「マジカル・ガール」
12歳の少女アリシア(ルシア・ポジャン)は、白血病で余命わずか。そんな彼女の願いは、大好きな日本のアニメ「魔法少女ユキコ」のコスチュームを着て踊ること。失業中の彼女の父ルイス(ルイス・ベルメホ)はそんな娘の最後の願いをかなえるべく、ネットでコスチュームを見つけるが、高すぎてとても手が出せない。思い詰めた末にルイスは強盗を計画するが、ひょんな成り行きから、心に闇を抱える人妻バルバラ(バルバラ・レニー)と一夜の関係を持つ。ルイスはそれをネタにカネを脅し取ろうとするのだが…。
スペイン映画だが、なんといきなり日本の長山洋子が歌う軽快な曲「春はSA-RA SA-RA」が流れ、12歳の少女アリシアがそれに合わせて踊りまくり、やがてバッタリ倒れる。彼女は白血病で余命いくばくもないのだが、日本製少女アニメ「魔法少女ユキコ」の大ファンで、ユキコのコスチュームを着て踊るのが夢…。とまあ日本文化が次々登場する。
そんな彼女の夢を綴ったノートを見た父ルイスは、その夢をかなえるべく金策に走るが失業中の身ではなすすべもなく、思い余って強盗を働こうとした所に上から汚物が降って来て…。
(以下ネタバレあり)
出だしは難病の少女と、娘を愛する父との親子愛という、感動の物語が始まるのか、と思いきや、その父が人妻と不倫、と話はあらぬ方向に急回転し、最後はその人妻の恩師である老人による、まるでフィルム・ノワールのような連続殺人劇へと展開して行く。
話が二転、三転し、もうまったく先の読めない奇妙な味わいの異色作である。
タイトルの「マジカル・ガール」とは少女の愛好する日本アニメ(架空のアニメ)のタイトルにある「魔法少女」の英訳なのだが、「マジック」には「魔法」以外に「手品」という意味もある。
冒頭、少女時代のバルバラが、教師のダミアンに咎められ、手に隠した紙を見せろと言われるが、手を開くと紙は消えていたというシーンがある。つまりは手品を使ったわけなのだが、ラストでは逆にダミアンがバルバラの目の前で、手に隠した携帯を消して見せる。冒頭シーンの裏返しで、“手品”が意味ありげに繰り返される。
映画そのものが、一種の映像マジックでもある。カルロス・ベルムト監督の仕掛けたこのマジックにうまく乗せられたら、この映画を十分に楽しめるだろう。
ベルムト監督はイラストレーター、漫画家としてキャリアをスタートさせ、大ファンだと公言する漫画「ドラゴンボール」にオマージュを捧げ再解釈したコミック「Cosmic
Dragon」を出版する等、大の日本の漫画、アニメ、映画通だそうである。
言ってみれば、日本文化オタクであるわけなのだが、そんな彼が、日本のオタク文化を題材にしてアート映画を作ってしまったという点がこの映画のユニークな所である。
日本のアニメに身も心もはまり込んでいる少女。その娘を愛するがあまり、犯罪に走ろうとする父ルイス。そのルイスに脅迫され、こちらも金策に走る精神を病んだ妖艶な女バルバラ。そのバルバラを少女時代に教えた元教師ダミアン。
…と、中心人物が次々と移って行き、その度に、物語のパターンが変容し、徐々にデスペレートな方向へと向かって行く。
無垢で邪心のない少女から、歪んだ父性愛、心が病んだ女を経由して、最後は底知れぬ無限地獄へ。
それぞれに、年代、住む世界は異なれど、登場する人間は皆どこか病んでいる。でもみんな、何らかの愛を持っている点でも共通性がある。
そんな、さまざまな人間が織り成す、これは人間と、愛についての考察ドラマなのである。
一見難解ではあるが、逆に観客がいろんな解釈をして楽しめる映画でもある。日本人としては、随所に散りばめられた日本カルチャーにちょっとこそばゆくもある。
エンドロールにはなんと、美輪明宏が作詞作曲した「黒蜥蜴の唄」が流れる(歌っているのは日本歌謡曲のカバー・アルバムでも知られるピンク・マルティーニ)。こんな歌、日本人でも知ってる人は少ない。ベルムト監督の日本文化へのこだわりぶりには感服するやら呆れるやら。 (採点=★★★★☆)
(で、お楽しみはココからである)
エンディングに「黒蜥蜴の唄」が流れる事は上に書いた通りだが、劇中でもバルバラが訪れる妖しい館の壁に、黒いトカゲを図案化した丸いボードが飾られている。
で、「黒蜥蜴の唄」についてだが、これは江戸川乱歩原作のミステリー「黒蜥蜴」を三島由紀夫が舞台化した戯曲を、深作欣二監督により松竹で映画化した作品の主題歌である。主演の妖艶な女性盗賊・黒蜥蜴を演じたのが丸山明宏。今の美輪明宏である。
同じ日本ものでも、「魔法少女」と江戸川乱歩ミステリー。一見つながりはないように思えるが、実は江戸川乱歩の代表シリーズ“少年探偵”シリーズの中に、「魔法人形」、「魔法博士」と、“魔法”と付くタイトルの作品が2本もある。
いずれも、「黒蜥蜴」と同様、名探偵明智小五郎が主役の探偵ものである。でこれらには登場しないが、明智探偵のライバル、怪盗二十面相は犯罪を犯す際に、よく手品のトリックを応用するので有名である。ブラック・マジックも得意技である。シルクハットに黒マント、ステッキという二十面相のスタイル自体、手品師のものである。
カルロス・ベルムト監督が意識したのかどうかは分からないが、両者は“マジック”というキーワードで結構な繋がりがあるのである。
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コメント
こんにちは。TBをありがとうございました。
スペインの監督の個性香り立つ作品でした。私は面白かったです。
「黒蜥蜴」にまつわるお楽しみ、興味深く拝見しました。思い返すと、江戸川乱歩、学生の時に良く読んだなぁ…こういうテイストも作品に合っていて、それ故私がこの作品を面白いと思ったのかもしれません。
投稿: ここなつ | 2016年4月11日 (月) 13:21
◆ここなつさん
江戸川乱歩という作家は、"少年探偵団"シリーズのような子供向け作品を発表する一方で、「芋虫」「盲獣」「屋根裏の散歩者」といった猟奇的な大人向け作品も書く等、両極端なジャンルの広さで知られています。
そういう意味では本作も「魔法少女」に始まり、バルバラが訪れる妖しい館にダミアンの連続殺人と、こっちも両極に振れていて、どこか乱歩的世界と似た所があるのですね。
ベルムト監督、江戸川乱歩のファンなのかも知れません。
投稿: Kei(管理人) | 2016年4月15日 (金) 00:52