「クリムゾン・ピーク」
20世紀初頭。ニューヨークに暮らす、小説家になる夢を持つイーディス・カッシング(ミア・ワシコウスカ)は、10歳の時母を亡くすが、それ以降母の幽霊を見るようになった。その幽霊は「クリムゾン・ピークに気をつけなさい」と謎めいた警告を彼女に伝えた。そんなある日、イーディスは父カーター(ジム・ビーバー)の元にやって来た準男爵の称号を持つ英国紳士、トーマス・シャープ(トム・ヒドルストン)と出会い、心惹かれて行く。カーターはトーマスに不審を抱くが、そんな折、カーターが不可解な死に方をし、イーディスは莫大な遺産を相続することになる。悲しみが癒えぬままにイーディスはトーマスと結婚し、英国にある彼の広大な屋敷-通称“クリムゾン・ピーク”-に迎え入れられるが、そこにはトーマスの姉ルシール(ジェシカ・チャスティン)も住んでいた。そしてイーディスはここでも幽霊を見てしまう…。
「パシフィック・リム」で怪獣映画ファンを狂喜させたギレルモ・デル・トロ監督だが、元々は「デビルズ・バックボーン」(2001)、「パンズ・ラビリンス」(2006)といった、ゴシック・テイストのホラー・ファンタジーが得意な監督である。で、宣伝文句から見てこれも幽霊が人間を襲うホラー・ファンタジーだと誤解しそうだが、実は幽霊はあまり関係なく、どっちかと言うとヒッチコック的ラブロマンス・ミステリーである。ただしヒッチコック映画と異なるのは、やはり全体にデル・トロ映画らしいゴシック・テイストに溢れている点だろう。
(以下ネタバレあり)
そもそもイーディスの父カーターは、明らかに誰かに殺されているのだが、その犯人は画面に写らない。犯人は誰か、という謎、そしてトーマスの目的は何かというのも謎、トーマスの姉ルシールの人物像も謎、そして広大なクリムゾン・ピークの屋敷内も謎だらけ…といった具合に、いくつもの謎が仕掛けられ、それらが映画が進むと共に次第に明らかになって行く、という全体の構成からして本格ミステリー・タッチである。
前半でこうしたいくつもの謎を提示し、後半ではイーディス自身が探偵役となって、こっそりと屋敷内を探索し始める辺りもまさに謎解きミステリー。イーディスがルシールからこっそりとカギを盗んで地下室に忍び込み、あちこち探るシーンでも、いつルシールが現れないかと観ているこちらもハラハラし通し。
やがて秘密を知られたと思ったルシールがイーディスの飲み物に少しづつ毒を盛り、イーディスは徐々に体が弱って行く。果たしてイーディスはこの苦境から抜け出せるのか、というサスペンスを孕んで物語は終盤へと進んで行く。
いよいよ本性を現したルシールとの、ラストにおける女同士の対決も面白い。男の助けも借りず、一人で謎に迫り、一人で戦うイーディスはカッコいいし、対するルシールの強烈な悪女ぶりも見もの。反面、トーマスはほとんどルシールに振り回されっぱなしだし、助けに来る医師のアラン(チャーリー・ハナム)もあまり役には立っていない。
こうした、女の強さを際立たせた展開もいかにも現代的である。
そしてビジュアル面ではまさにデル・トロ節全開。屋根が破れて雨雪吹きさらしの屋敷や、不気味な屋敷内、特に地下室の造形、イーディスが見る幽霊たちなど、ゴシック・テイストに溢れている。
さらに、隠し味として、ヒッチコック映画へのオマージュもあるのだが、これは後のお楽しみコーナーに取っておこう。
無論ツッ込みどころはいくつかある。母の幽霊の警告がほとんど無視されてたり、いくらなんでも屋根に大穴が開いてるのはないだろうとか、医師アランの人物像が中途半端だったりとか、毒を盛られててあんなに動き回れるのかとか。
そういう意味で、映画としてはやや物足りない面はあるが、それでもデル・トロらしいゴシックな味わいは健在である。むしろ本作は、デル・トロ監督が謎解きラブロマンス・ミステリーという新ジャンルに挑戦した意欲作として評価したい。映画ファンとしては、ヒッチコック・オマージュをいくつ見つけられるか、というお楽しみもある。デル・トロ・ファン、ヒッチコック・ファンは観ておくべき作品だと言っておこう。 (採点=★★★★)
(さて、お楽しみはココからだ)
デル・トロ監督は、影響を受けた映画作家はヒッチコックだと公言しているそうで、そう思って見ると、本作にはいくつものヒッチコック映画からの引用が見え隠れする。
基本設定は、映画ファンならすぐピンと来るだろうが、ヒッチコックの名作「レベッカ」を下敷きにしている。
「レベッカ」は、イギリスが舞台で、広大なマンダレイの屋敷に住む英国紳士マキシム・デ・ウインター(ローレンス・オリヴィエ)が美しい娘(ジョーン・フォンテーン)と結婚し、屋敷で生活を始めるが、亡くなった先妻レベッカの影が屋敷内を支配していたり、家政婦のダンバース夫人(ジュディス・アンダーソン)が事あるごとに新妻に辛く当たったり、あげくに自殺をそそのかしたり…という内容で、このダンバース夫人をルシールに置き換えると、ほとんど本作とそっくりになる。
トーマスの屋敷も広大で、アーチ型の門をくぐって屋敷に入る所も「レベッカ」におけるマンダレイの屋敷と同じである。さらに亡くなっているにも関わらず、レベッカの存在がシワジワとマキシム夫妻を苦しめるあたり、姿こそ見えないがレベッカの幽霊がいるかのようである。
他にも、幽霊が突然、ガバっとイーディスの眼前に現れるショッカー演出も、ヒッチコックの「サイコ」や「鳥」の恐怖演出(死体の顔がいきなりバン!と現れる)を参考にしていると思われる。
考えれば、ミステリー作品が多いヒッチコック作品の中で、この2本だけがホラー・ショッカー色が強い作品である。この後に登場するホラー映画は、ほとんどこの2本の影響を受けていると言っていいだろう。
まあこの辺りまでは言及してる人も多いのだが、あと1本、参考にしたと思しきヒッチコック作品がある。
1946年のイングリッド・バーグマン、ケーリー・グラント主演の「汚名」である。
父がナチ・スパイの容疑を受けたアリシア(バーグマン)が、FBI所属の恋人デブリン(グラント)に頼まれて敵スパイの一味・セバスチャン(クロード・レインズ)と偽装結婚し、セバスチャンの家の秘密を探るというお話で、後半にアリシアが、秘密が隠されているらしい地下室を探る為、テーブルに置かれたカギ束からこっそり地下室のカギを盗み、それを使って地下室に忍び込むというシーンがある。後でこっそりカギを元に返すシーンもある。いつセバスチャンが地下室にやって来るかハラハラするサスペンスもある。
さらに終盤、アリシアは感づいたセバスチャンに、毒の入ったコーヒーを少しづつ飲まされ、体が弱って行く、という展開となる。
毒入りコーヒーを飲ませるようそそのかしたのは、アリシアを快く思っていないセバスチャンの母親なのだが、息子を溺愛するこの母親のキャラクターも本作のルシールに反映されているようだ。
「レベッカ」と「汚名」は、どちらも結婚した男の屋敷内でヒロインが危険な目に会う、という共通点がある。さらにどちらにも、男の新妻をイビり、亡き者にしようと画策する女性が登場している。これらの設定と登場人物のキャラクターは、明らかに本作に反映されている。
こうやって2本のヒッチ作品と本作を見比べてみるのも面白い。そうすれば本作をもっと楽しめるだろう。
最後にもう1点。本作を配給したユニヴァーサル映画は、ヒッチコックの晩年の作品のほとんどを配給した会社でもある。「鳥」もユニヴァーサル配給だし、あちらのユニヴァーサル・スタジオには、「サイコ」のパーマネント・セットが置かれている。やはり縁があるのである。
DVD 「レベッカ」 |
DVD 「汚名」 |
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コメント
> その幽霊は「クリムゾン・ピークに気をつけなさい」と謎めいた警告を彼女に伝えた。
いやあ、母ちゃんなら、ニヤニヤ笑いで近づいてくる貧乏男子に気を付けなさい、くらい分かりやすく言ってやれよ、とか思いましたね。ミアも警告の事なんか何一つ覚えてない感じだったし。意味ないよ。
投稿: ふじき78 | 2016年2月15日 (月) 07:29
◆ふじき78さん
母が警告したのは、記憶があいまいだけどイーディスが子供の頃じゃなかったかな。
大人になったら、そんな昔の事覚えてないのも当たり前かも知れませんね。
それより不思議なのは、幽霊って遥か先の未来を予測出来るもんなんでしょうかね。
それだったらむしろ、「怪しい○○○に父親が殺されるから気をつけよ」と警告しておくべきでしたね。
それでも、やっぱり大人になったら綺麗さっぱり忘れてるかも(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2016年2月17日 (水) 00:07