小説 「孤狼の血」
(あらすじ)昭和63年、広島。所轄署の捜査二課に配属された新人の日岡は、ヤクザとの癒着を噂される刑事・大上のもとで、暴力団系列の金融会社社員が失踪した事件の捜査を担当することになった。飢えた狼のごとく強引な違法捜査で突っ走る大上のやり方に戸惑いながらも、日岡は大上と共に仁義なき極道の男たちに挑んで行く。やがて失踪事件をきっかけに暴力団同士の抗争が勃発。衝突を食い止めるため、大上は思いも寄らない大胆な秘策を打ち出すが…。
いわゆる“悪徳警官”ものなのですが、これが、女性が書いたとは思えないくらい男性的でハードボイルド、しかも舞台が広島であり、ヤクザの凄まじい抗争もあれば、荒々しい広島弁も飛び交ったりと、まるで映画「仁義なき戦い」の世界に飛び込んだかのような気分にさせてくれます(書評を読んでも同じ意見が多い)。主な舞台となる呉原市は架空の都市ですが、モデルは言うまでもなく広島県呉市、無論「仁義なき-」の主要舞台だった所です。そして登場するヤクザ組織の名前が“明石組”。これを見つけてニンマリする人は間違いなく「仁義なき-」ファン(笑)。
主人公は、所轄署・呉原東署捜査二課に配属されて来た、新人警官の日岡秀一。その若い日岡が、腕利きだが悪い噂も絶えないベテランのマル暴刑事・大上と組まされ、最初は大上の、ヤクザ顔負けの乱暴な振る舞いや強引な捜査に呆れ、辟易しますが、やがて次第に大上という人間に魅了されて行く…という展開。
この大上という暴力刑事のキャラクターが実に魅力的です。むしろこっちが主人公と言ってもいいくらい。事件解決の手腕は抜群で何度も表彰されている反面、違反行為で訓戒、懲戒も数知れず。永年二課のマル暴刑事をやっている為、ヤクザ相手にヤクザもビビる貫禄、汚い広島弁で相手を威圧し、また数人のヤクザとは友情の絆でも結ばれているようで、これはまた「仁義なき戦い」と同じ笠原和夫脚本、深作欣二監督コンビの刑事もの「県警対組織暴力」、「やくざの墓場・くちなしの花」の主人公の刑事を思わせたりもします。原作者もあきらかにこの3本の笠原・深作作品にオマージュを捧げているようですね。
いつも愛用のパナマ帽をかぶり、日岡に、「ワシがタバコを出したらすぐ火をつけるんが礼儀っちゅうもんじゃろうが!」と言ってポカリとやる、まるでヤクザの幹部まがいの態度が笑えます。粗暴なんだけど、上司や同僚からも「ガミさん」と呼ばれているように、どこか愛嬌があって憎めない、ユーモラスなキャラクター造形が秀逸です。
物語が進むにつれ、大上の悲しい過去が明らかになって行き、また行きつけの小料理屋・ 志乃 のおかみ晶子との同志的繋がりも味わい深く読ませます。
大上は、ヤクザから500万円の金を預かったかと思えば、これを口を割ったヤクザの逃走資金にして、巧妙に事件の真相を暴いて行きます。無論やり方は違法そのもの、上司にバレたら懲戒どころかクビ間違いなし…。だけど、このくらい強引な手法を使わないと、ヤクザを壊滅させられないだろうなと納得してしまいます。只の悪徳警官ではないのです。いや、むしろ大上にとっては、己の信じる“正義”を実行しているだけなのでしょう。“何が正義なのか”というテーマについても考えさせられます。
とにかく、自己流のやり方で、汚いヤクザ壊滅へと突き進む大上、彼と行動を共にするうちに、いつしか彼の信奉者となって行く日岡、この二人の刑事の熱い戦いに目が離せなくなります。ここから以降の物語については未読の方の為に書きませんが、終盤判明する日岡の特命任務など、ミステリーとしても読ませる作品になっています。
ラストもいいです。大上が愛用していたジッポのライターが小道具としてうまく使われており、このライターと共に、大上の刑事魂をも受け継いだ日岡の決意に胸が熱くなります。タイトルの意味もここで明らかになります。
思えば、百戦錬磨のベテラン刑事と、未熟な若手刑事のコンビ、という設定は、黒澤明監督の「野良犬」以来、刑事ドラマではお馴染みのパターンですね。テレビの「相棒」もそうだし(これについては「相棒」評も参照してください)。この点も本作が楽しめる一因でもあります。
作者の柚月裕子さんは1968年岩手県生まれ。2008年、「臨床真理」で宝島社主催の第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しプロデビュー。13年「検事の本懐」で第15回大藪春彦賞を受賞…と、今もっとも注目されるミステリ作家の一人です。本作で初の「このミス!」ベストテンにランク入りを果たし、今後の活躍が期待されます。
映画「仁義なき戦い」ファンには、特にお奨めの傑作ミステリーです。
(付記)
インタビュー(「このミス」2016年版に掲載)を読むと、ご本人もDVDを何度も見直すくらい、「仁義なき戦い」の大ファンなのだそうです。納得。
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