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2016年5月20日 (金)

「ズートピア」

Zootopia2016年 ・アメリカ/ディズニー
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
原題:Zootopia
監督:バイロン・ハワード、リッチ・ムーア
共同監督:ジャレッド・ブッシュ
製作:クラーク・スペンサー
製作総指揮:ジョン・ラセター
音楽:マイケル・ジアッキノ

動物たちが高度な文明社会を築いた世界「ズートピア」を舞台に、ウサギの女の子ジュディが憧れの警察官となって活躍する姿を描いたディズニーアニメーション。監督は「塔の上のラプンツェル」のバイロン・ハワードと「シュガー・ラッシュ」のリッチ・ムーア。

田舎町バニーバロウで育ったウサギの女の子ジュディ(ジニファー・グッドウィン)は、小さい頃から警察官に憧れ、やがて警察学校をトップの成績で卒業し、警察官となって大都会ズートピアにやって来る。だがスイギュウの署長ボゴ(イドリス・エルバ)は、そんなジュディの能力を認めようとせず、駐車違反の取締りを命じる。なんとかして認められようと奮闘するジュディは、ひょんなことからキツネの詐欺師ニック(ジェイソン・ベイトマン)と出会い、ヒツジのベルウェザー副市長(ジェニー・スレイト)の後押しもあって署長から2日間の期限をもらい、ニックとともにカワウソの行方不明事件を追うことになるのだが…。 

擬人化された動物たちが主人公のディズニー・アニメ。

そう聞くだけで、これはディズニーが得意としたそうしたタイプのいくつかの作品、例えば「ロビン・フッド」「ビアンカの大冒険」「くまのプーさん」などのアニメ作品を連想してしまう。まあ子供向けの他愛ないアニメだろう、と思っていたら…。

あにはからんや、基本プロットは“警察官が相棒と共に謎の失踪事件を捜査するポリス・アクション・サスペンス・ドラマ”であった。
おまけに、随所に現代社会の歪み、問題点を痛烈に風刺するテーマも盛り込まれ、これは(無論子供でも十分楽しめるが)どちらかと言うと大人の方が楽しめ、考えさせられる作品であった。

 
「ズートピア」が“ユートピア”(理想郷)のもじりであるのは一目瞭然だが、まさにここは草食動物と肉食動物が共存共栄する、争いのない理想郷である。
だが、全体の9割を占める草食動物たちに対して、キツネやオオカミ等の肉食動物はマイノリティ的存在である。
そして、表向き平和に共存しているように見えてはいるが、随所に、肉食動物たちの素行の悪さや潜在的凶暴性を示したシーンが散りばめられている。

冒頭から既に、ジュディが子供時代の頃、ヒツジたちを苛めているキツネのギデオンを咎め、そのせいで頬を傷つけられてしまうシーンが登場する。
これがトラウマとなって、キツネに対する敵愾心、恐怖心がジュディの心に植えつけられてしまう事となる。
善良なはずのジュディの両親ですら、ズートピアに出発するジュディにキツネ除け道具を渡そうとする。

明らかにこうした肉食動物は、アメリカにおける有色人種のメタファーである。

草食、肉食の違いだけではない。この世界では大きな体格の動物が、小さな動物に対する優位性を誇示し、あからさまに見下している。警察官として働きたいジュディをボゴ署長が駐車違反取締りしかやらせない所にもそうした偏見意識が現れている。

ジュディ自身も、キツネに対する猜疑心が消えていないが、正義を守る警察官になって、そうした偏見を消し去ろうと努力はする。キツネのニックがゾウのアイス屋でアイスキャンディを売ってもらえないのを見て、ニックの味方をし、アイス代金をおごってあげたりといい所を見せるが、実はそのアイスをニックが小分けし売りさばいている所を見てしまい、またもキツネに対する怒りがこみ上げる。

この辺りもなかなか複雑な設定である。マイノリティには、ある程度ダーティな事でもやらないと生きていけない、したたかな行動原理がある。理想の正義に燃え、疑う事を知らなかったジュディは、そうした多様な社会の裏の顔も知ることとなる。

そうした現実を体験して、次第にしたたかさを身につけて来たジュディは、ニックの弱味を押え、社会の裏も知り尽くすニックに捜査への協力を依頼する。

署長から48時間の期限を与えられたジュディたちは、さまざまなルートを使って事件の核心に迫る。
この辺り、いろんなポリス・バディ・ムービーを思い起こさせる。48時間というタイムリミットからまず思い浮かぶのは、ニック・ノルティとエディ・マーフィーのコンビによる「48時間」。キツネのニックという役名もニック・ノルティからいただいたのかも知れない。
メル・ギブソンとダニー・グローヴァーのコンビによる「リーサル・ウエポン」もあった。どちらも白人と黒人のコンビであるのも、本作の草食と肉食動物コンビに応用されているフシがある。

捜査が進むにつれ、ジュディとニックは次第に友情を深めて行き、やがてかけがえのない絆で結ばれる事となる。事件解決後、ニックは警察官として採用され、二人(二匹)は本当の相棒として、これからも変らぬ友情で活躍して行くのだろう。これはまた、当初は未熟だったジュディがいくつもの困難、試練を乗り越え、成長して行く物語でもある。

事件の意外な真相、解決したかに見えた事件の裏に、さらにもっと奥深い陰謀が隠されており、そして最後に明らかになるあっと驚く黒幕の正体…と、物語はフィルム・ノワール的ミステリー・サスペンスのいくつかの名作をも想起させ、ミステリー映画ファンなら余計楽しめる。

さらに感心するのは、脚本が実によく出来ている点である。周到に伏線が張り巡らされ、ちょっとしたエピソードが後に伏線として回収されて行き、まったくムダがない。おそらく執筆には相当の時間がかけられているのだろう。

冒頭の、子供の頃のジュディの、肉食動物に殺されるという芝居の演技が、ラストのひっかけ演技に繋がっていたり、
ズートピアに着いたジュディが、大型動物サイズのトイレの便器に落ちるシーンが、中盤の凶暴化した動物たちが隔離されていた施設に潜入したジュディたちが見つかった時の脱出劇のヒントになっていたり、
ニックが、ブルーベリーに目がないシーンが何度か登場し、それがラストの精製麻薬弾のすり替えの伏線になっていたり、
…まだまだあるがこのくらいにしておこう。

その他、随所に遊び心満載の小ネタも隠されている。例えば、一瞬しか見えなかったが、看板文字や、道端で売られている海賊版DVDのタイトルが実在のもののパロディになっていたりするし、私は見逃してしまったが、ディズニーの人気キャラクターなども隠し味でチラリ登場してるらしい。

いずれも、じっくりDVDで見直せば、まだまだ見つけられるかも知れない。一度だけでなく、何度も観直す度に、新しい発見があるかも知れない。

 
見逃してはならないのは、本作にはさまざまな現代社会への批判、風刺、そして教訓が込められている点である。

上にも少し触れたが、草食動物と肉食動物が表向きは共存しながらも、アメリカの人種問題と同様に、差別、偏見意識が潜在し、ちょっとした事で顕在化する危うさを秘めている。
最後の黒幕はそれを利用し、“夜の遠吠え”という植物から精製した麻薬を使って肉食動物の危険性をあおり、自らの権力を手中に入れようとする。

これは図らずも、今話題となっている共和党大統領候補が、少数移民を排除する過激な発言を繰り返して人気を高めている危うさへの警鐘にもなっているのは、あまりにもタイムリーである。

またジュディが会見で不用意に、「凶暴化は肉食動物が持つDNAのせいでは」と洩らした事で肉食動物への偏見が助長されてしまい、ジュディが落ち込んでしまう辺りも意味深である。
これは、我々のような良識を持っていると思っている者でさえも、無意識に差別的発言をしてしまい、人を傷つける場合もある事を示している。自戒すべきである。

人種問題に留まらない。世界では今もなお国家、民族、宗教をめぐって対立し、不毛の争いを繰り返している。
そうした不寛容の時代であっても、希望を捨てず、力を合わせれば、ジュディとニックのように、種族を超えて仲良くする事だって出来るのではないか。
ジュディのような、ちっちゃな者だって、夢を抱き、頑張って努力を積み重ねて行けば、いつかは夢をかなえられる日がやって来るだろう。

この映画は、サスペンスと笑いが絶妙にブレンドされた娯楽作品として見ても十二分に面白く楽しめる出来であるが、観終わって、子供も大人もふと考えさせられてしまうテーマをいくつも示し、あるいは時代への予見性をも持ち、かつそれらを乗り越える未来への希望の可能性を提示して深い感動を呼ぶ、まさに奇跡のような作品なのである。

是非多くの人に観て欲しい。子供がいるなら、親子揃って映画館で観て、語り合って欲しい。本年を代表する、これは見事な傑作である。    (採点=★★★★★

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