「マリアンヌ」
1942年、カサブランカ。カナダの秘密諜報員マックス(ブラッド・ピット)とフランス軍レジスタンスのマリアンヌ(マリオン・コティヤール)は、ある極秘ミッションを通して運命の出会いを果たす。それは、夫婦を装い、敵の裏をかいてドイツ軍大使を射殺するという作戦だった。作戦は成功し、任務を通してやがて深く愛し合った二人はロンドンで結婚し、子供も生まれて幸せな生活を送っていたが、ある日マックスは上官から呼び出され…。
舞台は第二次大戦下の仏領カサブランカ。主人公は美男美女…。とくればハンフリー・ボガート、イングリッド・バーグマン主演の古典的名作「カサブランカ」を思い出す(ボガートは美男とは言えないが(笑))。
ナチス・ドイツ占領下の1942年、という時代や、ドイツに抵抗するレジスタンスの登場なども「カサブランカ」との共通性がある。ラストで、飛行場から脱出しようとするサスペンスも「カサブランカ」のラストと重なる。明らかにオマージュを捧げているようだ。
マックスがマリアンヌに将来の事を聞かれて答える「そんな先の事は分からない」のセリフは、「カサブランカ」のファンならニヤリとしてしまう、有名なセリフである。
お話自体も古典的で、激しい戦争のさなか、過酷な任務に従事する男がやがて美女と恋に堕ちる、という展開も、やはりイングリッド・バーグマンがゲーリー・クーパーと共演した「誰が為に鐘は鳴る」を思い起こす。ちなみにこれも「カサブランカ」と同じ1943年製作、製作会社は本作と同じパラマウントである。
本作は、こうしたいくつかのハリウッド製クラシック作品を下敷きにしている気配が濃厚である。
(以下ネタバレあり)
物語は、スパイとしてドイツ軍大使暗殺を命じられた秘密諜報員のマックスが、現地のレジスタンスの女マリアンヌと協力して任務を遂行するうち、二人は愛し合うようになり、任務終了後に結婚してロンドンで新居を構え、可愛い娘も生まれて幸福一杯。
ところが、マリアンヌにスパイ疑惑が持ち上がり、本当のマリアンヌは死んでいるという情報も伝わって来る。上層部はそれを確認する為、マックスを通じてわざと妻に偽の情報を聞かせるという作戦を取る。その情報がドイツ軍に伝わっていればマリアンヌのスパイ疑惑は確定し、そうなればマックスが妻を射殺しなければならなくなる。そのタイムリミットは72時間。
マックスには信じられない。果たして妻はスパイなのか。浮かんだ疑惑を払拭する為、マックスはさまざまな手を使って、妻が本当のマリアンヌであるという証拠を見つけようとする。
ここからラストに至るまでのシークェンスは、ヒッチコック風サスペンスを思わせる。
実際ヒッチコックがハリウッドで撮った作品には、夫が犯罪者ではないかという疑惑を抱いた妻の不安心理を描いた「断崖」(1941・原題は"SUSPITION"(疑惑))や、大好きだった叔父さんが実は殺人犯ではないかという疑惑に苛まれる少女が主人公の「疑惑の影」(1943)などのサスペンス作品がある。
ちなみにヒッチコックの1940年作品「海外特派員」には本作と同じく、ロンドン空襲シーンが登場する。
本物のマリアンヌを知る人物に接触する為、レジスタンスと共にドイツ軍支配下の町にある警察拘置所に潜入するシークェンスもスリリングで、緊迫感に満ちている。
その人物から、本物のマリアンヌは「ラ・マルセイエーズ」をピアノで弾けたと聞いたマックスは、マリアンヌを酒場に連れて行き、「ラ・マルセイエーズ」を弾いてみよと言う。
弾けなかったら、彼女は偽のマリアンヌであり、スパイである事が確定する。さあ、どうなるか。緊迫のサスペンス展開にハラハラする。
だが、彼女を深く愛していたマックスは、例えスパイだろうと、彼女を殺す事は出来ない。上層部が真実を知る前に、マリアンヌを逃がそうと脱出を試みる。
ラストはほぼ予想がつくが、それでも悲しい結末に涙してしまう。
物語全体を貫くのは男と女の愛のドラマであるが、スパイ・アクション部分もあれば、謎を孕んだサスペンスでもあり、空襲シーンやレジスタンス活動もある戦争映画でもある、となかなか欲張った構成であるが、それら要素が無理なく絶妙にブレンドされていて見事。脚本がよく出来ている。
その脚本を書いたスティーヴン・ナイトは、脚本デビュー作「堕天使のパスポート」がアカデミー脚本賞にノミネートされ、「イースタン・プロミス」でも注目され、「ハミングバード」(2012)では自らの脚本で監督としてもデビュー、2013年の脚本・監督作「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」 もトム・ハーディの一人芝居で全編を通すという異色の秀作だった。そういう実力派脚本家が書いてるのだから面白いはずである。
ロバート・ゼメキス監督にしては珍しい本格的なラブ・ロマンスものである(初期の頃に「ロマンシング・ストーン 秘宝の谷」があるが、あれは他愛ないコメディ要素が強かった)が、年輪を重ねたせいか、堂々たる風格のハリウッド王道悲恋メロドラマに仕上がっている。
マリアンヌを演じたマリオン・コティヤールが、かつてのハリウッド・メロドラマ女優を思わせる入魂の演技で魅せるし、ブラッド・ピットもこれまたボガートや、これも戦争悲恋もの「哀愁」(1940)のロバート・テイラーを思わせる、女を一途に愛し続ける男を演じて味わい深い好演を見せる。ちなみにこの作品にもロンドン空襲シーンが登場する。
往年のハリウッド・メロドラマを愛する映画ファンには特にお奨めの、クラシカルな風格を持った佳作である。 (採点=★★★★)
(で、お楽しみはココからだ)
ブラッド・ピット主演作としては、やはり第二次大戦を舞台とした「フューリー」 (2014)に続く戦争ものである。
その作品評で私は、同作に影響を与えたと思われる作品として、ハンフリー・ボガート主演の「サハラ戦車隊」(これも1943年作品)を挙げたのだが、本作も上述の通り、ボガート主演の「カサブランカ」の影響を明らかに受けている。
「サハラ戦車隊」の舞台も題名通り、本作と同じサハラ砂漠である。
つまりはブラピ、2本の第二次大戦を舞台としたハンフリー・ボガート出演作に影響を受けた作品、に立て続けに主演したという事になる。
もしかして、彼はハンフリー・ボガートのファンなのだろうか(「フューリー」は彼自身の製作総指揮)。
DVD「カサブランカ」 |
Blu-ray「カサブランカ」 |
DVD「フューリー」 |
DVD「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」 |
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コメント
はじめまして!
ブラッド映画と言う不純な動機で見ましたが、
これがほんと、クラシカルないい映画に仕上がっていて堪能!
で、こちらのブログの、古い作品との解説に、なるほど~~と、納得した次第で。
ちょっと前なら、もっと上映館も多くて
解説もいろいろあったと思うのに、ブラッド映画も遠出をしないと観れない1本になってしまいました。
また、お邪魔します。
投稿: mariyon | 2017年2月19日 (日) 22:23
◆ mariyonさん
はじめまして。ようこそ。
>ブラッド映画も遠出をしないと観れない1本になってしまいました。
確かに、ファーストランでは全国150スクリーンと、「ミス・ペレグリンと奇妙な子供たち」なんかの半分以下のスクリーン数ですね。製作は大手のパラマウントなのに配給は独立系の東和ピクチャーズ(東宝東和ではない)とままっ子扱い。ブラピ+ゼメキスでも、もうあまり客呼べないと思われてんでしょうかね。
か、あるいはクラシックな作りなので、今の若い人には受けないと判断したのでしょうか。
見れば楽しめると思うんですがね。
せめて、シニア世代の人には映画館に足運んで欲しいですね。
投稿: Kei(管理人) | 2017年2月27日 (月) 00:00
なかなか良かったと思います。
ブラッド・ピットとマリオン・コティヤールがいいですね。
ゼメキスの演出も快調でした。
前半も後半もサスペンスが効いていて良かったです。
まあ「カサブランカ」やヒッチコック映画の様なムードはもう少し欲しかったですが。
ブラッド・ピット制作にしては珍しくアメリカでは興行は振るわなかったそうです。
やはりクラシックすぎたのかな。
投稿: きさ | 2017年2月27日 (月) 22:54
◆きささん
ゼメキス監督は、1940年代のハリウッド・メロドラマを再現したかったのではないでしょうか。ヒッチコック作品でも、「断崖」「レベッカ」あたりの戦前作品を意識してる気がします。
その為、若い観客には古めかしく見えて、興行がパッとしなかったのかも知れませんね。
それにしても「ラ・ラ・ランド」といい、古いハリウッド作品にオマージュ捧げた作品が続きますねぇ(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2017年3月 5日 (日) 23:59