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2015年11月 8日 (日)

「エール!」

La_famille_belier2014年・フランス/Jerico, Mars Films
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
原題:La famille Belier
監督:エリック・ラルティゴ
原作:ビクトリア・ベドス
脚本:ビクトリア・ベドス、スタニスラス・カレ・ド・マルベルグ、エリック・ラルティゴ
製作:エリック・ジュエルマン、フィリップ・ルスレ、ステファニー・バーマン

自分以外の家族全員が聴覚障害者という家庭で育った少女が夢に向かって奮闘する姿を描いたフランス製ヒューマンドラマ。監督はオムニバス艶笑コメディ「プレイヤー」などの新進エリック・ラルティゴ。主演の少女を演じたのは人気オーディション番組で注目され、以後歌手として活躍中の新人女優ルアンヌ・エメラ。共演は「しあわせの雨傘」のカリン・ビアール、「タンゴ・リブレ 君を想う」のフランソワ・ダミアン、「ゲンスブールと女たち」のエリック・エルモスニーノなど。本作はフランスで観客動員750万人を記録、フランス映画祭2015では観客賞を受賞した。

フランスの田舎町に暮らすベリエ一家は4人家族。高校生の長女ポーラ(ルアンヌ・エメラ)を除いては全員が聴覚障害者だったが、それでも一家は皆明るく、幸せな毎日を送っていた。そんなある日、学校で音楽を教える教師トマソン(エリック・エルモスニーノ)は、ポーラの歌の才能を見抜き、パリの音楽学校への進学を勧める。しかし一家の通訳という重要な役目を負っているポーラは、家族に打ち明けられずに悩む。案の定それを知った両親から猛反対を受け、彼女は進学を諦めようとするが…。

聴覚障害者一家の物語、と聞くと、まず思い出すのがわが国映画史に残る秀作「名もなく貧しく美しく」(1961・松山善三監督)。小林桂樹と高峰秀子が聾唖夫婦を演じて大きな話題を呼び、観客の紅涙を絞ってヒットした。私も当時ボロボロ泣いた。名作だと思う。

Namonakumazusikuutukusikuだが物語は主人公夫婦が周囲から疎んじられたり、初の子供を死なせてしまったり、大切なミシンを弟に盗まれ、生きる事に絶望したり、ようやく最後に幸福になりかけた所でとどめの悲劇…とまあ不幸と悲劇のオンパレード。なんともやりきれないお話だが、当時の日本映画はいわゆる“母子もの”など、こうした物語が結構観客を集めていたものだった。まあ今でも難病ものは結構暗いお話が多いのだが。

(以下ネタバレあり)

ところが本作を観て、そうした障害者もの作品に抱いていたイメージがガラッと変わった。主人公一家は両親も弟も聴覚障害者なのだが、とにかく両親とも明るくてユーモラス。しばしば笑いが起きて、コメディかと錯覚してしまいそう
父親ロドルフ(フランソワ・ダミアン)は酪農経営をちゃんとこなしているし、今の村長が気に食わないからと村長選挙に立候補したり、母親ジジ(カリン・ヴィアール)と病院に行って医者に性生活について相談し、それを娘に通訳させたり、となんとも行動的で開けっぴろげ。

大笑いしたのが、ロドルフが村長と対面した時、手話で村長をボロクソにコキ下ろし、ポーラがそのまま通訳するわけに行かず当たり障りなく言い換えるシーン。村長が反応しないので(ちゃんと通訳したんだろうな?)とロドルフがいぶかる、この間合いがなんともおかしい。

我々はつい、障害を持つ人には同情と憐れみの目を向けてしまいがちだが、ベリエ一家を見ているとそんな気遣いは無用、普通に接すればいいのだと思い知らされる。
これでまず本作が気に入った。

ポーラが、パリの音楽学校に行きたいと思ってる事を知った両親は、当然反対する。通訳がいなくなる事になるからで、さらに難儀なのは、耳が聞こえない為、ポーラが本当に歌がうまいのかどうか両親には分からない点である。これはつらく切ない。

両親を見捨ててパリに行く事はしのびなく、一時は諦めかけたポーラだが、、トマソン先生に励まされ、ポーラが夢の実現に向けて努力を重ね、その熱意に、両親が次第に心を解きほぐして行くプロセスが丁寧で心を打つ。

特にいいのが、ロドルフが歌っているポーラののどに手を当て、その振動で歌を聞き取るシーン。耳では聞こえないけれど、必死に体で娘の歌声を感じ取ろうとする父親の姿が感動的でジーンと来る。

そして父はポーラのパリ行きを許す。娘を手放すのは辛いけれど、それでもポーラの夢と将来を潰さない為に、彼女の幸福の為に両親は決断するのである。

もう一つ感動的なシーンがある。学校での発表会に両親が列席するシーン。ポーラたちの歌うシーンで、次第に音声が小さくなり、やがて聞こえなくなる。かすかに低いノイズのような音だけが聞こえる。これは聴覚障害の人間に聞こえるのは、こんな音声だという意味である。あの美しいポーラの歌声を、両親はこのようにしか感じられないのだと、観客は改めて思い知らされるのである。この演出は出色である。

そして本作のクライマックスとなるオーディションシーン。ここでポーラは、かけつけた両親の前で、歌いながら同時に手話で歌の内容を表現する。このシーンも感動的だ。聞こえない歌の内容を両親に伝えるだけでなく、歌を通して双方の心が真に通い合う。その歌の内容もいい。希望、夢、旅立ちと別れ、それを乗り越える愛の素晴らしさ。まさにポーラの思いも込められた素敵な歌である。もう本当に泣けた。歌い終わった後、審査員が「良い選曲でした」と言うのもいい。

ラストの別れのシーンも、ちょっとあざとい所もあるけれど素直に感動した。

エリック・ラルティゴ監督、まだ長編は2作目だけれど、笑いと涙と感動を絶妙にブレンドした緩急自在の演出が新人離れしてお見事。フランスで750万人の観客を動員したのも納得である。そして障害者を主人公にするのに、こういう描き方もあるのだと目からウロコの思いであった。是非多くの人に観て欲しい。    (採点=★★★★☆

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(付記)
それにしても、題名に「カタカナ+!」とつくものが最近多い気がする。「オーケストラ!」が傑作で大ヒットした事にあやかってか、以後「タイピスト!」「アンコール!!」「カルテット! 人生のオペラハウス」「カムバック!」と続く。日本映画にも「マエストロ!」というのがあった。ちょっと食傷気味である。本作の「エール!」になって来るとさすがにネタ切れの感もないでもない。そろそろ考え直しては?

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コメント

そのはしりは、
1996年の『ブラス!』ではないでしょうか?
そのイメージがあまりに強く、
この映画も観るまでは、
ここまで脚本的に練られた映画とは想像していませんでした。

投稿: えい | 2015年11月16日 (月) 11:23

◆えいさん
>そのはしりは、1996年の『ブラス!』ではないでしょうか?
そうそう、ありましたね。20年近く前ですから忘れてました。
ちなみに、これも含めて「!」のつく映画、どれも原題には「!」なんかついてないのですね。最初につけた(多分)「ブラス!」配給のシネカノンには、追随業者はパテント料は無理でも菓子折りくらいは持って行くべきではと思いますね。

投稿: Kei(管理人) | 2015年11月26日 (木) 00:23

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