「沖縄 うりずんの雨」
ジャン・ユンカーマン監督の名前は知っていたが、これまで機会がなくて、監督作品は1本も観ていなかった。先日、三上智恵監督「戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)」を映画館で観た際、本作の予告編を上映していて、ちょっと興味を惹かれたので観る事にした。
観終わっての感想。
これは凄い傑作である。沖縄の歴史と現状を、あます所なく俯瞰的に捉え、問題点を鋭く抉り出している。
映画は全体が4章に分かれ、第1部「沖縄戦」では最初に、驚く事に1853年5月、ペリー提督が沖縄に上陸したエピソードが描かれているのである。
ペリー提督が同年7月、浦賀港に入港した事は歴史の教科書に出て来るから誰でも知っているが、その2ヶ月前に沖縄にやって来た事はほとんど知られていない。私も初めて知った(Wikipediaにはちゃんとその記載がある)。
この事は、アメリカがこの当時から沖縄を、地形的にアジアへの進軍基地、後方支援基地として利用する事を目論んでいた事を意味する。
それで、第二次大戦で米軍が本土よりも真っ先に沖縄に上陸した事も、講和条約後も沖縄を占領し続けた事も、今もって米軍基地の75%が沖縄にある事も、すべて腑に落ちる。
なんでこんな大事な事が、今まで語られなかったのか不思議だが、ともかくも沖縄を語るなら、やはりそうした歴史的事実をきちんと把握した上で語るべきではないだろうか。
この点だけでも、私はこの映画を高く評価したい。それがアメリカ人監督によって作られたというのも皮肉だが。
そしてこの第1部では、大戦末期の沖縄戦を、地上戦を戦い生き残った元日本兵、元米兵、現地沖縄の人たちの貴重な証言、新たに発掘された米軍撮影の沖縄戦の映像(カラーもある)等を巧みにモンタージュし描いて行く。
24万人もの犠牲者を出したという沖縄戦の悲劇はこれまでも「ひめゆりの塔」(今井正監督)その他多くの映画でも語られて来たが、生き残った人たちの生々しい証言は、やはり胸をうつ。大田元沖縄県知事も登場し、自身の戦争体験もふまえて語る言葉が重い。
第2部「占領」では、戦後の占領下で、米軍が住民の土地をつぶし基地を拡張していった実態、住民への差別、それに抗議する沖縄の人たちの悲痛な叫び、それを見てみぬふりをする日本政府、やがてはそれが反基地闘争へと繋がる歴史を描き、続く第3部「凌辱」では、米軍兵士による沖縄の女性たちへの性的暴力の実態を、被害者側の人たち、加害者側の元米兵、それぞれの証言を通して描いている。
特に驚嘆したのは、当時新聞でも騒がれた、1995年の米兵による12歳少女強姦事件の加害者の一人である元米兵にインタビューを敢行したくだりである。よくまあ取材に応じたものだと思うが、これは監督がアメリカ人という心易さもあったのだろう。日本人のジャーナリストが会っても絶対語ってくれないだろう。
証言から浮かび上がるのは、米兵の間に、沖縄の女性は戦利品であり、自由に出来るおもちゃのようなものだ、という意識が蔓延していた実態である。強姦事件が後を絶たない理由も見えて来る。証言した元米兵は、今では反省しているが、当時はそういう空気に皆が染まっていた様子も語っている。別の証言では、「沖縄には兵士1人に対して約1人の売春婦がいる」という驚くべき言葉も飛び出す。
2004年に起きた、沖縄国際大学への米軍機墜落事故についても、当時は公開不可能だった、写真家石川真生さんが至近距離から撮影した墜落現場の生々しい写真、新たな証言も交えて、当時の米軍の隠蔽ぶり、日本政府の弱腰ぶりも鋭く追及する。
とにかく、よくこれだけの証言を集めたものだと感心する。ユンカーマン監督の粘り強い取材力には感服せざるを得ない。
最後の 第4部「明日へ」では、現在も進行中の、辺野古への新たな米軍基地建設に反対する沖縄の人びとの不屈の戦いぶりを描いて映画は終わる。
観終わって感じるのは、我々は沖縄の人たちがどれだけの長い間苦しめられて来たか、ほとんど知らなかった、あるいは無関心でいたかを痛烈に思い知らされた点である。反省しなければならない。
沖縄の戦後は、まだ終わってはいないのだ。
上映時間は2時間28分と長いが、身じろぎもせずに見入ってしまった。ズシリと体にこたえた。
辺野古基地移設問題に揺れる沖縄の現在を描いた、これも本年を代表する秀作「戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)」を沖縄問題を横軸として描いた作品とするなら、本作は沖縄の歴史を縦軸として描いた作品だと言えよう。
テーマは強烈だが、決して声高に叫んではいない。日米双方の立場から見据える事の出来るアメリカ人監督として、努めて冷静に、客観的な視座で沖縄問題をパースベクティブに捕らえた、ユンカーマン監督のドキュメンタリストとしての手腕が最高に発揮された力作である。
ユンカーマン監督の、過去の作品も是非観たくなった。
また本作を含め、ユンカーマン監督全作品を配給・公開してきたシグロの代表を勤める山上徹二郎氏の頑張りにも敬意を表したい。
本作はシグロ設立30周年記念映画との事である。
すべての日本人が観るべき、これは本年屈指のドキュメンタリーの傑作である。 (採点=★★★★★)
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