「キセキ あの日のソビト」
メタルバンドのボーカルを務めるジン(松坂桃李)は、厳格な医者の父・誠一(小林薫)の反対を押し切って家を飛び出し、音楽活動を続けていた。一方ジンの弟のヒデ(菅田将暉)は父の想いを受けて医者になるべく勉学に励んでいた。プロを目指しレコード会社にもスカウトされたジンたちだが、売る為の方向性をめぐってレコード会社ディレクター・売野(野間口徹)と対立し、バンドは解散という挫折を味わう。一方ヒデも医大受験には失敗するが、歯医者を目指し無事歯科医大に合格する。大学での講義の傍ら、ヒデは意気投合した仲間たちと音楽グループを結成する。そのヒデの音楽的才能を見抜いたジンは、彼らに自分の夢を託すことを決意する。やがてヒデたちはジンの助力もあって、歯科医師と音楽の両立を図り、前代未聞の顔出しなしのCDデビューを果たす…。
最近の音楽には全く疎いので、GReeeeNという音楽グループの存在も全然知らなかった。無論楽曲を聴いた事もない。けれど、若者たちが音楽グループ(バンド)を結成する、という物語は大好きで、また傑作も多い。最近でも、クリント・イーストウッド監督「ジャージー・ボーイズ」 とか、ヒップホップグループ「N.W.A.」の伝記「ストレイト・アウタ・コンプトン」 、ジョン・カーニー監督の半自伝的作品「シング・ストリート 未来へのうた」などがあるが、いずれも素晴らしい秀作だった。前の2作はいずれも実話である点も本作と同じである。
そんなわけで、GReeeeNについては知らないけれど、興味が湧いて観る事にした。
(以下ネタバレあり)
映画を観て初めて知ったのだが、GReeeeNのメンバーはいずれも現役の歯科医師で、二足のわらじを履いている為、一切顔を表に出さないのだという。そんな変わったグループがどういう経緯を辿ってデビューしたのかを、映画はほぼ事実に基づいて描いている。
物語はまず、兄のジンが仲間と組んで結成したバンド「ハイスピード」がライブで歌うシーンから始まる。かなりヘビメタなバンドで人気もあるようだ。
ただし、ジンの父親(小林薫)は医者で、患者に対しては優しそうだが、家庭ではすごく厳格で、息子が音楽をやっている事には猛反対である。
ジンが親に反抗すると、なんと日本刀を取り出してジンに切りかかろうとする。どこまで実話か分からないが、今どき珍しい家父長的オヤジである。まるで「葛城事件」の三浦友和扮する親父みたいだ(笑)。ヤクザの親分かと思ったよ(笑)。
そんな父親に耐えられなくなったジンは家を飛び出し、バンド活動を続ける。一方、弟・ヒデは父親の期待通り、医師を目指し猛勉強をしている(但しヘッドホンで音楽を聴きながらなので、身が入ってるか疑わしい)。
「ハイスピード」はやがてレコード会社関係者の目に留まり、メジャーデビューの道が開けるが、ディレクターの売野から音楽の方向性に関して徹底的にダメ出しされ、ギターのトシオ(奥野瑛太)などはブチ切れる。それがきっかけで、「ハイスピード」は解体してしまう。
ヒデの方も、医大受験は失敗し、歯科医師に方向を変えるに至る。兄、弟、どちらも初心では挫折してしまうわけで、現実の厳しさを思い知らされる事となる。
それでも歯科医大に合格したヒデは、授業の傍ら、好きだった音楽も趣味で始め、やがて同じ音楽好きの同級生と組んでグループを結成し、自分で作った歌の編曲を兄に依頼する。
ヒデのデモMDを聴いたジンは、弟の音楽的才能を認め、自分の機材を利用して編曲と伴奏音楽を仕上げ、さらに因縁のレコード会社ディレクター・売野に頭を下げてヒデたちの歌を聴かせ、これがきっかけとなって、顔を出さない異色の音楽ユニット、GReeeeNの誕生へと至るわけである。
いい兄貴を持ってヒデは幸せである。この兄がいなかったら、GReeeeNは世に出なかったかも知れない。以後ジンは自らの夢を弟に託し、音楽プロデューサーとして裏からGReeeeNの活動を支えて行く事となる。
だがヒデは、音楽活動に熱中するあまり、医師の勉強に身が入らなくなる。このままでは医師試験は覚束ない。
音楽を取るか、医師を取るか…。このまま音楽を続けていても、いつかは売れなくなる日が来るかも知れない。挫折した兄を見ているからなおさらである。反面、医師一本に絞れば、生涯安定した生活を送れるだろう。―悩みに悩んだ末に、ヒデは医師の道に専心、GReeeeN脱退を決断する。その事でヒデは兄とも仲間とも険悪となる。
これは難しい決断である。自分がその立場になっても悩むかも知れない。
だが、音楽への夢を棄て切れなかったヒデは、迷った末、GReeeeNに戻って来る。それを優しく受け入れる仲間たちの友情にもホロリとしてしまう。
医師の勉強と音楽活動を両立させる事は、並大抵ではないだろうが、ひたむきに努力し頑張れば乗り越えられる、―現実に(モデルとなった本人の)ヒデたちはそれを実現している。その事実にも感動を覚えた。
歌っている時のヒデたちの表情がいい。心から音楽を楽しんでいる。なまじプロのミュージシャンではなく、仕事を持ちながら、趣味の延長として好きな事をやっているからこそ、心の中の思いを素直に歌として表現し、それが聴き手の心を打つのだろう。素敵な事である。
父・誠一が担当する患者の少女・結衣が、「GReeeeNの音楽に励まされた」と語るのを聞いて、ふと心を動かされるシーンもいい。人の命を助ける医者の仕事に誇りを持っている誠一は、音楽なんて何の役にも立たないと思って来たが、その考えは違っているのかも知れないと思い始めるのである。
そしてラスト、ジンとヒデは音楽の合宿に向かうのだが、旅立つ二人に、父が声をかける。「おまえたち、GReeeeNって知ってるか?GReeeeNみたいな素敵な音楽を作れ」
これで私は泣けた。
厳しいけれども、実は子供たちを誰よりも愛し、応援していたのは父だったのだろう。前述の結衣の言葉が伏線としてここで生きて来る。
実話を元にしてはいるが、テーマを“夢を抱いたなら、どんな困難があろうとも挫けずに夢の実現に向かって突き進む事の大切さ”に絞り、そこにうまく、兄弟の絆、父と子の確執から和解という、家族の物語に焦点を当てた構成、演出が見事に成功している。久々に泣け、感動した素敵な作品であった。
GReeeeNの他の3人のメンバーについて、掘り下げた描き方がほとんどされていないという不満も聞くが、前記テーマを際立たせる為、あえて省いたのだろう。やむを得ないと思う。
監督の兼重淳は初めて聞く名前である。調べた所、彼は助監督修行を経て、2008年公開の「チーちゃんは悠久の向こう」で監督デビューしている。だがこれはあまり評価されず、その後短編オムニバスの1本を含め2本の映画を監督した後、2010年から再び助監督に戻る、という挫折の人生を味わっている。
その後は、前にも付いた事のある是枝裕和監督の下で、「奇跡」(2011)、「そして父になる」「海街Diary」「海よりもまだ深く」と連続して助監督を務め、本作で劇場映画監督再デビューを果たした。
なんだか、一度挫折しても夢をあきらめずに挑戦を続けた結果、報われる、という本作のテーマとも重なる映画人生である。応援したくなった。
幸い本作は好評で、興行的にも全国157スクリーンと中規模ながら初登場でランキング2位に付ける大健闘ぶりである。
演出も丁寧で、是枝監督の下での助監督修行で、一皮剥けたのかも知れない。
奇しくも、助監督に戻って付いた最初の是枝監督作品の題名も「奇跡」であった。「キセキ」は兼重監督自身にも起きたのかも知れない。この調子で次回作も頑張って欲しい。
出演者たちもみんないいが、ちょっと天然だけれど影ながら息子たちを見守るお母さん役の麻生祐未や、ジンの元バンド仲間で、変わらぬ友情を示すトシオ役の奥野瑛太が特にいい。
夢を抱きながらも、迷っている人、挫折を味わった人、仕事をしながらも夢にチャレンジしようかと思っている人なら、是非観て欲しい。きっと映画に、そしてGReeeeNの歩み方に、勇気づけられるはずである。 (採点=★★★★☆)
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コメント
この映画気になっていたのですが、見てみようと思います。
見たら感想書きますね。
投稿: きさ | 2017年2月12日 (日) 22:30
という事で早速今日見て来ました。いい映画でした。
GReeeeNについては名前くらいは知っていましたが、曲は始めて意識して聞きました。
なかなかいいですね。
個人的には松坂桃李の絶叫調の演技はもうちょっと押えても良かったかと思いました。
菅田将暉がうまいですね。
小林薫など脇もいいですね。
兼重淳監督の演出も良く、次回作にも期待したいと思います。
投稿: きさ | 2017年2月14日 (火) 23:07
◆きささん
この映画、知らない監督だし、あんまり期待していなかった分、思わぬ拾い物でしたね。
観てよかったと思います。この監督の名前、覚えておきましょう。
私もGReeeeNの曲は聴いた事がなくて、この映画で初めて聴きましたが、思っていたよりいいですね。今度CD借りてみます。
欲を言えば、もっとじっくり聴かせて欲しかったですね。「キセキ」なんかはフルコーラスで字幕つけてくれればもっと良かったと思います。
投稿: Kei(管理人) | 2017年2月18日 (土) 21:23