ってまで、父親としての責任を取るべきか…。
アイヴァンにとっては、人生最大の難関であると言えよう。
そしてアイヴァンが取った決断は、仕事をほっぽり出して、彼女の元に向かうというものだった。
彼女は頼る者がおらず、不安で仕方がない。誰かが傍に居てあげなければならない。男として見捨てられない…。立派な決断ではあるが、失うものはあまりに大きい。
それでも彼は決断し、ハイウェイをひた走る。この勇気に、まずジンと来た。自分がその立場に立たされたら、どんな決断が出来るだろうか。観客自身も試されるのである。
当然会社は激怒する。明日現場に行かないなら解雇するとまで脅される。おまけに不測のトラブルも発生し、部下からはどうすればいいかとオロオロした電話もかかって来る。女性からも早く来てと電話があり、はたまた妻には事実を打ち明ける電話を入れた為に罵詈雑言を浴びせられ家庭崩壊の危機に直面し…と、電話のやり取りだけでもスリリングでドラマチックで、観ているこちらもハラハラし通しである。このテンポに乗れたら、十分この映画を楽しめる。
そしてもう一つ感動したのは、会社の上司から、「明日はもう来なくていい。別の監督を手配した。おまえはクビだ」と宣告されながらも、アイヴァンは、「給料が出なくてもいい。この仕事は絶対やり遂げる」と宣言した事である。
部下に矢継ぎ早に指示を出し、道路規制の為に警察に電話し、市の許可がいると言われると、電話で市の担当者を探し出して頼み込み、と、僅かの時間の間に電話1本でテキパキと仕事をこなす。
自分の仕事に誇りを持っているのだろう。この心意気、愚直さにも、会社人間だった私は感動してしまう。
さらには若い部下に現場指揮を任せ、それにビビッてヤケ酒をあおり、仕事を投げ出しかけた部下を懇々と説得し「お前ならやれる」と励まし、勇気付け、そしてとうとう彼に一仕事を成し遂げさせてしまう。
部下の男にとっても、この夜は生涯忘れられない夜となる事だろう。
電話がない合間には、アイヴァンと、今はこの世にいない父に対する独白(あるいは一方的な会話)も登場するのだが、どうやら二人の間には確執もあったようで、父親のような男にはならない、という思いも、彼の決断に影響している気がする。こういうディテールもきちんと書き込んだ辺りが脚本のうまさであると言える。
そして終盤、目的地に近づいた時に、女性から掛かって来た電話の、ある声には感動し、泣いてしまった。それが何かは映画を観ればわかる。とても素晴らしい、心に残る幕切れである。
言い忘れる所だったが、母に内緒でかけて来た、彼の息子との電話のやり取りもいい。父と子の、深い親子愛にも泣かされる。
トム・ハーディの演技が素晴らしい。時に苦悩し、時に激高し、時に力強く励まし、そして時には涙を溜めて泣く。たった一人の演技だけで映画を持たせたトム・ハーディは、本当に素晴らしい俳優である。今年の主演男優賞候補に挙げたい。
声だけの共演者たちもみんないい。それぞれに感情がこもり、ドラマを盛り上げるのに一役買っている。
男とは、仕事とは、人生とは…さまざまな事を、観終わっても考えさせてくれる、見事な秀作である。
それにしても、こんな難しい実験作を、監督2作目で成功させてしまった脚本・監督のスティーブン・ナイトはただ者ではない。前作「ハミングバード」 も、ジェイソン・ステイサムに新境地を開かせた異色の力作だった。この監督には、今後も注目して行きたい。
(採点=★★★★☆)
| 固定リンク
コメント