「シング・ストリート 未来へのうた」
2015年・アイルランド・イギリス・アメリカ合作
制作:マーセド・メディア=フィルムネイション・エンタティンメント=ワインスタイン・カンパニー他
提供:ギャガ=カルチュア・パブリッシャーズ
配給:ギャガ
原題:Sing Street
監督:ジョン・カーニー
原案:ジョン・カーニー、サイモン・カーモディ
脚本:ジョン・カーニー
製作:アンソニー・ブレグマン、マルティナ・ニランド、ジョン・カーニー
製作総指揮:ケビン・フレイクス、ラジ・シン、ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン
1980年代のダブリンを舞台に、恋と音楽と仲間との友情を描いた青春映画の佳作。監督は「ONCE ダブリンの街角で」「はじまりのうた」のジョン・カーニー。主演は映画初出演のフェルディア・ウォルシュ=ピーロ。他に、「ミス・ポター」のルーシー・ボイントン、「シャドー・ダンサー」のエイダン・ギレン、「トランスフォーマー ロストエイジ」のジャック・レイナー等。
1985年のアイルランド・ダブリン。折からの大不況により父親が失業した為、14歳のコナー(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)は学費は安いが荒れた公立校に転校させられる。家では両親の喧嘩も絶えず、家庭は崩壊寸前。そんな中でコナーの唯一の楽しみは音楽狂いの兄と一緒に、隣国ロンドンのミュージックビデオをテレビで見る事だった。そんなある日、街で見かけた少女ラフィナ(ルーシー・ボイントン)の大人びた魅力に心を奪われたコナーは、自分のバンドのPVに出演しないかとラフィナを誘ってしまう。慌てて友人たちとバンドを結成したコナーは、無謀にもロンドンの音楽シーンを驚かせるPVを作ろうと決心するのだが…。
「ONCE ダブリンの街角で」「はじまりのうた」と爽やかな音楽映画を作って来たジョン・カーニー監督。前2作も感動したが、本作は監督の半自伝的な作品だと聞いていたので、それだけでも楽しみなのだが、さらに製作総指揮に、ワイスタイン・カンパニーを率いるボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタインが加わっている。本ブログ訪問者ならご存知だろうが、ワイスタイン・カンパニー作品(注)はどれも小品だが感動させてくれる点で外れがない。これは観る前から期待は高まるばかりである。
(以下ネタバレあり)
主人公は14歳の少年コナー。学校でも、家庭でも居場所がなくて鬱屈した毎日。せいぜい兄と一緒にテレビから流れるミュージック・ビデオを見るのが唯一の楽しみ。
ここでテレビから流れていたり、その後も劇中に使用される音楽が、デュラン・デュラン、ホール&オーツ、ザ・キュアー、アー=ハー等、80年代に大ヒットしていたブリティッシュ・ロックなので、当時これらを聴いていた世代にとってはそれだけでも懐かしい。
やがてコナーは、ふと見かけた美少女・ラフィナに一目ぼれ。彼女の気を惹く為に「僕のバンドのPV(プロモーション・ビデオ)に出てくれない?」と声をかける。まだバンドなど作っていないのに。
で、OKの返事を貰ったコナーは、大慌てでバンド作りに奔走する。いいカッコしたいとは言え、いいかげんなものである。
クラスの、音楽好き仲間たちに片っ端から声をかけ、運よくどんな楽器もこなせ、自宅で練習できる部屋を持っている子を見つけ、バンド仲間も集まって来る。
この辺り、話がうまく行き過ぎるのがご愛嬌(笑)。バンド名は通う学校、Synge Street校から取って“Sing Street”。ちなみにこの学校はカーニー監督が通った実在する学校である。
練習を積んだコナーたちは、既成曲のコピーを経て、やがてオリジナル曲を作り始め、PV作りの為にラフィナを誘って海辺に向かう。
この辺りの演出が、音楽をうまく絡ませ、まさにPV的快テンポで進んで行くのがなんとも楽しい。
学校でのコンサートが、実はあまり聴衆はいないのだが、コナーの妄想の中で、まるで「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のクライマックスの如く、盛大に弾けまくり、見ているこちらまで高揚感に包まれ、至福感を味わう事が出来る。
最初は好きな女の子の気を惹く為に始めたバンド活動だけど、次第に本気で夢中になり、音楽作りに没頭して行き、仲間たちとの友情も深まり、そしてラストでは、本格的に音楽を志す為、愛するラフィナと共にダブリンを飛び出し、音楽の聖地ロンドンへと旅立って行く。小さなボートで。
これからも、激しい波に翻弄され、挫折するかも知れないけれど、それでもいい、青春時代はたった一度なのだから。やると決めたからには悔いなく、夢に向かって突き進むべきなのだ。
このラストに、ふと涙がこぼれてしまった。
若い二人だけで旅立つラストに、1971年のイギリス映画「小さな恋のメロディ」(ワリス・フセイン監督)を思い出した。
この映画のラストでも、若い二人はトロッコに飛び乗って旅立って行く。全編ビー・ジーズの音楽が効果的に使われているが、その演奏が流れるシーンの映像はまるでミュージック・ビデオのようだった事を付記しておく。
なお、この映画の中でも、嫌味な校長が登場し、主人公たちに辛く当る。最後にはギャフンといわされるが(笑)。
ちなみに、この作品の脚本を書いたのがまだ新進のアラン・パーカーであり、パーカーは後にダブリンを舞台に、若者たちが集まってバンド“ザ・コミットメンツ”を結成する青春音楽ドラマ「ザ・コミットメンツ」(1991)を監督している、というのも不思議な縁である。
若者たちがバンドを結成し、ひたむきな努力を重ねて夢を実現する、というお話の映画は、上記の「ザ・コミットメンツ」以外にも、わが日本でも「青春デンデケデケデケ」(大林宣彦監督)や「リンダ・リンダ・リンダ」(山下敦弘監督)などいくつかあるが、いずれも素敵な秀作揃いであり、この手の映画に外れはないようだ。本作もそれら秀作群の1本に加えられるだろう。
半自伝的と言うだけあって、監督自身の青春時代の夢(実際にはやろうとしたけれど実現出来なかったらしい)と音楽への思いが充満した素晴らしい青春音楽映画に仕上がっている。80年代に青春を送った世代なら間違いなく感動出来るが、それ以外の世代であっても、青春時代に音楽に夢中になった人なら誰でも心にキュンと迫る、素敵な作品である。お奨め。 (採点=★★★★☆)
(注)
ワインスタイン・カンパニーが制作に絡んだ映画は、昨年以降だけを見ても以下の通り。大作ではないけれどいずれも秀作揃いである。
「ビッグ・アイズ」(ティム・バートン監督)
「ヴィンセントが教えてくれたこと」(セオドア・メルフィ監督)
「黄金のアデーレ 名画の帰還」(サイモン・カーティス監督)
「キャロル」(トッド・ヘインズ監督)
「サウスポー」(アントワーン・フークア監督)
カーニー監督の前作「はじまりのうた」もワインスタイン・カンパニー提供である。
そして無論、今年も「ヘイトフル・エイト」という快作を発表したクエンティン・タランティーノ監督作品もずっと手がけている。
(さらに、お楽しみはココからだ)
上にも挙げた、青春バンド映画「青春デンデケデケデケ」であるが、本作とはいくつか共通点がある。
本作では、可愛い女の子ラフィナにシビれてしまったのがバンド結成の動機なのだが、「青春-」では主人公ちっくんはラジオから聞こえて来たエレキの音にシビれてバンド作りを志す(笑)。
ちっくんが学校内で一人、また一人とバンド仲間を集めるくだりも似ているし、ギターが天才的にうまい白井君がバンドに加わるという話もある。ちなみにその白井を演じたのはこれがデビュー作となる、今をときめく浅野忠信である。
本作でコナーが通うSynge Street校が、カーニー監督が在籍した実在の学校であるのは上に書いたが、「青春-」にも、原作者芦原すなお氏が実際に通った観音寺第一高校が実名で登場する。
「青春-」もまた本作と同じく、作者の半自伝的作品である。
当時流行った、ロック・ミュージックがふんだんに流れる構成も同じである。
本作の舞台となったアイルランドは、イギリスとは海を隔てた島であるのだが、「青春-」の舞台となった四国も本州とは海を隔てた島である。
もう一つ、本作ではコナーの兄が何かとコナーにアドバイスし、重要な役割を担うのだが、「青春-」でもちっくんの兄(尾美としのり)が音楽面も含めてちっくんにさまざまなアドバイスを行う。どちらも兄が主人公の心の支えとなっている。
そして何より「青春-」でも、物語のラストで主人公はバンド仲間と別れ、大都会・東京へと旅立って行くのである。ギターと楽譜を抱えて。
バンド作りに励む若者たちを描くというコンセプトが同じである以上、ある程度似た内容になるのは分かるが、ここまで似ているのは珍しい。見比べてみるのも面白いだろう。
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コメント
ジョン・カーニー監督の新作という事で私も早速見ました。
80年代のアイルランド・ダブリンを舞台に監督自身をモデルにした自伝的ドラマという事で良かったですね。
カーニー監督作品らしく楽曲と音楽演出がいいので、とても楽しかったです。
オーディションで選ばれた主役やヒロインはじめ俳優陣も良かったです。
デュラン・デュランなど80年代の音楽も懐かしい。
指摘されている様に私もラストは「小さな恋のメロディ」を連想しました。
投稿: きさ | 2016年7月24日 (日) 08:14
◆きささん
ジョン・カーニー監督作品は外れがないし、しかも1作ごとに面白くなり、作品の完成度が増していますね。
次回作がますます楽しみです。
投稿: Kei(管理人) | 2016年7月31日 (日) 13:33
「青春でんでけでけでけ」かあ。うちのブログでは「デビルズ・メタル」と比較してしまったあ(そらあかんやん)。
投稿: ふじき78 | 2017年1月29日 (日) 09:47
◆ふじき78さん
バンド映画もいろいろあるのですね。
ほとんどは青春映画ですが、スプラッター・ホラーというのが希少価値ですね。
ニュージーランド製で、スプラッター・ホラー、といえば、ピーター・ジャクソン監督の出世作「ブレイン・デッド」を思い出します。この監督、第二のピーター・ジャクソンになれるか(無理か)。
投稿: Kei(管理人) | 2017年1月29日 (日) 23:25