「映画クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃」
突如現れた巨大な謎の生き物によって夢の世界にやってきたしんのすけ(声:矢島晶子)たち。そこでは誰もが見たい夢を見ることができ、風間くんは政治家に、ネネちゃんはアイドル、マサオくんは漫画家になるなど、皆が楽しい夢の時間を過ごす。しかし、その楽しい時間もつかの間、謎めいた転校生サキの出現により、人々は悪夢の世界に閉じ込められて行く…。
本作の監督である高橋渉監督が2年前に発表した「クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん」 は、久方ぶりの「クレしん」映画の秀作だった。
原恵一監督が手を引いてからは、(子供にはそこそこ楽しめても)原監督作品ほどには大人が楽しめる出来ではなかったこのシリーズに、新しい息吹を導入したのが前記高橋作品だった。
1年の間をおいて再び登板した高橋監督作品だけに期待するものがあったし、脚本に、一昨年「青天の霹靂」で映画監督デビューを果たした劇団ひとりが参加しているのも興味を引かれた。
ちなみに、前記「逆襲のロボとーちゃん」の脚本を書いたのが「劇団☆新感線」の作家中島かずき。“劇団”つながりというのも面白い。こうやって外部の血を導入するのも、マンネリを防止する意味でいい事だと思う。
で、お話はしんちゃんたちが“夢の世界に入り込む”というもの。これですぐに思い出すのが、押井守監督のカルト的傑作アニメ「うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー」。これは面白くなりそうだと期待したのだが…。
(以下ネタバレあり)
ある日、しんちゃん一家をはじめとして、春日部の町の人たちがみんな共通した、恐ろしい夢を見るようになる。
時を同じくして、新ちゃんたちの幼稚園に、無愛想で影のある女の子、サキが転園して来る。
なぜみんなが、ヘンな夢を見るようになったのか、サキは何者なのか、という謎が、物語が進むにつれ明らかになって行く…というお話。
やがて悪夢の原因は、サキの父親の科学者が作り出したマシンによるものだという事が分かって来る。後半はしんちゃんたちカスガベ防衛隊が夢の世界に入り込んで、悪夢の元凶と戦う、というしんちゃん映画らしいパターンとなる。
うまく脚本を練り上げれば、本作は「オトナ帝国」や高橋監督の前作「逆襲のロボとーちゃん」に匹敵する傑作になり得る要素を持っているのだが…、
残念ながら、脚本のあちこちに無理があり、かつ、あれもこれもといろんなテーマを盛り込み過ぎて全体の整合が取れていない、中途半端な仕上がりになってしまった。
テーマとしては
①マッドサイエンティストが、マシンを使って陰謀を仕掛け、しんちゃんたちが打倒に立ち上がる
②母を死なせたしまったという自責の念で心を閉ざした少女を、しんちゃんたちが友情と冒険心で救い出す
③みさえやサキの母らの、“子供を思う母の強さ”を描く
④しんちゃんたちが夢の中で好き勝手に夢を膨らませたり、自分たちの将来の希望を実現させたりする
…等と盛りだくさん。
①はこれまでも何度か登場したネタだし、「オトナ帝国」、「逆襲のロボとーちゃん」もそのパターンの応用である。
②、③はそれぞれ単独でも十分面白く、感動を呼ぶテーマである。特に③が、本作の重要なテーマとなってクライマックスでうまく活用されている。
そして④は、これはどう見ても押井守の「うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー」へのオマージュである(注1)。
どれでも一つだけに絞っても、1本の作品になり得るテーマなのだが、これらを一緒くたに詰め込んだ為に、全体のバランスが崩れてしまっている。
「オトナ帝国」や「逆襲のロボとーちゃん」が面白かったのは、対峙する相手が、平穏なこの世界を壊そうとする野望を抱いている悪役である点で(それも単純な悪でなく、ノスタルジーやコンプレックスから生じる屈折した思念)、しんちゃんたちの活躍でこの野望を打ち砕く、という明快なストーリーがある。
その中に、オトナや、父親たちの心をくすぐるテーマがしっかりとバックボーンにあるので、それに我々オトナたちも感動したわけである。
本作の対峙すべき相手である、サキの父、貫庭玉夢彦(安田顕)(注2)は、娘思いの立派な父親であり、敵としてはキャラクターが弱い。というか結局は敵ですらなかった。
悪夢を生み出していたのは、母を死なせてしまった自責の念にかられたサキだった、というのも分かるが、このテーマは深すぎて、子供たちには分かり辛いだろう。
悪夢に登場する、ムンクの叫びに似た目のない亡霊は、怖すぎて小さな子供にはトラウマになるのではないだろうか。
それと、夢を食うバクからの連想で、大和田獏(本人)を登場させたのは、ギャグとしてはサムい。第一今の子供は、大和田獏なんて知らない(若い人でも)だろうから、何が面白いのか分からないと思う。これで笑えるのは40歳以上の大人だけだろう。「ロボとーちゃん」にも“五木ひろしの真似をするコロッケ”を登場させた高橋監督、いずれも大人しか分からないギャグでスベッてる事を自覚して欲しい。明るい安村も、いらない!
過去のしんちゃん映画は、大人向きのテーマを内包してはいても、子供にも十分分かりやすく、楽しい作品であった。
本作は、テーマがあまりに大人寄りで、ある意味奥が深いとは言えるのだが、もう少し子供の目線で描いて欲しかった気がする。
とまあ、不満はあるが、クライマックスにおける、しんちゃんの母みさえの奮闘ぶりには、ちょっとウルッと来た。「親にとって子供は、自分より大切なんだから!」というみさえの叫びには感動した。
サキの母の本当の思いに触れて、心の重荷を解きほぐして行くサキの姿にも泣ける。
この辺りの、“子を思う母の強さ”が本作のテーマなのだろう。
あと面白かったのは、冒頭の朝、ひろしが新聞を読んでいるシーンで、ひろしが新聞見出しを口にする度、しんちゃんが下ネタギャグにしてしまう所。例えば「判決が出たな」とひろしが言えば「おねいさんの半ケツ(お尻)いいな」とまぜ返すしんちゃんには大笑いした(ここらは劇団ひとりが書いたか)。
結論として、「逆襲のロボとーちゃん」にはやや及ばない出来ではあったが、それでも近年の「クレしん」映画としては悪くない、十分水準以上の面白さだった。
「逆襲のロボとーちゃん」がひろしの、“父親の強さ”をテーマとしていた事を思い起こせば、同作と本作は、“父”と“母”をそれぞれテーマとした、表裏一体の関係にあると言えるだろう。
脚本を書いた劇団ひとり、しんちゃん映画をかなり観て研究したのではないかと思われる(共作した高橋監督がどれだけ手直ししたかは分からないが)。
そういう意味で、しんちゃん映画ファンなら、観ておいて損はない。
高橋渉監督には大いに期待しているので、「逆襲のロボとーちゃん」の水準を保って、今後も大人も感動出来る「クレしん」映画を作って欲しいと要望しておこう。 (採点=★★★★)
(注1)
細部においても、例えば夢の中でしんちゃんたちが丸い玉に乗って浮遊しているシーン。
これとほぼ似たシーンが、「ビューティフル・ドリーマー」にも登場する。(下参照)
また悪夢の中で巨大な魚が登場するのだが、押井守が監督したOVA「トワイライトQ2 迷宮物件 FILE538」(これも悪夢のようなシュール作)にも、飛行機が変身した巨大な魚(鯉)が登場している(右)。
“夢を食うバク”も「ビューティフル・ドリーマー」に登場している。
高橋監督、押井守監督ファンなのだろうか。
(注2)
貫庭玉夢彦(ぬばたま・ゆめひこ)という名前の「ぬばたま」は、万葉集に多く出て来る枕詞である。
ぬばたまという植物の実が黒い所から「夜」、あるいはそこから派生して「夢」にかかる枕詞としてよく使われる。
大伴家持の作に「ぬばたまの 夢(いめ)にはもとな 相見れど 直(ただ)にあらねば 恋ひやまずけり」というのがあり、“夢”とは縁が深い枕詞である。なかなかよく考えられている。
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コメント
みさえの活躍に涙しました。だって、そこは大人の役目だもん。しかも、あのメンツでそれをやれるのはみさえだけ。
大和田獏は最近TVであまり見ないからなあ。ピンポイントで使うならいいけど、起用時間が長いのは疑問。
明るい安村はとてもいい起用方法なんだけど、「実は穿いてない」という悪夢を実際の絵にする訳にもいかないのが混乱の元ですね。やりたかった事は肯定してあげたいんだけど。
投稿: ふじき78 | 2016年4月24日 (日) 21:32
◆ふじき78さん
「母は強し」ですね。前回(ロボとーちゃん)は父メインでしたので、今回でバランス取った感じですね。
うーん、個人的には安村なんて見たくもないし、出さない方がよかったかと。
しんちゃんならチン○丸出しで「ゾウさん、ゾウさん」とやっても微笑ましいんですけどねぇ(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2016年4月28日 (木) 00:21