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2016年9月29日 (木)

「ハドソン川の奇跡」

Sully2016年・アメリカ/ケネディ・マーシャル・プロ=マルパソ・プロ
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:Sully
監督:クリント・イーストウッド
原作:チェズレイ・サレンバーガー、ジェフリー・ザスロー
脚本:トッド・コマーニキ
撮影:トム・スターン
製作:クリント・イーストウッド、フランク・マーシャル、アリン・スチュワート、ティム・ムーア

2009年に起きた奇跡的な生還劇として知られる航空機事故とその後の顛末を、当事者であるチェズレイ・サレンバーガー機長の手記「機長、究極の決断     『ハドソン川』の奇跡」を元に映画化。監督は「アメリカン・スナイパー」のクリント・イーストウッド。主演は「ブリッジ・オブ・スパイ」他のトム・ハンクス。その他「ダークナイト」のアーロン・エッカート、「ミスティック・リバー」のローラ・リニーなど。

2009年1月15日、極寒のニューヨーク・マンハッタン上空850メートルで、乗客150人を載せたUSエアウェイズUS1549便がバード・ストライク事故に遭遇、全エンジンが停止し、制御不能となったが、サレンバーガー機長(トム・ハンクス)の冷静な判断により、同機は目の前を流れるハドソン川に着水。“乗員乗客155名全員無事”という奇跡の生還を果たした。サレンバーガー機長は一躍国民的英雄として称賛を浴びるのだが、その判断が正しかったのかをめぐって、機長に対し国家運輸安全委員会の厳しい追及が行われた…。

クリント・イーストウッド、御年86歳。一昨年「ジャージー・ボーイズ」、昨年「アメリカン・スナイパー」と、2年連続で新作が公開され、そのどれもが傑作であった。そして今年も本作と、あの歳で休む間もなく3年連続新作公開、これがまたまた傑作であった。なんというタフさ。凄いというか、今年の流行語で言うなら「神ってる」としか言いようがない。

本作の題材となった7年前の航空機事故は、私も新聞で読んだが、その裏側でこんな出来事があったとは知らなかった。

(以下ネタバレあり)

冒頭いきなり、航空機がマンハッタンのビルの間を通過し、ビルに激突、炎上…と息を呑むクラッシュが描かれる。
  これが実は当事者のサレンバーガー機長(通称サリー。本作の原題でもある)の悪夢であった事が分かるのだが、国民的英雄となったベテラン機長と言えども、事故のトラウマに悩まされる、普通の人間である事を示している。
たまたま、いろんな幸運が重なって155人の乗員乗客全員が助かったけれど、一歩間違えば大惨事になっていたケースである。自分の、あの判断は本当に正しかったのか、サリーは今も悩んでいる。
また同時に、ビル激突クラッシュ映像はあの9.11テロをも思い起こさせる。アメリカ人なら誰もが頭に浮かぶに違いない。だから余計サリーにとっては消せない記憶でもあるのだろう。

映画は、事故そのものよりも、その後の国家運輸安全委員会による、サリーとスカイルズ副機長(アーロン・エッカート)を召喚しての事故調査がメインとなる。

なぜ機長は、トラブル時の通常の手段である近隣飛行場に引き返さなかったのか、ハドソン川に着水した事は、高価な航空機を破損させ、乗客の命を危険に晒した事になるのではないかと委員会は疑問を並べ追求する。

委員会がそうした疑問を持った理由は2点ある。1、左エンジンはまだ動いていたのではないか、2、コンピュータによるシミュレーションでは、引き返してもちゃんと最寄空港に着陸出来たとの結果が出ている。

片方でもエンジンが動いていればとりあえずは飛行出来るから、引き返し空港着陸が合理的な方法である。
また両エンジン停止でも、シミュレーションでは即座に引き返せば空港まで飛べたはずだという結果が出ている。
そういう検証結果だけ見れば、機長の判断は間違っていた、と言われても仕方がない。もしサリーが間違っていたとの結論が出れば、サリーは罪に問われ、機長の仕事を失う事になる。

イーストウッド演出は、こうした謎の解明と、主人公を襲う理不尽な危機をサスペンスフルに描く、緊迫感溢れるドラマに仕立てている。巧妙な作劇である
現在進行の委員会の合間に、回想でサリーの少年時代、若き日のパイロットとしての確かな腕、ハドソン川着水と救出の模様が巧みに挿入される脚本・演出も見事。

そうしたエピソードの積み重ねで明らかになって行くのは、サリーの、プロとしての技術、判断力の正しさである。

左エンジンが動いていたのでは、という疑問に対しても、サリーくらいの長い経験があれば、両エンジンとも停止したはずだと判断出来たのだろう。
そして高度、位置等を総合的に見渡し、あらゆる可能性を瞬時に総合判断して、ハドソン川着水しか助かる道はない、との結論を導き出す。その間数十秒。見事である。

コンピュータ・シミュレーションは、あくまで機械による計算でしかない。人間の心の動揺、迷い、あるいは突発的な危機に遭遇しパニックになる可能性、等は考慮されていない。
委員会で中継されるフライトシミュレーションでも、機長役の人たちは、バードストライク、はい旋回、と実に機械的に事務をこなしているだけである。そこには人間としての感情は存在していないに等しい。

サリーたちの意見で、ストライク後38秒のタイムラグを入れ、その結果シミュレーションでは空港帰還は間に合わず墜落する、との結果が出る。さらに引き揚げられた左エンジンが損傷していた事も分かり、とうとう委員会はサリーの判断が正しかった、と結論を出すに至る。

この後、「あなたは英雄だった」と言われたサリーは、「そうではない。副機長、乗組員、乗客、着水後、手を貸してくれた船の人たちや、その他すべての人たちの助力があったからこそなのだ」と淡々と述べる。演出もハンクスの演技もことさら感動を押し付けてはいないのに、ここでジワッと涙が溢れた。

 
世の中は、IT技術の進歩は目覚しく、自動車の自動ブレーキ、自動運転も実用化されつつある。コンピュータにあらゆる事を任せる時代も遠からずやって来るだろう。
だが、いくら技術が進んでも、最終的な判断はやはり人間が行うべきである。

サリーの、長い経験に裏打ちされた沈着冷静な判断と技術力が、コンピュータのはじき出す結論よりも確実に正しい結果を導き出し、奇跡を成し遂げたのである。着水後もプロとして冷静に行動し、乗客全員の安否を気遣うサリーの思いにも泣ける。
これはその意味で、素晴らしい人間賛歌のドラマである。それが静かな感動を呼び起こすのである。

原題が、一般に言われる「ハドソン川の奇跡」でなく、機長の愛称(Sully)であるのも、この映画が人間という生き物の素晴らしさを強調したいが故だろう。

国家運輸安全委員会のメンバーを最初はやや悪者的に描いているのが引っかかるが、これを主人公が苦境に陥り、そこからの脱出を目指すサスペンスドラマとして考えるなら、それもアリだと思う。最後には委員会が素直に非を認め、サリーを称えているのだから帳尻は合わせている。

 
それにしてもイーストウッド監督の演出、相変わらず凄い。淡々と、プロの仕事を確実にこなしている。この点はサレンバーガー機長の仕事ぶりとも共通する所がある。本当に、安心して観ていられる。まだまだ、いくつになろうとも映画を撮り続けて欲しいと心から願う。

なお本作はIMAXカメラで撮影されている。なので、私も大阪エキスポシティ109シネマのIMAXシアターで観賞。巨大スクリーンで観る鮮明な映像にも圧倒された。お近くに劇場があるなら、是非IMAXシアターで観賞する事をお奨めしたい。    (採点=★★★★☆

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コメント

トム・ハンクスもいいですが、割と好きなアーロン・エッカートがうまいですね。
脚本が良くできています。
お話は事故後、査問にかけられている主人公が事故の顛末を振り返るという構成になっています。
構成の妙で96分と短かめの映画ですが、見ごたえはたっぷり。
ラストのエッカートのセリフがいいですね。
エンドクレジットには実際のサレンバーガーらクルーと乗客の映像が登場します。
さすがはイーストウッド監督、監督作品に外れナシです。

投稿: きさ | 2016年10月 2日 (日) 12:47

◆きささん
本文では触れませんでしたが、本当、アーロン・エッカート、渋い巧演ですね。脇に控えながら主役(サリー)を巧みに引き立てていますね。サリーげない名演技です(笑)。
ラストの一言も笑わせてくれますね。

投稿: Kei(管理人) | 2016年10月 9日 (日) 23:40

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