「ヴィンセントが教えてくれたこと」
2014年・アメリカ/ワインスタイン・カンパニー
配給:キノフィルムズ
原題:St. Vincent
監督:セオドア・メルフィ
脚本:セオドア・メルフィ
製作:ピーター・チャーニン、ジェンノ・トッピング、セオドア・メルフィ、フレッド・ルース
製作総指揮:ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン、ディラン・セラーズ、ドン・チードル、G・マック・ブラウン
嫌われ者の偏屈老人と12歳の少年との心の交流を描いたハートフル・ヒューマン・コメディ。脚本・監督はこれが長編デビュー作となる新進セオドア・メルフィ。主演は「私が愛した大統領」のビル・マーレイ。共演は「ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン」のメリッサ・マッカーシー、「バードマン あるいは…」のナオミ・ワッツ。ゴールデングローブ賞ではコメディ/ミュージカル部門の作品賞と主演男優賞(ビル・マーレイ)にノミネートされた。
アルコールとギャンブルにのめり込み、借金で首が回らない初老の偏屈親父ヴィンセントは、ある日隣に引っ越してきたシングルマザーのマギー(メリッサ・マッカーシー)から、彼女の仕事中に12歳の息子オリバー(ジェイデン・リーベラー)の面倒を見るよう頼まれる。嫌々ながらも時給12ドルで引き受けたヴィンセントは、行きつけのバーや競馬場にオリバーを連れて行ったり、馬券の買い方やらいじめっ子の鼻のへし折り方やらと、ろくでもないことばかりを彼に教え込んで行く。最初は取っつきにくかったオリバーだが、そんなヴィンセントと行動を共にするうちに、やがて彼の隠された優しさや心の傷に気づいて行く…。
“老人と子供が、共に生活するうちに次第に心の絆を深めて行く”というパターンの作品は、過去にいくつも作られている。代表作はタイトルからしてそのものズバリ「老人と子供」(1967・クロード・ベリ監督)。こちらも頑固だが根は優しい老人(名優ミシェル・シモン)と子供との交流が爽やかに描かれ、最後の別れのシーンにはドッと泣ける名作だった。
そして何よりクリント・イーストウッド監督・主演の「グラン・トリノ」がこのパターンの最高傑作。老人の偏屈ぶりやら、少年の成長ぶりやらが本作と似ているし、特にヴィンテージもののクラシックカーを愛用してる所も同じ。本作が参考にした可能性もある(注1)。
日本でも、老人ではないがロクでもないダメ中年男と子供との交流を描いた「菊次郎の夏」(北野武監督)や、仲代達矢の偏屈老人と少女との旅を通して、老人の心の内面が明らかになって行く「春との旅」(小林政広監督)など、本作と似たタッチの佳作、力作がある。
そういう意味では、「またか」と最初はあまり期待していなかった。
(以下ネタバレあり)
ところが、観始めるとこれがなかなかユニークで面白い。
ビル・マーレイ扮する偏屈親父(年齢は60歳台後半だろうから老人と呼んでいいだろう)は、家の中は散らかし放題、口さがなくて悪態はつくし、酒浸りでギャンブルに目がなく、借金取りに追い回されているダメっぷり。おまけにナオミ・ワッツ扮する妊娠中のストリッパー、ダカとも腐れ縁に近い関係でもある。
オリバーの母であるシングルマザーのマギーも、最初はこんな偏屈ジジイとは付き合いたくないと思っていたが、ひょんな事からヴィンセントにオリバーの世話を頼まざるを得なくなる。
その理由が、オリバーが学校で苛められたあげく、家の鍵と携帯を盗まれてしまい、家に入れず母に連絡も取れない状況で、やむなくオリバーがヴィンセントに助けを求めた、というわけで、これが発端となって、仕事で手が離せず他に頼る人間もいないマギーは、仕方なくヴィンセントにオリバーのベビーシッターを依頼する事となる。
この出だしだけで、ヴィンセントのキャラクター、オリバーの気弱な性格等が簡潔に明示されると共に、マギーがこの老人に頼らざるを得なくなる状況を一気に納得させてしまう。秀逸な脚本である。
そしてヴィンセントは案の定、オリバーを競馬場やら夜のバーに連れ出したり、ストリッパーのダカといい仲である事も隠さない(ヴィンセントは彼女を“夜の女”と紹介する)。なんともあきれた、普通の大人から見れば教育上極めて好ましくない生活ぶりなのだが、マーレイのトボけた演技が笑いを誘い、どこか憎めない。
ところが、ヴィンセントと行動を共にしているうちに、オリバーは彼の別の一面…認知症の妻をこよなく愛し、やさしく労わる姿や、かつてはベトナム戦争の勇士だった事…を知り、また苛めっ子に対する喧嘩の仕方を教えられたりもして、次第にオリバーはヴィンセントという人間を見直し、前に向かって生きる勇気を授かって行く。
ここらは、マーレイと、オリバーを演じたジェイデン・リーベラーの見事な演技とメルフィ監督のテンポいい演出で、ちょっとホロッとさせられる。
そして、おそらくはベトナム戦争の従軍経験がヴィンセントの人生に影を落とし、彼の生き方を変えたであろう事が観客にも分かって来る。
アメリカが敗北したベトナム戦争は、「帰郷」や「ディア・ハンター」、「7月4日に生まれて」等の映画で描かれたように、多くの兵士たちの精神を傷付け、PTSD等の後遺症に苦しむ人たちを生み出した。
上官を助けてジョンソン大統領から勲章をもらったヴィンセントでさえも、この戦争で“アメリカの正義”に大きな疑問を抱いた事だろう。自分は何の為に戦ったのか…。
ヴィンセントの家の壁に、さりげなくケネディ大統領の肖像や新聞記事が飾られている所も見逃せない。敬愛するケネディを暗殺し、ベトナム戦争の泥沼に足を突っ込んだアメリカという国に、彼は深く絶望した事だろう。自堕落になったのも理解出来る。
だが本心では、彼は誰にも心優しく、弱いものを苛める奴を許せなく、正義と慈愛の心を失っていない素敵な人間なのである。
そうした彼との交流を経て、ヴィンセントという人間の本当の姿を知ったオリバーは、たまたま学校から出された課題、「我々の中の聖人」に、ヴィンセントこそふさわしいと考え、彼が棄てた過去の写真を基に懸命に資料を集め、晴れの舞台でその成果を発表する。
ダカの機転でヴィンセントも会場に現れ、オリバーから素敵なプレゼントを受け取る。
このクライマックスでは泣けた。自然と涙が溢れて来た。
どんなダメな人間だって、いい所はある。苛められていたって、くじけずに前を向いて生きる勇気を持つべきである…。この映画はさまざまな事を我々に教えてくれ、爽やかな気分にさせてくれるのだ。
音楽の選曲もグッドだ。冒頭では懐かしい、ジェファーソン・エアプレインの「あなただけを」が流れ、エンドロールではボブ・ディランの「Shelter From The
Storm(嵐からの隠れ場所)」をヴィンセントが調子っぱずれに歌っている。
どちらも1960年代の名曲で、この時代に青春を送った人には忘れられない歌だろう。ヴィンセントも間違いなくその世代である。
そしてボブ・ディランといえばベトナム戦争に抗議する反戦ソングでも知られている。ベトナム戦争から帰ったヴィンセントが彼の曲を愛唱しているのがなんともアイロニカルである。
本作は、当初は全米でわずか4館の限定公開だったが、幅広い観客の共感を得て最終的には2,500館にまで拡大公開され、興収ランキングで実に9週連続ベストテン入りという快挙を達成したそうだ。それだけ、観た人の心を揺さぶったという事だろう。素晴らしい事である。
日本でも共感の輪が広がり、口コミで観客が増えて行く事を期待したい。地味ではあるが静かな感動を与えてくれる一押しの秀作である。お奨め。 (採点=★★★★☆)
(注1)
その他に老人と子供映画を探すと、「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」(2003・監督:フランソワ・デュペイロン)、「アトランティスのこころ」(2001・監督:スコット・ヒックス)等がある。ちなみに老人を演じたのは前者がオマー・シャリフ、後者がアンソニー・ホプキンスといずれも名優揃い。またアニメでもピクサーの「カールじいさんの空飛ぶ家」といった具合に、いずれも感動したり泣ける秀作ばかりである。
(付記)
この映画を製作したのは、ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン率いるワインスタイン・カンパニー。
以前にも書いたが、ここはクエンティン・タランティーノ監督作を一手にプロデュースしながら、一方では「愛を読むひと」、「英国王のスピーチ」、「世界にひとつのプレイブック」、「アンコール!!」、「ワン チャンス」、「大統領の執事の涙」、「はじまりのうた」などのいずれも小品だけど心に沁みる素敵な秀作を世に送り出して来た会社である。本作もその流れにある作品と言えるだろう。この後も「ギヴァー 記憶を注ぐ者」が待機している。
この会社のマークが入った作品は、今後もチェックした方がいいだろう。要注目。
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コメント
ビル・マーレーが聖人かって?
そら、聖人でしょ。
「ゴースト・バスターズ」で地球の危機を回避してるんだし。
投稿: ふじき78 | 2015年9月21日 (月) 09:10
◆ふじき78さん
「ゴースト・バスターズ」でゴースト退治やってるかと思えば、「3人のゴースト」では逆に3人のゴーストに振り回されてましたね。
しかもこの映画でのマーレイ、傲慢でガメツくてさもしい嫌われ者という、およそ聖人とは真反対(笑)の役柄というのも面白いですね。まあ、ラストでは改心してましたが。
投稿: Kei(管理人) | 2015年10月11日 (日) 21:03