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2015年11月25日 (水)

「恋人たち」 (2015)

Koibitotachi2015年・日本/松竹ブロードキャスティング
配給:松竹ブロードキャスティング、アーク・フィルムズ
監督:橋口亮輔
原作:橋口亮輔
脚本:橋口亮輔
製作:井田寛、上野廣幸
企画:深田誠剛

「ぐるりのこと。」で数々の映画賞を受賞した橋口亮輔監督の7年ぶりの新作。原作・脚本も橋口監督。主演の3人はオーディションで選ばれた素人役者。脇を光石研、リリー・フランキー、木野花ら個性派俳優が固める。

橋梁点検の仕事に就いているアツシ(篠原篤)は数年前、愛する妻を通り魔殺人事件で失った。今もその心の傷は癒えない。その怒りをどこにぶつけていいか分からず悶々とした日々を送っている。瞳子(成嶋瞳子)は弁当屋でパート勤めをしているが、同居する無口な夫と、ソリが合わない義母との生活に嫌気が差している。そしてエリート弁護士・四ノ宮(池田良)は仕事は順調だが同性愛者であり、その思いが相手にうまく伝わらず悩んでいる。3人はもがき苦しみながらも、人との繋がりを通し、それぞれの人生を見つめ直して行く…。

寡作だが、発表する度に大きな反響を呼ぶ橋口亮輔監督。名もない市井の人間のおかしさ、哀しさをじっくり凝視するスタイルは相変わらず。

本作ではさらに、無名の素人役者を集め、ワークショップで即興演技の訓練を積ませた上で出演させたのだそうだが、これが見事に成功している。

(以下ネタバレあり)

映画は、そうした訓練を受けた素人俳優が演じる3人の男女が主人公。ただしそれぞれ独立したエピソードが並列して描かれ、ほとんどクロスする事はない。

この3人が、さまざまな悩みを抱え、苦悩しながらも懸命に生きる姿を追うのだが、プロ役者とは違った、リアルで自然体な演技が目を引く。

冒頭から、主人公アツシの過去を語るモノローグが登場する。朴訥で、淡々と語る口調は演技という感じがしない。これは昔、1960年代のフランス映画で一時流行った“シネマ・ベリテ”の手法(注1)を思い出させる。

この後も何度かアツシのモノローグが登場する。普通の劇映画なら禁じ手と言われそうな手法だが、逆に、これは実際にアツシという人物に密着したドキュメンタリーであるかのようにも思えてくる。役名も俳優名とほぼ同じだし。シネマ・ヴェリテを連想したのもあながち的外れではないだろう。

そういう意味では、平凡な家庭の平凡な主婦である瞳子も俳優名と同じ役名だし、かつ顔も普通のオバサン顔であり、勤め先の弁当屋における同僚との会話も自然体で、やはりドキュメンタルな印象を受ける。
彼女は店の取引先である藤田(光石研)と親しくなり、不倫関係になるが、やがて藤田の裏を顔を知って別れる。この辺りもどこにでもありそうなお話。
彼女が夢中になって見ているのが、皇太子妃のドキュメンタリーであるというのも意識しての事だろう。

3人目の四ノ宮だけがエリートで順風満帆。前の2人とはやや異なる立ち位置である。その為か、作者(監督)もこの人物についてはサラッと流している感じ。ただラストで、同性愛の友人から別れ話を告げられ動揺するくらい。従ってやはり物語の中心となるのはアツシと瞳子の2人である。

アツシの仕事の先輩で、アツシの良き相談相手でもある隻腕の黒田(黒田大輔)が、飄々としていながらも味のある存在感を示してとてもいい(片腕がない理由は後半に明らかになる)。こうした脇の人物に至るまで丁寧に描き込んだ脚本・演出が光っている。

その黒田にアツシが、溜まりに溜まった怒りの感情を吐露するくだりを長いワンシーンワンカットで捉えた場面は異様な迫力に満ちて圧巻である(一瞬カメラが絶妙のタイミングでズームインする演出もいい)。
素人に近いこの俳優から、これだけの迫真の演技を導き出した橋口監督の演出は見事と言うしかない。

そんな中で、中心人物では唯一と言っていい、顔の知ったプロの俳優である光石研演じる藤田弘のキャラクターが異質である。鶏肉業者でありながら、一方で美女水というインチキ飲料を売りつけている、一種の詐欺師。瞳子に、行く行くは広大な鶏飼育場を経営する夢を語るがこれも詐欺っぽい。そして覚醒剤中毒患者でもあるという、なんとも複雑怪奇な人物で、平凡な日常を送る他の主要人物たちと比べて、その非日常性は際立っている。その為か、物語の中で浮いている印象を受けるのはややマイナス。

特に、瞳子が見ているのに、覚醒剤を打つ為のゴムバンドの代りにマウスコードやら、その辺にあるもので代用しようと悪戦苦闘する様は、笑えるがあまりにも芝居がかってて興ざめ。これはいらない気がする。

そうした気になる所はあるものの、全体を貫く、平凡な人間が悩み、苦しみ、絶望する姿を凝視する格調高い演出は魅力的である。そして、それでもアツシがやがては、恩讐を越えた光を見出すラストにはホッとさせられる。

今の時代、こうした人間そのものをとことん見つめる作家は希少である。シンドいかも知れないが、見ておく価値はある。本年を代表する、これは力作としてお奨めしたい。 (採点=★★★★☆

(注1)シネマ・ヴェリテ=フランス語で「真実映画」の意。カメラに向かって一人の登場人物が延々喋り続ける等の、ドキュメンタリー手法を使った一連の作品。ベルトラン・ブリエ監督の1963年作品「ヒットラーなんか知らないよ」がその代表作として有名。

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(付記)

1点、どうしても気になる場面があったので指摘しておく。

中盤、アツシが健康保険料を滞納している為、保険証を交付して貰えず、役所の窓口で係員とやりあう場面。
役所の冷たさを強調するという意図はいいのだが、これはちょっとおかしい。何故なら、アツシは橋梁点検の会社に勤め、しかも音の響きで破損場所を探し当てるという確かな技術を持っているという設定。多分正社員かそれに準ずる待遇だと思われる。それなら、会社の保険に加入し、保険料は給与天引きされるので、保険料を滞納する事は起こり得ない。
昔はともかく、今は例え契約社員やパートであろうと、正社員に近い仕事をしていれば上記のように強制的に会社の社会保険に加入させられる。
一部のモグリ、あるいは悪質な会社は保険料の半額会社負担を嫌って社会保険に加入させない場合もあるが、橋梁点検という、国の認可を受けてるような会社(株式会社組織である)がそんな不法行為はしない。

あの役所の場面を入れるなら、アツシは失業中という設定にすべきだったのではないか。“土台が腐食し始めている”という日本社会のメタファーとしてこういう仕事を取り上げた意味も、保険料を払えない底辺の人間を描きたかった事も分かるが、一人の人物に両方をやらせたのはちょっと無理があった。

いい作品だからこそ、ディテールは正確に描いて欲しかった。

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コメント

これが今年のキネマ旬報1位な気がします。

クロスレビューでも絶賛ですし、もともとキネマ旬報の選者に人気がある監督ですから。

投稿: タニプロ | 2015年11月28日 (土) 04:52

今晩は。
「付記」にKeiさんが書かれている点はとても鋭いなと思いました。
ただ、映画の中で、アツシは、「奥さんが3年前に殺されて仕事ができなくなった」とか「昨年の収入は100万円くらい」と言っていたように思います。
そうだとすると、アツシは、通り魔事件のショックで仕事を辞め、昨年くらいからアルバイト的にほんの少しだけ仕事に復帰し始めたように思われます。
仮にそうだとしたら、アツシは、橋梁点検の会社の健康保険組合には入れず、保険料の給与天引きも行われないのではないでしょうか?

投稿: クマネズミ | 2015年12月 1日 (火) 19:00

◆タニプロさん
確かに評判いいですね。1位の可能性は高いでしょう。7年前の「ぐるりのこと。」も高評価でしたが、運悪く「おくりびと」が同年に公開され、ベストワンを総ナメした為にどのベストテンでも2位どまりと苦杯を舐めていますから、今回は雪辱を果たすでしょう。楽しみです。
読者のベストワンは「バクマン。」かな?


◆クマネズミさん
書き込みありがとうございます。
ご指摘の点、確かにそう言ってたように思います。監督もそのつもりだったのでしょう。
ただ映画では、最初の方で既に、アツシは音の響きで破損場所を探し当てるプロとして、重要な仕事を任せられてるように描いていますし、終盤に至るまで、ちゃんと仕事をこなしています。こういう専門的な業務は、アルバイト的な職種の者には任せないと思いますし、ましてや精神的にダメージを受けて仕事をやめていたとなれば、そんな精神的に不安定な人間に重要な仕事は(技術を持っていたとしても)やらせないでしょう(橋梁の腐食を見逃せば大変な事になりますし)。
せめて、音で破損を見つけるプロとしての仕事部分は過去の回想として描き、現在は雑用しか任せられていない(従って保険にも入れない)、しかしラストで立ち直り、元の仕事に復帰し周囲に温かく迎え入れられる…という展開にすれば納得出来、より感動が増したでしょう。
まあ、目くじら立てるような問題ではないでしょうが、どうも細かい事が気になる杉下右京のような性格でして(笑)。すみませんね。

投稿: Kei(管理人) | 2015年12月 2日 (水) 23:42

光石研と紐の格闘シーンはあまりに面白すぎて名人芸を見るようでここだけが凄く強く記憶に残ってます。突出した部分である事は否めない。でも、見れてよかった。

投稿: ふじき78 | 2016年4月10日 (日) 02:30

◆ふじき78さん
確かに面白いんですが、でもこの映画って、光石さんの個人芸を楽しむ映画じゃないんですけど。
何年か後になってこの作品を振り返った時、あのシーンしか思い出さなくて、はて、あの映画って、コメディだったっけ?
なんて事にならないとも(笑)。

投稿: Kei(管理人) | 2016年4月15日 (金) 00:15

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