« 「ターミネーター:新起動/ジェニシス」 | トップページ | 「ジュラシック・ワールド」 »

2015年8月10日 (月)

「きみはいい子」

Kimihaiiko2015年・日本
配給:アークエンタテインメント
監督:呉 美保
原作:中脇初枝
脚本:高田 亮
製作:川村英己
プロデューサー:星野秀樹
撮影:月永雄太

2013年本屋大賞で第4位にも選ばれた中脇初枝の5編からなる同名短編小説集から3編を選んで映画化。監督は「そこのみにて光輝く」で昨年度の映画賞を総ナメした呉美保。主演は「横道世之介」の高良健吾、「そして父になる」の尾野真千子、その他「そこのみにて光輝く」に続いての呉監督作品出演となる池脇千鶴、高橋和也ら。

桜ヶ丘小学校4年2組を受け持つ新米教師・岡野匡(高良健吾)は、真面目だが優柔不断で、児童たちの扱いに苦慮している。夫が海外に単身赴任中の水木雅美(尾野真千子)は、ママ友らに見せる笑顔の陰で、自宅でたびたび3歳の娘・あやねに暴力を振るっている。一人暮らしの老女・佐々木あきこ(喜多道枝)が心を許すのは、登下校の途中で挨拶をしてくれる、自閉症の小学生だけであった。…一つの町に暮らす、それぞれに悩みを抱く人たちの人間模様が描かれて行く…。

長編監督3作目の「そこのみにて光輝く」がキネマ旬報その他多くの映画賞でベストワンを獲得し、一躍脚光を浴びた呉美保監督の新作である。私もベストワンに選んだ事もあり、当然期待は高まる。

中脇初枝の原作は、それぞれが独立した5編からなる短編集で、その中から「サンタさんの来ない家」「べっぴんさん」「こんにちは、さようなら」の3編を選び、これを「そこのみにて-」でも組んだ高田亮が、それぞれのエピソードを巧みに交錯させ脚色した。

テーマ的には、学級崩壊、いじめ、幼児虐待、育児放棄、一人暮らしの認知症老人、自閉症児…と、現代が抱えるタイムリーな問題がまんべんなく網羅されている。
個人的には、ちょっとあれこれ盛り込み過ぎではないかと最初は危惧した。それぞれ、1編だけでも独立した長編になりうるテーマである。
特に2番目の、自分が子供の頃に親から暴力を振るわれた事がトラウマとなって苦悩する母親のエピソードは、既に平山秀幸監督の秀作「愛を乞うひと」(1998)でも取り上げられており、既視感を覚えてしまう。

ところが、物語が進むにつれて、一見バラバラに見えていた3つのエピソードが、実は根底では繋がっている、大きなテーマに集約されて行く。

それは、“コミュニケーションの不全”という問題に、どういう解決点を見出して行くか…という事である。

若い新任教師・岡野は、子供たちとコミュニケーションが取れずに悩んでいる。雅美も、自分の子供・あやねとコミュニケーションが取れず暴力を振るってしまう。公園でのママ友との交流もどこかちぐはぐである。独居老人・あきこも身寄りがなく、自分が認知症かと思い込んで他人とコミュニケーションを取ろうとしない。

やがて岡野は、特殊学級で自閉症児たちと楽しそうに抱き合う教師・大宮(高橋和也)たちを見て、一歩前進してみようと思い立ち、生徒たちに「家族に抱きしめられてくること」という宿題を出す。

素晴らしいのは、翌日、その宿題を発表する子供たちがとても自然で、まるでドキュメンタリーを見ているかのような演出がほどこされている点である。それぞれに、楽しそうで、抱きしめる、という行為がコミュニケーションを深める、大切な要素である事が強調される。
その発表を、やや涙ぐみながら聞いている岡野と子供たちとのコミュニケーションも、やがては深まって行く事が予想され、私もつい涙ぐんでしまった。

そう言えば、自閉症児・弘也を演じた加部亜門も、本当の自閉症児かと思えるくらいリアルで自然な演技だった。呉監督の演技指導の成果だとしたら凄い。

こうして、映画は最後に、“抱きしめる”という行為によって、それぞれにコミュニケーションが成立、あるいは回復して行く結末へと収斂して行く。

あやねを虐待する雅美も、やはり子供の頃親に虐待された経験のある陽子(池脇千鶴)に抱きしめられ、次第に心の傷を回復して行く。

共に殻に閉じこもっていた老人・あきこと自閉症児・弘也も、触れ合う事で少しづつ他人とのコミュニケーションを回復して行き、謝ってばかりの弘也の母・和美(富田靖子)も、あきこに優しく抱かれ、少しは前を向いてみようと思い始める。

しかし映画は、そんなに全てがうまく行くものではないという、ちょっと苦い結末を用意している。

岡野が、継父にネグレクトされいつも鉄棒のそばにいる神田少年にも「家族に抱きしめられる」宿題を出していたのだが、その少年が登校せず、いつもの鉄棒のそばにもいない事を知って、全速力で走って彼の家に向かう。
そのドアをノックする直前で映画は終る。神田少年がどうなったのかは映画は描かない。結末は観客自身で考えて欲しいという事なのだろう。

高田亮の脚本が見事だし、それを正攻法で撮り上げた、格調高ささえ感じさせる呉監督の演出が随所に光っている。

今の時代が抱える、さまざまな問題点は、すべてがコミュニケーション不全に起因しているのではないか。それを解決するには、コミュニケーション、触れ合いを回復して行く事しかないのではないか。…このテーマが胸に刺さる、現代を照射すると共に、これは主人公たちが悩みながらも成長して行く、そして呉監督自身の演出家としての成長も感じさせる秀作である。

 
…ただ、贅沢な事を言うようだが、まだこれが長編4作目となる若手監督にしては、ある意味完成され過ぎていて逆に物足りない。もっと破綻や、若さゆえの暴走があってもいいのにと思う。分かり易く言うなら、小津安二郎や山田洋次が若い頃に無数の喜劇映画やB級映画を撮って来て、晩年に至ってようやく到達したような境地に、既に38歳という若さで到達しているような気分なのである。
そう言えば、2作目「オカンの嫁入り」の批評で、私は小津安二郎作品との類似性を指摘していたのを思い出す。

次回作は、少し肩の力を抜いた、気軽なコメディとか娯楽作品を撮ってもいいのではないかと思う。…いや日本映画の期待の星として応援しているが故の私の戯れ言として聞き逃して貰ってもいいけれど…。    (採点=★★★★☆

 ランキングに投票ください → にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ  

|

« 「ターミネーター:新起動/ジェニシス」 | トップページ | 「ジュラシック・ワールド」 »

コメント

> …ただ、贅沢な事を言うようだが、まだこれが長編4作目となる若手監督にしては、ある意味完成され過ぎていて逆に物足りない。

未来からタイムマシーンで過去に戻ったあやねが実は池脇千鶴という破綻たっぷりのエピソードを足してみますか?

投稿: ふじき78 | 2015年8月14日 (金) 21:57

◆ふじき78さん
このお話にSFを絡めて来るところがふじきさんらしいと言うか…
しかしあやねの母親、タバコは吸っていなかったはずですが。誰が池脇千鶴の手にタバコ押し付けたんでしょうね。
…と反応してみる(笑)。

投稿: Kei(管理人) | 2015年8月15日 (土) 21:09

・・・父親が・・・そ、そんな救いのない話はいやじゃあ。

動議を取り下げます。

投稿: ふじき78 | 2015年8月15日 (土) 21:21

この映画もかなり良いんですが、似たテーマながらとんでもなくぶっ飛んだ映画を観ました。

「Dressing UP」(安川有果監督)です。

この監督も偶然にも女性監督です。女性監督の映画で本気で驚いた映画は
山戸結希監督「おとぎ話みたい」(「おとぎ話みたい」は「5つ数えれば君の夢」よりもっとすごいんです。)と、坂本あゆみ監督「FORMA」(なんでこれが話題にもならなかったのか不思議です。内田けんじ監督がホラー風なことをやったような映画です。)

これ以来です。

偶然にも「Dressing UP」を観た時、ドキュメンタリー監督の松江哲明監督がいました。松江哲明監督も絶賛でした。

ぜひ観て欲しいです。

投稿: タニプロ | 2015年8月27日 (木) 02:14

◆タニプロさん
「Dressing Up」結構評判がいいので、観たいと思ってるのですが、今の所、関西での上映は予定されていないようです。
もともとは、2005年に大阪市が立ち上げた若手映画作家支援事業、CO2(シネアスト・オーガニゼーション・大阪エキシビション)の企画募集において、選考委員であった黒沢清監督、山下敦弘監督らに選出され、監督する事になったという経緯があるので、むしろ大阪でこそ上映して欲しいのですがね。
大阪市にお願いしておきましょうかね。ただ市長が文化振興に冷たいあの人(笑)なので難しいかも知れません。

投稿: Kei(管理人) | 2015年9月 4日 (金) 23:08

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/174742/62058597

この記事へのトラックバック一覧です: 「きみはいい子」:

» [映画]「きみはいい子」(呉美保監督) [タニプロダクション]
出演 高良健吾、尾野真千子、池脇千鶴他 テアトル新宿 座席位置 前方中央 評点・・・☆☆☆★★★ 上出来の部類 以下、Facebookより転載 呉美保監督「きみはいい子」観ました。 友人から「キミには合わないんじゃない?」って言われましたが、そんなことないですよ!私は... [続きを読む]

受信: 2015年8月11日 (火) 01:39

» きみはいい子 [映画的・絵画的・音楽的]
 『きみはいい子』をテアトル新宿で見てきました。 (1)呉美保監督の前作『そこのみにて光輝く』が大層いい出来栄えだったので、本作もどうかと思って映画館に出向きました。  本作(注1)の冒頭は、仏壇にお茶を供える老女・あきこ(喜多道枝)の姿。  「皆で飲みま...... [続きを読む]

受信: 2015年8月11日 (火) 05:29

» きみはいい子〜桜の花びらが飛ぶ範囲に [佐藤秀の徒然幻視録]
公式サイト。中脇初枝原作、呉美保監督。高良健吾、尾野真千子、池脇千鶴、高橋和也、喜多道枝、黒川芽以、内田慈、松嶋亮太、加部亜門、富田靖子。「オカンの嫁入り」、「そこの ... [続きを読む]

受信: 2015年8月11日 (火) 08:47

» 「きみはいい子」:もっと寛容なゆるさを!  [大江戸時夫の東京温度]
映画『きみはいい子』は、真摯な社会性に満ちた本年屈指の秀作です。呉美保監督作品と [続きを読む]

受信: 2015年8月11日 (火) 11:56

» きみはいい子 ★★★.5 [パピとママ映画のblog]
幼児虐待や学級崩壊といった問題を通して愛について描いた中脇初枝の小説を基に、『そこのみにて光輝く』などの呉美保監督が映画化したヒューマンドラマ。学級崩壊をさせてしまう新米教師、親からの虐待を受け自身も子供を虐待する母親、家族を失い一人で暮らす老人といっ...... [続きを読む]

受信: 2015年8月11日 (火) 16:46

» きみはいい子 [象のロケット]
生徒や親に振り回されてばかりいる小学校の新米教師、認知症扱いされている一人暮らしの女性と自閉症の生徒、夫が単身赴任中で3歳の娘を傷つけてしまう母親とママ友たち…。 同じ町で暮らす人々の出会いを描く、ヒューマン群像ドラマ。... [続きを読む]

受信: 2015年8月13日 (木) 08:16

» 『きみはいい子』をテアトル新宿で観て、こんなんいい映画に決まってはいるけど予告はちょっとどうかなふじき★★★★ [ふじき78の死屍累々映画日記]
五つ星評価で【★★★★観終わった直後より後にボディーブローくらう感じ】 おそらく、普通にいい映画であるだろうとは思っていたし、 なるほど、確かにいい映画でもあったのだ ... [続きを読む]

受信: 2015年8月15日 (土) 00:06

» ひとりじゃない~『きみはいい子』 [真紅のthinkingdays]
 小学校の新任教師・岡野(高良健吾)は、学級崩壊やいじめ、モンスターぺア レントの対処に疲れ果てる毎日。夫が海外へ赴任し、3歳の娘と二人暮らしの雅 美(尾野真千子)は、娘に手を挙げてしまう。小学校近くに独居する老婦人(喜多 道枝)は、「こんにちは、さようなら」 とあいさつする少年と出逢う。  中脇初枝さんの原作は、3年前に読んだ。『そこのみにて光輝く』 の呉美保 監督が映像...... [続きを読む]

受信: 2015年9月 7日 (月) 12:49

» きみはいい子 [のほほん便り]
どこか「誰も知らない」に通じる社会派・問題提起作品…「そこのみにて光輝く」でモントリオール世界映画祭の最優秀監督賞を受賞した呉美保監督が、2013年本屋大賞で第4位にも選ばれた中脇初枝の同名短編小説集を映画化群像劇だけど、実力派・俳優さん達が熱演。いろんな意味で、考えさせられました。シビアな現実に真っ向から向き合ってたけれど、特に終盤。救いがあった分、感動と安堵感がありました。いい作品でした。      (解説)幼児虐待や学級崩壊といった問題を通して愛について描いた中脇初枝の小説を基に、『そこのみに... [続きを読む]

受信: 2016年8月14日 (日) 16:14

« 「ターミネーター:新起動/ジェニシス」 | トップページ | 「ジュラシック・ワールド」 »