「岸辺の旅」
夫の優介(浅野忠信)が失踪して3年。妻の瑞希(深津絵里)はピアノ教師をしていたが、夫を失った心の痛みは癒えないままの孤独な日々。そんなある日、突然優介がフラリと帰って来て、自分は3年前に富山の海で死んだと告げる。戸惑う瑞希に優介は、死後に自分が世話になった人々を訪ねて瑞希にも紹介したいと言い出す。こうして二人は、優介が3年の間を過ごした足跡を辿る旅に出る事となる…。
死んだ人間が幽霊となって、愛した人の元に帰って来る、というお話はこれまでも結構ある。デミ・ムーア主演の「ゴースト ニューヨークの幻」は大ヒットしたし、赤川次郎原作・大林宣彦監督による「ふたり」、「あした」も泣かせる秀作だったし、井上ひさし原作で映画化された「父と暮せば」、その姉妹編でまもなく公開される山田洋次監督作「母と暮せば」等々、話題作も多い。
本作もそんな傾向の1本なのだが、ちょっと変わっているのは、他の作品と違って、その姿は愛した人以外にも見えるし、食事も出来たり、普通の人間と変わらない生活も出来る。そして物語は、優介が彼の死後の3年間にどんな生活をしていたかを瑞希にも見せる為に彼女を旅に誘う、ロードムービーとなっている。これも他の幽霊ものにはないパターンで、その意味では異色の、ユニークな幽霊ものである。
(以下ネタバレあり)
幽霊と言ったって、見た目には生きている人間と変わらない。観客は、本当に優介は死者なのか、本当は生きていて、何かの事情で死んだと偽っているのでは、とつい疑ってしまう。いや、瑞希自身も、死んだ事が信じられない様子で、彼女もまだ優介の死を受け入れられないのだろう。
これは、優介の不在の3年間を辿る旅を通して、瑞希が優介の死を本当に受け入れるに至るまでの物語なのである。
幽霊もののパターンでよくあるのは、“突然死んだ為に、十分に生者との別れを果たしておらず、この世に未練を残して成仏出来ないままである”というもので、上に挙げた幽霊ものは実はすべてこのパターンに当てはまる。
本作もまた、よく見ればこのパターンを踏襲している。愛した人が、本当に死んだのだ、と生者が実感してくれなければ、死者は安心してあの世に旅立てない(つまり成仏出来ない)。
深津扮する瑞希が、突然帰って来た優介から「俺、死んだんだ」と言われても、その言葉を信じたようには見えない所が重要である。まだ彼が死んだとは思いたくないのだろう。そして優介も、彼女のそんな心の内を分かっている様子である。
脚本が秀逸と思えるのは、瑞希が翌朝目を覚まし、優介の姿が見えない事を確認した後の言葉である。「変な夢」。そしていつも通りの朝の支度にかかる。
つまり瑞希は、朝、優介がいなくなってるのを、死んだ彼があの世に行く前に、別れを言いに来た、とはまるで思っておらず、夢だったと思い込んでいるのである。これでは優介は成仏出来ない。
そこで優介はもう一度現れ、瑞希を旅に誘う。自分の死を、はっきりと彼女に納得してもらう為に。
「岸辺の旅」とは彼岸と此岸の境界の旅であり、そこでは、生者と死者がボーダーレスに暮らしている。死者を含めた、さまざまな人々と触れ合う事で、瑞希は徐々に、“死”というものの実態を心で受け止めて行くのである。
瑞希は、夫との旅の中で、いろんな人=生者及び死者=と出会い、生きている人間が死者を思う心のせつなさ、死してもなお生に執着する死者の思い、等を知り、そうした中で、いずれは訪れるであろう、優介との別れを予感し、彼への思いを強めて行く。
一見本筋とは関係ないような、瑞希が優介の浮気相手だった朋子(蒼井優)に会いに行くエピソードも、朋子の火花の散るような激しい思いをぶつけられた瑞希が、“人を愛するとは、斯様にまで自分の思いをぶつける事なのだ”という事を思い知らされる点で重要である。
これは、そうした旅の遍歴を経て、瑞希という女性が、人を愛する事の大切さを学んで行くラブ・ストーリーなのである。
そこで思い出すのが、湯本香樹実のもう1本の原作もので、やはり映画化された「夏の庭 The
Friends」(1994年・相米慎二監督)である。
これも、小学生の3人組が“人間の死”に興味を抱き、もうじき死にそうな老人(三國連太郎)と心の交流を重ねる事で、“死”の意味を探ろうとする話である。
老人の別れた妻(淡島千景)が、老人の葬儀の日にやって来て、「お帰りなさいまし」とつぶやくシーンが印象的だった。
湯本香樹実自身、作品を通じて、人間が死ぬという事はどういうことなのか、を探し続けているのかも知れない。
これまで、いくつものホラー映画を作り、多くの死体を転がして(笑)来た黒沢清監督だが、本作では真摯に、“死”というテーマに向き合い、死者と生者それぞれの思いを丁寧に描いて感動を呼ぶ。監督としての、更なる成長が感じられる力作であった。
が、若手監督だとばかり思い込んでいたが、調べたら今年60歳になり還暦を迎えていたのだった。
60歳と言えば、小津安二郎監督が亡くなった歳でもある。小津監督も多くの作品で“家族の死”を描いているし(「戸田家の兄妹」、「東京物語」他)、晩年には「小早川家の秋」のような、老人の死とそれを見送る人々を描いた作品を作っている。
小津の享年である60歳になった黒沢監督が、生きる意味、死生観について考える作品を完成させた事も、あながち小津作品と無縁ではないだろう(注)。
本作を経て、ベテランの域に達した黒沢清監督が、今後どのような作品を作って行くのか興味深い。見守って行きたいと思う。 (採点=★★★★☆)
(注)
小津安二郎で思い出したが、前述の瑞希が朋子と対面するシーン、二人が共にカメラに向かって喋るバストショットの切り返しは、小津作品でお馴染みの手法である。多分黒沢監督も小津作品を意識しているに違いない。
ちなみに朋子を演じた蒼井優は、小津オマージュの山田洋次監督「東京家族」で、元ネタとなった小津作品「東京物語」で原節子が演じた“紀子”役を演じていた。
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