「ザ・ギフト」
2015年・アメリカ/STXエンタティンメント
配給:ロングライド、バップ
原題:The Gift
監督:ジョエル・エドガートン
脚本:ジョエル・エドガートン
撮影:エドゥアルド・グラウ
製作:ジェイソン・ブラム、レベッカ・イェルダム、ジョエル・エドガートン
「華麗なるギャツビー」「ブラック・スキャンダル」「ジェーン」など、最近活躍が目覚しい俳優ジョエル・エドガートンの長編初監督作品。エドガートンは共同製作・脚本も兼務している。主演は「宇宙人ポール」のジェイソン・ベイトマンと、「トランセンデンス」のレベッカ・ホール。製作が「パラノーマル・アクティビティ」「インシディアス」等の人気ホラーを手掛けて来たジェイソン・ブラムである点も要チェック。
カリフォルニア州郊外の丘の上の一軒家に移り住んだ若い夫婦サイモン(ジェイソン・ベイトマン)とロビン(レベッカ・ホール)。買い物に出かけた二人は偶然、サイモンの高校時代の同級生ゴード(ジョエル・エドガートン)から声をかけられる。ゴードのことをすっかり忘れていたサイモンだったが、25年ぶりの再会を喜んだゴードは、次々と贈り物をサイモンの自宅に届けてくる。ロビンは喜んでゴードを家に招き入れたりするが、サイモンは露骨にゴードを煙たがり、ついに強い口調で“もう自宅に来るな”と言い放つ。やがて夫妻の周囲で、奇妙な異変が続発し、ロビンは次第に不安に苛まれて行く…。
5年前に作られ、昨年やっとDVDリリースとなった秀作「ウォーリアー」 の好演で一気に私のお気に入り俳優となったジョエル・エドガートン。最近も西部劇「ジェーン」では脚本も兼務する等、異才ぶりを発揮していたが、今度は遂に監督デビュー。しかも製作・オリジナル脚本・出演も兼ねるマルチ多才ぶりで、すごく気になって急いで観に行った。
映画は、心理スリラーとでも呼べる内容で、若い夫婦に、夫の昔の同級生の男が近づき、次々と贈り物を玄関前に置き、一家と親しくなろうとする。夫のサイモンが煙たがっても意に介そうとしない。いったいこの男・ゴードは何を企んでいるのか。
特に夫の不在中に限って家の玄関前に現れ、贈り物をもらった手前無下に追い返せず、家に招き入れたロビンに少しづつ近づいて行くゴードは、まるでストーカーまがいである。
こういう出だしの展開を観ていると、ゴードがやがて本性を現し、善良(に見える)な夫婦に危害を加え、凶暴な殺人者に変貌して行く…といったありきたりなホラー・サスペンスを想像するのだが、実はそうならない。まったく予想もしない、驚愕のオチが待っている、これは見事なサスペンスの傑作であった。
(以下重要なネタバレあり。注意)
物語が進むにつれ、実はサイモンは高校時代に、ゴードが先輩から性的虐待を受けていたというデマを言いふらし、それによってゴードは人生を滅茶苦茶にされてしまうという怨念の過去があった。それだけでなく、サイモンは学生時代に、他にも嘘をついたり、苛めを繰り返して来た事が明らかになる。
その上、現在のサイモンの出世も、ライバルの書類を偽造したり、策を弄して相手を蹴落として来たおかげである事も分かって来る。
なんとも呆れたゲス男である。ゴードが恨みを抱くのも当然である。それに、よく考えたらゴードはロビンたちに付きまとうけれど、物語が進んでも、悪意を見せたり凶暴になったりはしていない。むしろサイモンの方がゴードに敵意をむき出しにして行く。
ただ、ゴートがプレゼントしてくれた池の鯉が毒殺されたり、愛犬が行方不明になったりと不審な事件が続き、それらもゴードの仕業ではないかと疑ったロビンは、次第にナーヴァスになって行き、つい精神安定剤を飲んだり(実は過去にも飲んでいたらしい)、家の中に誰かいるのでは、と不安にかられたり、寝ている時も、ゴードが突然ガラスの向こうに現れる悪夢を見たり(この演出にはドキッとさせられた)と、ロビンは次第に精神に変調をきたして行く。
こうやって、ジワジワと恐怖が忍び寄るエドガートン監督の演出は、新人離れしている。また随所に謎めいた事象を散りばめているが、それらが伏線となり、最後に向かって、すべて辻褄が合うよう回収されて行く脚本も秀逸である。
過去のホラー・サスペンス映画からもインスパイアされているフシ(後述)もあるが、それらとまったく異なるオチへと持って行くストーリー展開には唸らされた。エドガートン監督、劇中で本人が演じるゴード同様、まったく一筋縄では行かない、あなどれない男である。
サイコ・スリラー的な展開ではあるが、実は最後まで、血も流れないし誰も死なない(どころか新しい命も誕生している(笑))。
人物像にしても、最初はサイモンたちが善人、ゴードが悪人かと思っていたのが、やがては善悪の立場が逆転してしまう。この展開には唸らされた。
ただ、サイモンにしても、悪人と呼ぶほどのワルではない。同級生を苛めたり、会社でライバルを蹴落としたりする人間は社会の中にいくらでもいる。ちょっとした悪戯心や、出世欲というものは、我々の中にだってあるかも知れない。
それと意識すべきは、苛めた側と苛められた側との違いである。苛めた人間は、時が立てばケロリと忘れたりする。が、苛められた側はいつまでも忘れない。
終盤、ゴードがサイモンに、「君が過去を忘れても、過去は君を忘れない」と言うシーンがある。この言葉は、苛めた経験がある人は特に心に銘記すべき、名セリフであろう。
この映画は、そうした、サイモンの苛めによって人生を狂わされた男の復讐劇ではあるのだが、只の復讐物語にはしていない所がユニークである。
暴力や力で復讐するのではない、サイモンを心理的に追い込み、その種を蒔いたのは自分自身である、という自責の念をサイモンの心に植えつける、それがゴードなりの復讐なのである。その巧妙な手口には感服させられる。
(ここから先はネタバレ全開なので隠します。読みたい方はドラッグ反転させてください)
ロビンが赤ん坊を産んだ後、最後にサイモン家に届けられた贈り物(ギフト)が実にうまく考えられている。
ベビーカーの中には3点のギフトがあり、それが①自宅の合鍵 ②隠し録りした音声CD ③サイモン家の中を隠し録りした録画ビデオ であった。
これらによって、ロビンが、家の中に誰かいるのでは、という不安が的中していた事も分かり、さらに、ロビンが家の中で倒れ失神した後、録画しているゴードがロビンの体に触れる所で録画が終わっている。いったいゴードはロビンに何をしたのか、とサイモンは疑心暗鬼にかられる。
その後サイモンにかかって来た電話で、ゴードは「赤ん坊の目の色を見ろ」と言う。
これだけで、サイモンは、赤ん坊の父親は自分ではなく、ゴードなのでは、と思い込んでしまう。
真実はどうか分からない。ゴードは実は何もしていないかも知れない。がこれでサイモンは完全に心理的に打ちのめされてしまう。これがゴードの復讐だったのだ。
(↑ネタバレここまで)
妻にも三下り半を突きつけられ、すべてを失って泣き崩れるサイモンの姿を見て、静かに去って行くゴードの後姿を捕えて映画は終わる。心理サスペンス・ミステリーのこれは素晴らしい傑作であった。ホラー・サスペンス・ファンにはお奨めである。
こんな見事な秀作を、監督第1作で(それも自身のオリジナル・ストーリーで)作り上げたジョエル・エドガートンには敬服してしまう。
思えば、同じように俳優から監督に転進したクリント・イーストウッドも、監督第1作は心理スリラー「恐怖のメロディ」だった。
エドガートン監督、将来はイーストウッドのような名監督になれるかも知れない(しかも脚本が書けるという、イーストウッドにない強みもある)。これからが楽しみである。今後も注目して行きたいと思う。 (採点=★★★★☆)
(さて、お楽しみはココからだ)
もうじき赤ん坊が生まれる若妻が、心理的に恐怖にさいなまれて行くホラー・サスペンスと言えば、ロマン・ポランスキー監督の傑作ホラー「ローズマリーの赤ちゃん」が思い浮かぶ。
周囲に不審な出来事が続き、ナーヴァスになった若妻ローズマリーが妊娠し、赤ん坊を産むまでの物語だが、ヒロインが精神に変調をきたしたり、途中で意識を失ったり、悪夢を見たり、と、本作とよく似た場面がいくつかある。
ローズマリーは周囲に悪魔がいると思い込むのだが、それらがすべて、彼女の妄想だったのかどうか、最後まで予測がつかないホラーの古典的名作である。このストーリーも、おかしな出来事はゴードのせいか、それともロビンの妄想か、判別がつかない本作の物語に応用されているようだ。
そして何より同作で、最後にローズマリーが赤ん坊の目を見て、瞳孔がない事に気づき、やはり悪魔の仕業であったと初めて分かる結末が衝撃的であった。
本作でゴードが「赤ん坊の目を見ろ」と言うのは、本作がこの「ローズマリーの赤ちゃん」からインスパイアされている事へのさりげない目配せではないかと思えるのである。
DVD[ローズマリーの赤ちゃん」 |
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