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2016年12月 4日 (日)

「ケンとカズ」

Kenandkazu2016年・日本/キッス・エンタテインメント、他
配給:太秦
監督:小路紘史
脚本:小路紘史
プロデューサー:丸茂日穂、小路紘史
制作:原田康平、本多由美
撮影:山本周平

裏社会に生きる二人の男たちの生きざまを鮮烈に描いた犯罪ドラマ。脚本・監督は短編映画で数々の賞を受賞し海外からも注目される新人・小路紘史(しょうじひろし)。本作が長編デビューとなる。出演は「35歳の童貞男」のカトウシンスケ、「はやぶさ 遥かなる帰還」の毎熊克哉、「ライチ☆光クラブ」の藤原季節など。2015年・第28回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門で作品賞を受賞。

高校時代からの腐れ縁で悪友のケン(カトウシンスケ)とカズ(毎熊克哉)。2人は、千葉県市川市にある小さな自動車修理工場で働きながら、元締の藤堂(高野春樹)のもと、新入りのテル(藤原季節)と共に覚醒剤の密売で金を稼いでいた。ケンには早紀(飯島珠奈)という恋人がおり、いつかはこの世界から出て行きたいと思い始める。一方カズには、他人に知られたくない家族の秘密を抱えていた。その事もあってカズは金が必要となり、密売ルートを増やそうと、敵対グループと手を組むという危険な行動に出るが、それを藤堂に知られ、次第に追いつめられて行く…。

評判が良くて、観たかった映画。東京では7月に公開され、その他の都市でも9~10月に公開されたようだが、何故か関西では公開が遅れに遅れ、やっと11月26日に第七芸術劇場にて公開。さっそく観に行った。

(以下ネタバレあり)

映画は冒頭から、主人公であるケンとカズが、覚醒剤売買の縄張りを荒らした売人たちをいきなり叩きのめす暴力シーンから始まる。

このシーンからして、手持ちカメラによる短いカット割りとアップ描写で、ヒリヒリするような暴力的な空気が充満する。金槌で平然と相手の手を叩き潰すシーンもあり、バイオレンス描写に弱い人は要注意。

以後も何度か、こうした即物的なバイオレンス描写が登場する。無駄なセリフも説明的描写も排し、社会の底辺で這い上がろうともがく若者たちの生き様をリアルに、ヴィヴィッドに描く演出は新人離れしている。その異様な迫力に、画面を食い入るように見つめてしまった。

いやはや、これは凄い、面白い。感情を排したような暴力描写はいくつかの韓国製ノワール映画を思わせる。―後述するが、ヤン・イクチュン監督の傑作「息もできない」(2010)と似た空気を感じた。
日本で言えば、北野武監督のデビュー作「その男、凶暴につき」、あるいは深作欣二監督のバイオレンス映画の傑作「狼と豚と人間」「人斬り与太・狂犬三兄弟」あたりを思わせたりもする。こうした映画に愛着を感じる人には特にお奨めである。

Kenandkazu2

役者がまたいい。ちょっとアル・パチーノに似た、ケンを演じるカトウシンスケ、カズを演じる毎熊克哉、そして新入りの若者を演じる藤原季節、みんなそれぞれに役柄に嵌っていて好演。知らない役者ばかりだけれど、自然な演技で物語りに溶け込んでいる。

ケンは、恋人の早紀に子供が生まれる事が分かり、いつまでもこんな仕事はやっていられない、早紀と生まれてくる子供の為にまっとうな人生を歩もうと考え始める。しかしカズには、実は認知症の母がおり、施設に入れる為にはもっと金が要る。その為カズは元締めの藤堂に隠れて、敵対しているグループと手を組み、さらにルートを拡大しようと画策する。こうして、高校時代からの親友だったケンとカズの間に、微妙なすきま風が吹き始める。

カズは、認知症が進む母の言動に苛立ちを隠せず、何度か母の首を絞めたりもする。が、どうしても殺せない。凶暴さを表に出してはいるが、心は実は優しい人間なのかも知れない。こうした多層的な人物像を、多くを語らずとも的確に表現したカズ役の毎熊克哉、及び監督の小路紘史、共に見事である。

 
そしてラスト・シークェンス。ここが素晴らしい。

敵対グループと通じていることを知った藤堂は、ケン、テル、カズを捕らえ、殺しあうようにそむける。妻と子供の為に死ぬわけに行かないケンは、友情と自分の家族との板ばさみで苦悩する。その彼が取った行動とは…。詳しくは書かないが、この最後のシーンは泣ける。

ラストもいい。車に乗ったカズは、いつものクセで運転席に「早く出せや」と声をかける。が、もうケンはいない。その事に気付き、ふと苦笑いするカズ。
ここで一瞬、ケンの姿が運転席に見える。無論カズの幻視なのだが、この演出呼吸が抜群である。
いなくなって、初めてかけがえのない友を失った事を悟るカズの、なんとも切なく哀しい姿にまた泣けた。

 
素晴らしい秀作である。犯罪に手を染め、暴力に走る、反社会的な人間たちを描いているにも関わらず、ケンとカズ、二人の男たちに愛着を感じてしまう。これはやはり小路演出の力だろう。

長編デビュー作にして、見事な秀作を作り上げた小路紘史監督は、まだ30歳になったばかり。今後が楽しみな逸材である。こうしたバイオレンス映画をきちんと作れる監督が少ないだけに(特に深作欣二を失って以後)、貴重な存在と言える。応援して行きたい。     (採点=★★★★☆

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(付記)
韓国映画「息もできない」は、2010年度のキネマ旬報ベストワン、毎日映画コンクール最優秀外国映画賞を受賞する等、高く評価された作品だが、監督のヤン・イクチュンは、インディーズ映画界でそこそこ知られ、この作品で長編映画デビュー、と、小路監督とも似た経過をたどっているし、手持ちカメラで激しく揺れる演出とか、暴力的だがふと優しさも垣間見せる主人公の人物像、といった具合に、共通部分も多い。

さらに面白いのが、父親を「殺してやる」と憎みながらも、父親が自殺を図ると「俺の血を輸血しろ」と言ったり、親への愛憎半ばする屈折した思いも本作と似ている。

「息もできない」で私は、上に挙げた北野武、深作欣二両監督作品との類似性を指摘したのだが、この2人のDNAが、韓国のヤン・イクチュンを経由して、日本に逆流して来たかのようである。本作と「息もできない」を見比べるのも面白いかも知れない。
 

DVD「息もできない」

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