「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」
2015年・アメリカ/ShivHans Pictures、Groundswell Productions他
配給:東北新社
原題:Trumbo
監督:ジェイ・ローチ
原作:ブルース・クック
脚本:ジョン・マクナマラ
製作:マイケル・ロンドン、ジャニス・ウィリアムズ、シバニ・ラワット、モニカ・レビンソン、ニミット・マンカド、ジョン・マクナマラ、ケビン・ケリー・ブラウン
赤狩りの標的とされ、ハリウッドを追放されても挫けず再起を果たした不屈の脚本家、ダルトン・トランボの生涯を描いた伝記ドラマの秀作。監督は「ミート・ザ・ペアレンツ」等のジェイ・ローチ。主演はテレビシリーズ「ブレイキング・バッド」で知られるブライアン・クランストン。その他「クィーン」のヘレン・ミレン、「運命の女」のダイアン・レイン、「10クローバーフィールド・レーン」のジョン・グッドマン等、個性的な名優が揃った。
第二次世界大戦後、冷戦の影響を受けて、アメリカでは共産主義排斥活動、いわゆる“赤狩り”の嵐が吹き荒れていた。その猛威はハリウッドにも飛び火し、下院非米活動委員会ではブラックリストに挙げられた映画人への容赦ない追求が行われていた。当時ハリウッドでは売れっ子だった脚本家ダルトン・トランボ(ブライアン・クランストン)も召喚され、議会での証言を拒否した為に投獄されてしまう。1年後、ようやく出所したトランボだったが、ハリウッドのブラックリストに載った彼に仕事の依頼が来ることはなかった。それでもトランボは家族を養って行く為に、B級映画専門会社から格安の仕事を請け負い、偽名で脚本を書きまくった。そうするうちに、彼が友人の名前を借りて書いた脚本が大手映画会社の目に留まり…。
第88回アカデミー賞にからんだ作品で、一番遅く公開された作品がこれ。主演のブライアン・クランストンが主演男優賞にノミネートされたが受賞は逃した。
監督(ジェイ・ローチ)も、これまで大した作品も撮っておらず(「オースティン・パワーズ」シリーズなど、おフザケ・コメディが多い)、主演のクランストンも日本ではほとんど知られていない。
そんなわけで、あまり話題にもならず、ごく僅かの映画館でひっそり公開された(大阪では梅田と難波の2館のみ)ので、見逃している人も多いだろう。
だが、古くからの映画ファンなら、ダルトン・トランボという名前を聞いただけで触手が動くはずだ。
赤狩りのブラックリストに載せられ、ハリウッドから締め出されながらも、偽名で書いた「ローマの休日」、「黒い牡牛」で2度もアカデミー賞を受賞し、やがてハリウッドに復帰してからは、「スパルタカス」、「栄光への脱出」、「ダラスの熱い日」、「パピヨン」などの話題作・秀作を次々発表し、監督作としても自身の原作による「ジョニーは戦場へ行った」(1971)を発表、上に書いた、赤狩りの嵐に見舞われ、一時は追放された映画人の中では例外的に、ハリウッドに堂々復帰し、活躍した名脚本家であると言えよう。
本作は、時代と闘い、波乱万丈の数奇な人生を歩んだ、稀代の名脚本家ダルトン・トランボと、彼を支え続けたその家族の、栄光と闘いの歴史を正面から描いた、伝記映画の傑作である。
(以下ネタバレあり)
トランボは戦時中も、「ジョーという名の男」(1943)、「東京上空三十秒」(1944)等の力作を書いており、ハリウッドからは重宝がられていたようである。
ちなみに「ジョーという名の男」はS・スピルバーグ監督によって後に「オールウェイズ」(1989)のタイトルでリメイクされている。
そんな彼は戦前、共産党に入党していた。1930年代には貧しい労働者を中心に、共産党に入党する若者はかなりいたという事もあり、ハリウッドにおいても彼だけでなく、才能ある映画人で共産党に入党していた者は少なからずいた。エリア・カザンやジョセフ・ロージー等も一時入党していた。そもそも共産主義国家、ソ連はアメリカにとって戦時中、共に日独と戦っていた同盟国だったのである。
だが第二次大戦が終結してからは、ソ連の勢いが増し、東西両陣営の対立はどんどん深まって行き、アメリカでは共産主義台頭に対する脅威、不安が増大して行く。そんな状況下の1947年、米下院非米活動委員会は共産主義者と思われる人物を召喚し、疑いのある人物は次々ブラックリストに載せられた。
召喚された人たちは委員会において証言を強制させられ、ある者は転向を表明して、その証拠に仲間の名前を密告させられた。だがトランボは、仲間を売る事など出来ないと証言を拒否し、議会侮辱罪で有罪判決を受け、投獄させられてしまう。トランボを含めて、映画人で証言を拒否した10人は、後にハリウッド・テンと呼ばれる事となる。
映画でも描かれているが、トランボはかなり自我が強く自信家のような所があり、そんな事もあってか、タカ派の急先鋒であるゴシップ・コラムニストのヘッダ・ホッパー(ヘレン・ミレン)やジョン・ウェイン(デビッド・ジェームズ・エリオット)らはトランボを目の仇にした。パーティのシーンでトランボをネチネチと苛める彼らの悪役ぶり、特にミレンの怪演は見ものである。
トランボが刑務所に入れられ、出所してからも引越しを余儀なくされ、その先でも家にゴミを投げ入れられたり、壁に落書きされたりの仕打ちは苛烈である。いわゆる“非国民”扱いである。
だがそんな事でトランボはめげない。家族の為に仕事を探し奔走する。B級映画会社まで回り、偽名でいいから格安で脚本を書くと売り込み続ける。
そんな中で、B級映画専門のキング・ブラザース社のフランク・キング(ジョン・グッドマン)は、安く、しかも早く仕上げ、出来も悪くないトランボの仕事ぶりを気に入り、何本かの脚本を採用する。そのうちの1本、「拳銃魔」(1949・ジョセフ・H・ルイス監督)は犯罪ギャング映画の秀作として評価されている。
脚本を早く仕上げる為に、風呂場にタイプライターを持ち込み、浴槽に浸かったまま脚本を書くシーンが面白い。これは実話で、浴槽で仕事をしている時の本人の写真が残っている(右)。
仕事をしているときは一心不乱、家族もほったらかしで娘の誕生祝にも顔を出さず、娘が泣いて抗議しても「仕事の邪魔をするな!」と怒る始末。
自分が正しいと思ったら、周りが何と言おうがとことん自我を押し通す。家庭でも絶対君主振りを発揮、子供たちのプライベートもお構いなしで、長男に原稿をすぐに会社に届けろと命令したりで、トランボ家は崩壊寸前となる。
まるでこの間観た、三浦友和主演の「葛城事件」の主人公を彷彿とさせるワンマン親父ぶりである。そう言えばあの映画でも主人公は家の壁に落書きされていた(笑)。
そんな夫を優しく諌め、温かい包容力で家族の絆を繋ぎ止める妻クレオを演じたダイアン・レインがとてもいい。ちょっと泣けた。いい女優になったものである。
だが、いつまでも悪い事ばかりではない。偽名で脚本を書き続ける中で、1本の脚本が回り回って大手のパラマウントで映画化される事となり、友人のイアン・マクラレン・ハンターの名前を借りたこの作品は大ヒットし、アカデミー賞原案賞を受賞した。いうまでもなく、オードリー・ヘップバーンの出世作ともなった「ローマの休日」である。
ちなみに、最初のタイトルは味も素っ気もないものだったが、ハンターの提言で「ローマの休日」に改題された。
また、トランボがロバート・リッチ名義で書き、キング・ブラザース社が製作した、同社には似つかわしくない(?)ヒューマニズム溢れる感動作「黒い牡牛」(1956年・アーヴィング・ラッパー監督)もアカデミー原案賞を獲得、授賞式で名前を呼ばれても受賞者は現れず、リッチとは何者だと騒がれた。
トランボ一家がこれらの授賞式をテレビで見ていて、受賞が決まった瞬間、手を取り合って喜ぶシーンが感動的である。家族の絆の回復だけでなく、赤狩りと対決するトランボが、実力で闘いに勝利した事も意味しているからである。
トランボが偽名で脚本を書いている事を知った映画関係の男がフランク・キングに「トランボをクビにしろ」と言うや、キングはいきなりバットを振り回し、この男をオフィスから叩き出す。このシーンが映画の中で一番笑えるし、溜飲が下がる。フランク・キング、気骨のあるいい男である。ジョン・グッドマン快演。
映画はこういう具合に、本来なら暗く、深刻になりがちな物語の随所に、トランボの奇行も含めて、ユーモラスで笑えるシーンを盛り込み、全体を爽やかな感動の物語にまとめているのが見事である。
コメディが得意なジェイ・ローチ監督の起用が成功している。
そしてやがて、名優カーク・ダグラスがトランボに、自身のプロダクションで作る「スパルタカス」(1960)の脚本を依頼し、周囲の反対を押し切ってクレジット・ロールに、トランボの実名を載せる事を決定する。時を同じくして、オットー・プレミンジャー監督も「栄光への脱出」(1960)の脚本をトランボに依頼、やはりクレジットに実名記載を敢行する。
そろそろ、赤狩りの空気が萎みかけていた時代とは言え、ダグラスやプレミンジャーの英断には素直に敬意を表したい。それにしてもダグラス役を演じたディーン・オゴーマン、驚くほど当時のカーク・ダグラスとそっくりである。
もはやトランボを干す意味もなくなった。こうして、トランボは見事ハリウッドに復帰、以後も意欲的な傑作脚本を発表し続ける。トランボは遂に赤狩りという理不尽な敵に、完全勝利したのである。
本作にはこの他にも、感動的ないいシーンが多い。
トランボの友人であり、ブラックリストに載せられ、委員会で転向を表明し、仲間の名前を売ったエドワード・G・ロビンソン(マイケル・スタールバーグ)と後に再会した時、ロビンソンは「脚本家はまだマシだ。顔を隠して脚本を売る事も出来る。だが俳優は顔が売り物だ。隠す事なんて出来ない。家族を守る為にはああする他なかったんだ」とトランボに告白する。
それを聞いたトランボはロビンソンに何も言えない。赤狩りは、密告した裏切り者にも苦悩を背負わせ、心に深い傷を負わせているのである。改めて、赤狩りという恐ろしい歴史の残酷さを思わずにいられない。
1970年、脚本家組合から功労賞を授与された時のトランボのスピーチも感動的である。「この問題には、ヒーローも悪役もいない。いるのは犠牲者だけだ」
これは、前述のロビンソンの苦悩をも踏まえているのだろう。そして、自分を陥れた人たち(非米活動委員会やヘッダ・ホッパーたち)に対しても寛容の精神を示し、恨みを述べる事はなかった。
このスピーチを茫然自失の体で聞くヘッダ・ホッパーの姿をさりげなく挟む演出も心憎い。彼女は完全に負けたのである。胸がすく、そして感動の幕切れであった。
映画を観終わって感じるのは、トランボという男の、例え投獄されようとも、自分が正しいと思った事は誰が何を言おうと信念を曲げない、筋を通し続ける、不屈の生き方である。
どんな苦境に陥ろうとも、悩んだり、泣き喚いたりもしない。自分を信じ続け、家族を守り、あらゆる方策を模索し、血路を切り拓いて行く、その男の生きざまに心打たれた。これこそが、男の、人間としての矜持であろう。
振り返れば、トランボの書いた作品には、“束縛、圧制を跳ね除け、自由を求めて闘う、あるいは脱出する”というテーマの作品が多い。文字通り自由を求め脱獄する作品「脱獄」(1962・デヴィッド・ミラー監督、カーク・ダグラス主演!)、同じく脱獄がテーマの「パピヨン」(1973・フランクリン・シャフナー監督)、帝政ロシアを舞台に、いわれなき罪で投獄された男の不屈の闘いを描く「フィクサー」(1968・ジョン・フランケンハイマー監督)、さらに前述の、奴隷たちが解放を求めて叛乱を起こす「スパルタカス」、収容されているユダヤ人たちが建国を願い脱出する「栄光への脱出」等々。「ローマの休日」ですら、堅苦しい王室暮しに飽きた王女が自由になりたいと脱出する話である。「黒い牡牛」も、闘牛で死ぬ運命にある牡牛を自由にさせてやりたいと願う少年の話である。
依頼されて書いた作品もあるのに、ここまでテーマが似通った、というのも不思議な巡り会わせと言えようか。あるいはプロデューサーが「このテーマの作品ならトランボに任せるのがうってつけ」と思ったのかも知れないが。
それにしても、どん底にまで堕ちた男が、必死で努力を重ねて這い上がり、最後に勝利する、という物語は、王道エンタティンメント映画のお決まりパターンだが、トランボはこれを現実にやってのけたのだから凄い。
本作が無類に面白く、かつ深い感動を呼ぶのは、故に当然だろう。
特に思うのは、アメリカにナショナリズムを鼓舞したり弱者を排除すべしと息巻くトランプ氏が人気を得て大統領候補になったり、日本でもどこかの政党HPが、教員に密告を奨励したりと、何か息苦しくなる近年の風潮である。思想・信条の自由は憲法で保証されているにもかかわらず。
思想を弾圧したり、人間の尊厳を貶めるような、不幸な暗黒の時代は二度と招いてはならない、という本作のテーマは、故に深く、今の時代にも向けられている。
是非多くの人に観ていただきたい、これは本年屈指の感動の傑作である。必見。 (採点=★★★★★)
原作本 ブルース・クック著「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」
上島春彦著 「レッドパージ・ハリウッド」 赤狩りについて知りたければこの本がお奨め
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コメント
トランボ、禿だったら加藤茶のハゲオヤジに似てるななどと不遜な事を考えていたのですが、リアル・トランボは禿げてますね。いや、加藤茶からは遠い。カーネル・サンダースを剃髪したみたいだ。
投稿: ふじき78 | 2016年8月 6日 (土) 00:19
◆ふじき78さん
禿げと言えば、ブライアン・クランストン主演で大ヒットしたテレビドラマ「ブレイキング・バッド」で、クランストンは(ガンの治療の為)見事なスキンヘッド姿になってますね。↓
http://movie.walkerplus.com/dvdbd/featured03.html
トランボは執筆時にアンフェタミン(いわゆる覚せい剤)を飲んでますが、「ブレイキング・バッド」でもクランストンは覚せい剤メタンフェタミンを密造してます。
…てな具合にこの2本、いろいろ共通点がありますね。DVDも出てるようなので、興味ある方はTSUTAYAで探してみてください。
P.S.ポスターのトランボを見て、私は横山エンタツを連想しました(古い!知ってる人何人いるか)。あかん、ふじきさんのペースにハマってる(笑)。
投稿: Kei管理人) | 2016年8月18日 (木) 00:28