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2017年2月25日 (土)

「愚行録」

Gukouroku2017年・日本/バンダイ=オフィス北野=ワーナー
配給:ワーナー・ブラザース映画、オフィス北野
監督・編集:石川 慶
原作:貫井徳郎
脚本:向井康介
撮影:ピオトル・ニエミイスキ
エグゼクティブプロデューサー:森昌行
コ・エグゼクティブプロデューサー:吉田多喜男

第135回直木賞の候補にもなった貫井徳郎原作の同名小説を映画化したミステリー・サスぺンス。監督は短編作品を中心に活動して来て、これが長編監督デビュー作となる新進・石川慶。脚本は「マイ・バック・ページ」などの向井康介。主演は「怒り」の妻夫木聡と「夏の終り」の満島ひかり。共演は小出恵介、濱田マリ、平田満など。ベネチア国際映画祭でオリゾンティ・コンペティション部門にノミネートされた。

日本中を震え上がらせた一家惨殺事件から1年、週刊誌の記者・田中武志(妻夫木聡)は、迷宮入りした事件の真相に迫ろうと改めて取材を開始し、被害者と関わりのあった人たちにインタビューを行うが、そこから浮かび上がってきたのは、理想的と思われていたエリートの夫と美しい妻、その可愛い娘一家の隠された実像であった。その傍ら、武志は我が子を育児放棄し収監中の妹・光子(満島ひかり)とも面会する…。

原作は少しだけ読んだが、最初から最後まで、関係者の語る証言と、一人の女性(光子)が兄に語りかけるモノローグとが交互に登場するだけの、全編がこの2種類の語りだけで構成された異色の小説である。
インタビュアーである人物(武志)は、物語の中には全く登場せず、情景描写も全くないので、武志という人物が全く見えない。光子が語る“兄”がインタビュアーと同一人物である事も最初の方では分からない。が、それも狙いだろう。

どちらかと言えば、ラジオドラマにした方が適してるような小説で、映像化には向かない。これを映画化するのは難しいだろうなと思った。

で、映画となった本作は、脚本を書いた向井康介によって、原作にはない武志のキャラクターが巧みに肉付けされ、この男の人物像が物語が進んで行く中で、徐々に浮かび上がって来る。うまい脚本である。

犯人は誰なのか、光子と事件との関連は。最後に驚愕の真実が明かされる。出色のミステリーの秀作である。

(以下重要なネタバレあり)

冒頭の描写が素晴らしい。バスの乗客の一人ひとりの顔をスローモーションでゆっくり映して行く。
疲れた顔、談笑する顔…それぞれに人生を抱えた人間たちを捉えたカメラは、やがて所在なげな武志の顔で止る。
一人の乗客が、座っている武志に「年寄りに席を譲ったらどうだ」と迫る。黙って立ち上がった武志は、大げさに倒れ、片足を引きずりながらやがてバスを降りる。
乗客の誰もが、<身体障害者に気の毒な事をして>と、武志を立たせた男に非難の目を向けかけ、実は自分たちも内心はその男と同じ気持ちだった事に気付き、気まずい思いとなる。
ところが、バスが去って行くと、武志はスタスタと歩き始める。障害者は演技だったのだ。

これだけで、武志という男が、おとなしそうだけど、どこか歪んだ心を持っている事が伝わって来る。
原作には無論ない。観客は俄然、この男が単にインタビュアーで留まるなずがない、今後何をやらかすか興味を持つ。秀逸な出だしである。

この後も、インタビューする側の武志の表情が、証言者と交互に映し出されるのだが、原作を意識してか、武志は無表情で感情を表に出さない。黒子のようにさえ見える。が、冒頭のシーンで武志の内面を知った我々には、その無表情さにすら、何を考えているのか分からない、不気味なマグマを感じてしまう。これがラストのショッキングなドンデン返しに繋がっている。妻夫木聡がこの難しい役柄を絶妙に好演。

記者が関係者へのインタビューを積み重ねて行く事で、既に亡くなっている人間の人物像が徐々に明らかになって行くという展開は、同じように新聞記者が、亡くなった新聞王の真実を探るべく関係者にインタビューして行く、映画史上の傑作「市民ケーン」を思い出す。あの作品でも、新聞記者は常にシルエットで、表情は見えなかった。

証言者の証言を積み重ねるうち、被害者となった夫婦も、証言する人たちも、それぞれに自分勝手な面を持ち、表向き善良そうに見えている人たちも、内面は陰湿であったり、心のどこかに闇を抱えていたりする。

だが、そうした証言者が、どこまで真実を語っているかは分からない。見栄を張ったり、自分の触れられたくない部分は隠したり粉飾したりしているかも知れない。
証言すると言う事はまた、証言者自身の人間性も露わになって行く事でもある。

 
その一方で、武志の妹・光子が、カウンセラー医師(平田満)にポツポツと語り出す自分の過去も、相当におぞましい。
離婚した母が再婚した義父は子供たちに暴力を振るい、光子には体を求めて来る。夫の暴力を恐れて母も見て見ぬふりをする。地獄の日々である。
そんな家庭環境だから、子供が出来ても、光子はどう育てていいか分からず育児放棄を招いてしまう。親の愛も受けた事がないのだから(虐待を受けた子は自分の子供を虐待するケースが多いとの報告もある)。そもそもその子の父親は誰なのか。義父か、あるいは?とこちらも謎が深まって行く。

満島ひかりの演技も素晴らしい。心に闇を抱えた難しい役柄を的確にこなしているが、特に、「生まれ変わってもお兄ちゃんの妹でいたい」と語るシーンの鬼気迫る演技にはゾッとさせられる。

そして終盤に至って、光子と殺された一家とは接点があった事が明らかになり(注1)、驚愕の真実が光子の口から語られる。
原作ではここは、冒頭から続く兄・武志に対するモノローグの中で語られているが、映画での光子のモノローグ相手はカウンセラー医師なので、どうするのかと思ったら、医師が席を外した時に勝手に(観客に向けて)告白していた。
ここはもう少しいい方法がなかったか、そこはやや減点。

とはいうものの、全体的には、DV、子供虐待、苛め、格差社会等、現実に起こっている、現代社会が抱える負の部分(注2)をうまく散りばめ、それをミステリーとして巧みに纏め上げた脚本、それを基に、映画的表現手法を駆使し映像化した演出、共に見事である。あの難しい原作をよくここまで映画化出来たものだと感心する。

特に、光子の幻想で、眠る光子の身体を這い回る無数の手とか(注3)、面会室のアクリル板ごしに、兄の顔を撫でるかのように差し出す光子の手、とか、原作にない映画的ビジュアルがそのまま終盤の伏線となる演出にはシビれた。

これが長編第1作とは思えない石川 慶監督の気迫のこもった演出は、新人離れしていて見事である。

聞けば、石川 慶監督は、ロマン・ポランスキーらを輩出したポーランド国立ウッチ映画大学で演出を学んだそうで、カメラを担当したピオトル・ニエミイスキもやはり同校出身である。どうりで、青みがかったくすんだ色調にしろ、人間の嫌な部分を炙り出す演出にしろ、ロマン・ポランスキー監督作品に似ているなと思ったはずである。

今後が楽しみな、俊英監督の鮮烈デビューに拍手を送りたい。

なお製作したのは、北野武監督作品を送り出しているオフィス北野。実績のない新人監督にチャンスを与え、メジャー・デビューさせて成功に導いたオフィス北野の森昌行プロデューサーの慧眼にも拍手を送るべきだろう。

本年度のマイ・ベストテンには是非入れたい、見逃してはならない秀作である。あまり情報を仕入れず、出来れば原作も読まずに観る事をお奨めする。      (採点=★★★★☆

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(注1)光子と実は大学で共学だった宮村(臼田あさ美)が武志に、彼が光子の兄とは知らず光子の秘密を喋るのだが、この兄妹の苗字が“田中”というごくありふれた苗字だから、同じ苗字だとは気が付いても宮村は気にも留めなかったのだろう。うまく考えている。

 
(注2)
殺人や犯罪を題材として、現代社会の闇の部分を抉る作品は、「悪人」以来、「凶悪」「怒り」と続いているが、どれも傑作であった。本作もそれらの傑作群の仲間入りを果たしたと言えるだろう。
思えば、妻夫木聡と満島ひかりは「悪人」で共演しているし、ジャーナリストが事件の真相を追う展開は「凶悪」と同じだし、本作のモデルとなった世田谷一家殺人事件は「怒り」にも登場、と、それぞれに接点があるのも面白い。

 
(注3)
この、無数の手が光子の身体を弄ぶシーンで思い出した作品がある。

Repulsion_3ロマン・ポランスキー監督の「反撥」である。

主人公の少女(カトリーヌ・ドヌーブ)が次第に精神に変調をきたし、遂に殺人を犯すという物語だが、少女が幻覚を見るようになり、壁から無数の手が伸びて来て少女の身体を弄るシーンが出て来る。
本作の問題シーンは、恐らくはポーランド国立大学でポランスキー監督についても学んだ石川監督が、ポランスキー監督にオマージュを捧げる意味で引用したのではないかと思う。

ちなみに、どちらの作品でも、この女性は凄惨極まりない殺人を犯してしまう。

DVD「反撥」

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コメント

1年前、満島ひかりが久々に映画に出ると知った時からワクワクしながら待った甲斐がありました。やはり彼女は凄い。一人で話し続けるところの彼女を正面のアップで捉えているショットで顔つきが変わる瞬間があって、そこで完全にやられました。全体的に登場シーンが少なく動きもない中で強烈な印象を残す、見事です。TVの「カルテット」も合わせて、「愛のむきだし」に出会った頃の興奮状態をまた味わっています。観賞後にまとめて見たPR記事や動画では、必ず、彼女と妻夫木聡が「悪人」以後共演をする中で単に仕事仲間という以上に信頼関係があるというようなことを言っていて、それが本当に映像に出ていると思いました。余談ですが、個人的には石井裕也監督(元夫)×満島ひかり(元嫁)×妻夫木聡(石井監督作品二本で主演。しかも暗めの役)でいつか作品を見たいのですが、もう無理かな?ついでに最近石井裕也監督の消息を全く聞かないのですがどうしちゃったのでしょう?余談が長くなりました。本作は他の役者さんも皆いい。想像以上に暗く重く気持ち悪くなるくらいに辛い内容でしたが、映画的には面白かったです。

投稿: オサムシ | 2017年2月26日 (日) 22:15

◆オサムシさん
長文のコメントありがとうございました。
満島ひかりは相変わらず凄い役者ですね。
石井裕也監督ですが、近々新作が公開されます。
「夜空はいつでも最高密度の青色だ」というタイトルで、池松壮亮が主演してます(5月公開予定)。
今年のベルリン国際映画祭でワールド・プレミア上映されたそうですから期待が持てますね。楽しみです。

投稿: Kei(管理人) | 2017年2月27日 (月) 00:13

貴重な情報、ありがとうございました。関係ない事をツラツラ書いてしまい、まさに「愚行録」になってしまいました。この映画、暗いだけでなく、時間が経つほどに自分の行いが気になりだして、ある意味怖いです。他の役者で1人上げるとやはり小出恵介。ろくでなしぶりがやたら自然に見える。でも彼は「風が強く吹いている」では先輩監督ぶりがこれまた自然に見えたんですよね。素晴らしいです。

投稿: オサムシ | 2017年2月28日 (火) 00:37

書き込み有難う御座いました。(レスは、当該記事のコメント欄に付けさせて貰いました。)

読後、何とも言えない“澱”が心に残る作風に魅了され、徳井作品は全て読了しています。唯、此の作品の原作「愚行録」に関しては総合評価「星2.5個」と、個人的に厳しい評価を付けました。
http://blog.goo.ne.jp/giants-55/e/f885a71d7d01dae978e8f11454c064c3

でも、映画版は可成り良さそうですね。機会を見付け、見てみたいと思います。

投稿: giants-55 | 2017年3月 3日 (金) 03:00

◆giants-55さん
原作は読みました。
同じようなパターンが延々続くので、単調で読みづらいと思いました。ただ終盤に至って、謎が解明されて行くので悪くはなかったと思います。が、もう少しメリハリは必要だと思いました。
映画はその点、いろいろ工夫してるので、原作を先に読んだ人が見れば、うまくアレンジしてると感じ面白く見れるかも知れません。

モデルとなった事件との関連については、似ているなとは感じましたが、名指ししてるわけでもなく、あくまでフィクションとして捉えればいいのではないでしょうか。

投稿: Kei(管理人) | 2017年3月 5日 (日) 23:48

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