「日本で一番悪い奴ら」
2016年・日本/日活=東映=木下グループ他
制作プロダクション:ジャンゴフィルム
配給:東映、日活
監督:白石和彌
原作:稲葉圭昭
脚本:池上純哉
製作:由里敬三、遠藤茂行、木下直哉、中西一雄、矢内廣、細字慶一
エグゼクティブプロデューサー:田中正、柳迫成彦
2002年、北海道警察で起こった、“日本警察史上最大の不祥事”と呼ばれる事件の当事者・稲葉圭昭の書いたノンフィクション「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」の映画化。監督は「凶悪」が高く評価された新進・白石和彌。主演は「リップヴァンウィンクルの花嫁」など出演作が続く綾野剛、その他中村獅童、ピエール瀧といったベテラン勢に、「TOKYO TRIBE」のYOUNG DAIS、お笑いコンビ・デニスの植野行雄などユニークな顔ぶれが揃った。
大学柔道部での腕を買われ北海道警察に勧誘された諸星要一(綾野剛)は26歳で北海道警察本部の刑事となるが、最初の内は慣れない捜査も事務も満足にできず、周囲から邪魔者扱いされる。そんな彼を、署内で一目置かれる刑事・村井定夫(ピエール瀧)はクラブに誘い、「刑事として認められたいなら、犯人を挙げて点数を稼ぐことが必要、そのためには協力者=S(スパイ)を作れ」と教える。諸星は教えられた通りSを作り、その情報を元に令状なしの荒っぽいやり方で覚せい剤・拳銃不法所持者を逮捕する。そのやり方に激怒した暴力団幹部の黒岩勝典(中村獅童)に睨まれるが、臆する事のない諸星の肝っ玉に感心した黒岩は諸星と兄弟盃を交わす。こうしてSとなった黒岩から情報を得て諸星の警察内の評価は高まって行くが、やがて彼は一線を越え、底知れぬ悪の深みに嵌まって行く…。
前作「凶悪」でも、実在の事件を元に、闇社会の怖さを見事に描いて映画ファンを唸らせた白石和彌監督。
本作も実在の警察不祥事事件を、こちらはややコミカルな要素も交え、実話でありながら笑える、良質のエンタティンメント作品に仕上げている。
配給は東映。―と言えば昔はこうしたヤクザ社会の実録ものや、悪徳警官ものも多数製作し、ジャンルとしてはお手の物と言える題材である。
ここ数年は、そうしたいわゆる“不良性感度の高い作品”がめっきり少なくなり、古くからの東映ファンにとっては物足りない気がしていた。
そこに登場した本作は、ヤクザ、クスリに拳銃、腐敗した上部組織、悪徳警官、その情婦、…と不良性ネタ満載、そしてこれも東映のかつてのおハコ、“実録”路線、と、まさに全盛期の“東映”
ムード満載であり、長年の東映ファンである私はそれだけでも点数が甘くなってしまう(笑)。
そればかりか、本作でやるな、と思ったのが、不祥事件を起こした“北海道警”が実名で登場している点で、そりゃ仮名にした所で原作を読めば北海道警が舞台である事は丸分かりなのだが、それにしてもこれまで、問題を起こした組織を舞台とした映画が作られる場合、ほとんど仮名であった事を思えば、英断であると言える。まあ新聞でもあれだけ叩かれた北海道警、文句を言える筋合いではないのだが。
(以下ネタバレあり)
本作でやはり面白いのは、主人公諸星要一の辿った転落の軌跡のドラマティックな事。原作者の稲葉圭昭氏の人生そのまんまであるのだが、フィクションでもここまでドラマティックなものはあまり見た事がない。製作者が映画化したくなったのもよく分かる。
諸星は、元々は警察官になるつもりはなかったのに、大学で柔道をやっていたので、柔道大会で勝てる人材を求めていた北海道警にスカウトされる事になる。
最初の頃の諸星は純朴で、荒っぽい警察のやり方について行けず、書類を作らせても手抜きをしない真面目な性格は、この仕事に向いていない事を伺わせる。このままだったら警察を辞めていたかも知れない。そうなれば道を踏み外す事もなかっただろう。
だが、村井(ピエール瀧)という一種のメフィストフェレスとの出会いから諸星の運命は変わって行く。
村井は、成績を上げる為の裏テクニックを諸星に授ける。裏社会に入り込み、S(スパイ)と呼ばれる協力者を持てば情報はいくらでも入って来ると教える。
その豪胆で面倒見のいい村井に心酔した諸星は、やがてシャカリキに名刺をバラ巻き、Sを作って行く。ヤクザたちとコネを作る為には自らもヤクザになり切ろうと、最初の頃は虚勢もあったろうが、やがては服装も言葉使いさえもヤクザと変わらなくなって行く。
そして遂にはヤクザの幹部・黒岩(中村獅童)とも対等に渡り合い、それを気に入った黒岩と兄弟盃を交わすまでになる。
最初の頃の純朴さは影も形もない。
こうした人物像はかつての東映映画、中でも笠原和夫脚本、深作欣二監督のヤクザ癒着刑事ものの傑作「県警対組織暴力」、並びに「やくざの墓場 くちなしの花」等を彷彿とさせるものがある。
ちなみに「やくざの墓場 くちなしの花」における渡哲也の主人公の役名が“黒岩”である。本作における中村獅童の役名はここからいただいたのかも知れない。
「やくざの墓場-」におけるマル暴刑事・黒岩も、やがてヤクザの幹部・岩田(梅宮辰夫)と兄弟盃を交わしているし、警察の上層部が腐敗している点も共通している。
フィクションではあるが、脚本の笠原氏が「仁義なき戦い」と同じく丹念な取材で集めた事実がベースとなっているに違いなく、こうした事はどこの警察でも、ずっと昔から連綿と続いて来たのだろう。
ともかくも、諸星はそうしたSの協力もあって表彰状の数も増えて行き、どんどん出世して行く。
それと並行して、やらせの拳銃入手や、覚せい剤密輸の支援、と、違法行為どころか、悪事の道もまっしぐら、遂には自ら覚醒剤を注射しシャブ中になってしまう。もはや後戻りは不可能である。
地位と名声を求め、一時は絶頂を迎えても、そこで撤退する勇気を持てないのが人間の弱い所である。その地位を守ろうとさらに背伸びし、やり過ぎて、タガが外れてしまうと、後は奈落へ真っ逆さまの転落の人生が待ち構えている。
まさに波乱万丈のジェットコースターのような人生だが、これが実話だというから凄い。ヘタなドラマより何倍も面白い。
映画は、この諸星という男にずっと焦点を合わせ、時にスリリング、時にコミカルに、絶妙のテンポで展開して行く白石監督の演出が見事。
当初の純朴な青年から、ヤクザ顔負けの凄みを利かせ、やがて堕ちる所まで堕ちる、幅の広い演技で波乱に満ちた一人の男の人生を演じた綾野剛も素晴らしい。
そして、成績を上げる為に部下を利用するだけ利用し、都合が悪くなるとあっさり切り捨てる、警察組織のズル賢さも容赦なく描かれているのがいい。
こういうパターンもフィクションでは何度も見て来たが、これも実話であるというのがまた驚きである。
エンディングの字幕で、その後の顛末が語られるが、諸星以外に警察内部の逮捕者は出ていないという事実にも唖然となる。
組織の隠蔽体質、誰も責任を取ろうとしない空気…。
これらは警察に留まらず、政治の世界、企業内と、あらゆる分野でも蔓延っている現実である。映画はそうした日本社会全体の歪みまでも鋭く告発しているようだ。
タイトルが「悪い奴」でなく「悪い奴ら」と複数形になっているのもうまい。本当に悪い奴らは諸星以外にもいるという事を示しているわけである。
いろいろ困難はあっただろうが、実在の警察の腐敗ぶりを描き、ちゃんと大手映画会社の配給で全国公開に漕ぎ付けただけでも快挙である。
社会派的な題材を、笑いとスリルのエンタティンメントに仕上げた白石監督の手腕も見事である。2作続けて、実話に基づく犯罪映画を作り上げた白石監督、現在そうした傾向の映画を作れる作家が少ないだけに貴重である。今後も是非こうした社会の闇を鋭く抉る問題作を作り続けて欲しい。期待している。
(採点=★★★★☆)
(付記)本作は東映と日活の共同配給だが、前掲の東映作品「やくざの墓場 くちなしの花」で主演しているのが、元日活のスター、渡哲也と、やはり日活出身の梶芽衣子。公開当時には、“東映映画だけれど、まるで日活映画みたいだ”という声があった。
どちらも、東映と日活がコラボしている、という共通性があるというのも面白い。
もう一つネタを。
本作では、原作者の稲葉圭昭氏がワンカット、カメオ出演している(電車の中で綾野剛の隣に座っている)のだが、「やくざの墓場-」でも、脚本の笠原和夫氏(実質的な原作者と言える)がカメオ的に出演している(ヤクザの組長役)、と、これまた共通要素がある。
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コメント
面白かったです。
これが実話というのには驚きますね。
綾野剛はじめ、中村獅童、YOUNG DAIS、ピエール瀧など俳優陣も熱演しています。
私も久々に昔の東映実録路線みたいな映画を見たという印象でした。
私もやはり「県警対組織暴力」を連想しました。
投稿: きさ | 2016年7月 9日 (土) 08:51
こんにちは。TBをありがとうございました。
正に「奴」ではなく「ら」が付く実態。そして切り捨てられるのはいつも現場…。身につまされます。社会派エンタテイメントとして、見事に仕上がっていたと思います。
投稿: ここなつ | 2016年7月10日 (日) 19:35
◆きささん
昔の東映アクションは本当に面白かったですね。
白石監督には、深作欣二監督の後継者を目指し、頑張っていただきたいですね。
◆ここなつさん
>そして切り捨てられるのはいつも現場…
「仁義なき戦い」でも、いつも若者が鉄砲玉になったり使い捨てられたりで、親分たちはズル賢く生き延びる、という展開がありましたね。
警察もそういう意味でヤクザ社会と似たり寄ったり、という事でしょうかね。
投稿: Kei(管理人) | 2016年7月13日 (水) 23:43