「ヒトラーの忘れもの」
2015年・デンマーク・ドイツ合作
配給:キノフィルムズ
原題:Under sandet (英題:Land of Mine)
監督:マーチン・ピータ・サンフリト
脚本:マーチン・ピータ・サンフリト
製作:マイケル・クリスチヤン・ライクス、マルテ・グルナート
終戦直後のデンマークを舞台に、捕虜となったドイツ軍少年兵たちの過酷な運命を、史実に基づき描いた異色作。脚本・監督はドキュメンタリー映画出身で、これが劇映画としては長編第3作目となるデンマークの俊英マーチン・ピータ・サンフリト。アカデミー賞外国語映画賞のデンマーク代表にも選ばれた他、第28回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、軍曹役のローラン・モラーと少年兵役のルイス・ホフマンが最優秀男優賞を受賞した。なお映画祭上映時のタイトルは「地雷と少年兵」。
1945年5月、ナチス・ドイツは降伏したが、デンマークの西海岸には戦争中ドイツ軍によって無数の地雷が埋められていた。これらを撤去する為、捕虜となったドイツ少年兵たちのうち11名が駆り出される。彼らは最低限の爆弾処理訓練を受けただけで、命がけの作業に当たらされた。指揮を執るデンマーク軍軍曹ラスムスン(ローラン・モラー)は残忍な侵略を行ったドイツ軍への憎悪から、少年兵たちに食事も与えないまま毎日浜に向かわせた。地雷の暴発や撤去失敗により、一人、また一人と命を落としていく少年兵たち。彼らの姿を見るうちに、ラスムスンは良心の呵責に苛まれて行く…。
正月最初に鑑賞した映画がこれ。当地での封切は12月31日で、お正月映画にしてはえらく重い作品である。まあ前評判がよかったし、他にこれといったものもなかったので観る事とした。
劇場(テアトル梅田)に行ってビックリ。なんと満員で指定席は完売だった。まあここは満席でも立ち見了承なら入れてくれるので、電車賃使って来た事だし、立ち見で観る事とした。
中に入れば、既に10人ほど立ち見客がいた。こんなに人気があるとは思わなかった(しかし立ち見なら、2~300円くらい値引きしてくれないかな)。
第二次大戦中、ドイツ軍は連合軍のデンマーク海岸からの上陸阻止の為、海岸の砂浜に200万個を超える地雷を埋めた。終戦後それらを撤去する為、デンマーク軍は捕虜にしたドイツ兵をその作業に充てた。その中には多数の少年兵がおり、撤去作業に失敗して命を落とした兵士も多かったという。
映画はその史実に基づき、一部フィクションも交えて少年兵たちの過酷な運命と、地雷撤去処理を通して浮かび上がる、勝者と敗者間の心の変遷を描いて行く。
地雷処理の指揮を執るのは、デンマーク軍のラスムスン軍曹である。冒頭でこの軍曹が、降伏し行列をなして帰国の途に向かうドイツ兵の中に、鉤十字旗を抱く少年兵を見つけ、無抵抗の兵士を何度も執拗に殴りつける。昏倒してもなお殴る。
このシーンだけで、このラスムスン軍曹はナチスに深い恨みと憎悪の心を抱いている事が分かる。およそ人間とすら思っていないかも知れない。
この軍曹に指揮される少年兵たちが、以後どのような待遇を受けるのか、ほぼ想像が付く。うまい出だしである。
(以下ネタバレあり)
地雷撤去作業は過酷である。砂浜のどこに埋まっているか分からないので、細い棒きれを刺し、手ごたえがあればカバーを外し、慎重に信管を抜く。手元が狂えば爆発する。緊張感が漂い見ててハラハラする。これは心臓に悪い。
時にはトラップが仕掛けられていて、信管を抜いたと安心して持ち上げるとその下に針金で繋がれたもう一つの地雷があって爆発し、処理していた少年兵が爆死するシーンもある。まさに死と隣り合わせの危険な作業である。
そうした状況にあっても、軍曹は平然と地雷処理を急がせ、手を緩めたりしない。そんな危険をもたらしたのはお前たちの国だろうとでも言わんばかりに。
処理がモタつくと怒鳴り、殴り、食事も満足に(と言うかほとんど)与えない。少年兵たちは疲弊し、体力も弱って来る。
ある日、一人の少年兵が体調不良を訴え、リーダー格のセバスチャン(ルイス・ホフマン)は軍曹に、彼を休ませるよう願い出るが、軍曹は却下し、作業を強行させる。
そして作業中に嘔吐した少年は手元が狂って地雷が炸裂し、両腕を吹き飛ばす重傷を負い、救護所に搬送される。ここは凄惨で目を背けたくなる。
この事故を目の当たりにし、さらに後でその少年が死んだ事を知った軍曹は、敵兵とはいえ病気の少年に危険な作業をさせ、死に追いやった事に、さすがに心が揺らぎ後悔する。軍曹とて鬼ではない。
この時を境に、軍曹に心境の変化が訪れる。上層部に内緒で食料を買い求め、少年兵たちに食べさせたり、やがては休憩時には一緒にスポーツをするようにまでなる。軍曹は、地雷処理が終わったら故国に帰してやると約束する。
おそらくは長く共同生活を送るうちに、軍曹と少年兵たちとの間に、擬似的な親子関係に似た感情が生まれたのだろう。見ている我々もホッとし、心が和む。
どこまでも広がる青い海が、いつも背景にある点も効果的である。
軍曹を演じるローラン・モラーがいい。無骨で厳格な軍人でありながら、どこかに人間的な優しさを内在し、時間と共にそれが徐々に表に出て来る、難しい役柄を的確に演じている。
ようやく、命じられた範囲の地雷撤去が終わり、軍曹と少年兵たちは楽しそうにサッカーに興じる。
だが物語はそう簡単には終わらない。軍曹の可愛がっていた犬が、まだ残っていた地雷に触れて死んでしまうのである。とたんに軍曹は烈火の如く怒り、少年たちを殴りつける。
つかの間の安らぎも、ちょっとした事で崩れ去る。軍曹をいい人間だと思わせておいて、利己的な一面もきっちり描く。ここらが本作の奥の深い所である。
そうした曲折もあったが、最終的に軍曹は少年兵たちを、約束通り故国へと送り返そうとする。だが軍曹の上官は、貴重な地雷撤去経験者である少年兵たちを、さらに他地域の地雷撤去に狩り出そうとし、少年兵たちと約束した軍曹は苦悩する。この辺りの物語展開も秀逸である。
最初は戦勝国側が正義、負けたヒトラー率いるドイツ兵が悪であったはずなのに、最後にはドイツ軍少年兵たちが正で、デンマーク軍側の方がむしろ非道な悪のように思えて来る。冷酷な命令をだすデンマーク軍上官は、まるでナチス高官にすら見えて来る。この映画が素晴らしい点は、この逆転現象的発想にある。
そのテーマをさらに補完するエピソードが終盤にある。村の農家の少女が地雷原に迷い込んでしまい、少年兵たちが救出に向かう。危険も顧みず少女を救おうとする少年兵たちに、軍曹も、少女の母も、そして我々観客も固唾を飲んで見守り、やっと少女が助け出された時、熱いものがこみ上げてくる。
もはや敵も味方もない。それまでドイツ軍兵士である少年たちを毛嫌いしていた少女の母も、彼らに感謝する。
人間同士の心が繋がり合い、命の大切さに思いを寄せるようになれば、不毛の争いごとも、戦争もなくなるのかも知れない。
結末はやや甘い気もするが(軍曹は軍法会議ものである)、重苦しい物語のラストに、わずかながらも若者たちに未来への希望を託したいと願う、監督の思いが表れた結果なのではないだろうか。
見終わって感じるのは、戦争は、戦っている間は無論のこと、終わった後でも理不尽であり、悲惨で残酷なものだという事である。
日本人にとっては、終戦後、シベリヤに送られ強制労働させられ、命を失っていった多くの日本兵の運命をも連想させられる。
本作は史実をベースにしているが、こんな秘話があった事はまったく知らなかった。デンマークが舞台というのも珍しい。
第二次大戦を題材にした映画は、終戦後現在まで無数に作られて来たが、それでも本作のように、まだまだ知られていない事実があるのかも知れない。
戦争は悲劇であり、恐ろしい。それでも世界中に、今も戦争は絶えない。人間は、かくも愚かしい存在なのか。考えさせられる、これは素晴らしい秀作である。
こういう、ドイツの若者を称え、デンマーク軍側を批判する映画を、デンマークで作り上げたサンフリト監督の勇気にも敬意を表したい。立ち見でも、座る事も忘れて観入ったのはやはり見ごたえがあったからだろう。
ただ1点、「ヒトラーの忘れもの」という邦題はソフト過ぎて、ハードな作品内容にそぐわない。そもそもヒトラーはまったく登場しないのだから。まあ「ヒトラー」と付けた方が売りやすいという営業事情もあるのだろうが。その点だけが残念。 (採点=★★★★☆)
(付記)
近年、デンマーク映画人の活躍が目覚しい。「ドライヴ」(2011)で絶賛され、最新作「ネオン・デーモン」が公開中のニコラス・ウィンディング・レフン監督や、一昨年の異色西部劇「悪党に粛清を」 (2015)のクリスチャン・レヴリング監督もデンマークの映画監督である。有名な所では「ダンサー・イン・ザ・ダーク」(2000)、「メランコリア」(2011)で知られる巨匠ラース・フォン・トリアー監督もいる。俳優ではデンマーク映画の秀作「誰がため」 (2008)、「偽りなき者」(2012)で主演し、「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」にも出演したマッツ・ミケルセンがいる。
戦前には、「裁かるるジャンヌ」(1928)等の巨匠カール・テオドア・ドライヤー(ドライエルとも)監督がいたが、近年では「ペレ」(1987)、「愛と精霊の家」(1993)等のビレ・アウグスト監督が目立つくらいで、これといった作品は少なかった。単に輸入されていなかっただけかも知れないが。
21世紀に入って、デンマーク映画がまた活況を呈して来たのは面白い。ハリウッド映画とは一味違う、ユニークな見ごたえある作品も多い。今後も注目jして行きたい。
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