「ゴースト・イン・ザ・シェル」
2017年・アメリカ/パラマウント=ドリームワークス
配給:東和ピクチャーズ
原題:Ghost in the Shell
監督:ルパート・サンダース
原作:士郎正宗
脚本:ジェイミー・モス、ウィリアム・ウィーラー、アーレン・クルーガー
製作:アビ・アラド、アリ・アラド、スティーブン・ポール、マイケル・コスティガン
製作総指揮:ジェフリー・シルバー、藤村哲哉、野間省伸、石川光久
士郎正宗のコミックを押井守監督が映画化したSFアニメの傑作「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」の実写リメイク版。監督は「スノーホワイト」のルパート・サンダース。主演は「LUCY ルーシー」のスカーレット・ヨハンソン。共演は「クリミナル・ミッション」のマイケル・ピット、デンマーク出身の俳優ピルウ・アスベック、フランスの名女優ジュリエット・ビノシュ、それに日本からビートたけし、桃井かおりが参加と国際色豊かなキャストが揃った。
電脳ネットワークと肉体のサイボーグ(義体)化が高度に発達した近未来。脳とわずかな記憶を残して全身が義体化された捜査官・少佐(スカーレット・ヨハンソン)率いる公安9課は、ハンカ・ロボティックスの推し進めるサイバー・テクノロジーを狙うサイバーテロ組織と対峙していた。捜査を進めるうち、やがてクゼ(マイケル・ピット)という名のハッカーの存在が浮かび上がる。しかしクゼを追う中で、いつしか少佐自身も自己の隠された記憶を呼び覚まして行く…。
押井守監督「GHOST IN THE SHELL
攻殻機動隊」(1995)は、その革新的な発想と映像美で公開当時、コアなファンからは熱狂的支持を得た(私もその一人)が、あくまでマイナーな位置に留まり、キネ旬ベストテンでは39位(投票したのはわずか4名)と評論家からはほぼ無視されてしまった。ちなみに読者のベストテンでは18位だった。
しかし海外に輸出されると反響を呼び、アメリカ・ビルボード誌のビデオ売上ランキングで1位となる快挙を達成した。また海外の多くの映画作家にも多大な影響を与え、ウォシャウスキー兄弟(当時)監督はこれに触発され、傑作SF「マトリックス」を発表するに至ったのはご存知の通り。毎度の事ながら、日本発の優良コンテンツが日本でよりも海外で先に評価されるパターンが繰り返されるのも困った事なのだが。
士郎正宗の原作も、膨大な情報量を持ったサイバーパンク傑作SFコミックなのだが、主役の草薙素子のキャラクターはややコミカルで、命令に対して「やなこった、へへーん」とおチャラケたり、毎回最後のコマでは、部長に「高給払ってね~」とか「私に有給休暇をー」とシナを作ったりのオチがあったりと、ハードなアクションの中に、結構ユーモラスな描写も交えている。
ところが押井守監督によるアニメ版では、こうしたコミカルさは全く影を潜め、素子が自己の出自とアイデンティティーに悩む等、硬質でダークなトーンに統一されている。ラストでは電脳ネットワークの中で生きる謎の生命体と素子が融合し、素子自身が新しい生命体へと転生するという結末を迎える。
まさにタイトルの持つ意味…“シェル(殻=実体)”の中に“ゴースト(霊的自我)”はどう存在するか、という、実に哲学的なテーマを持った作品なのである(これは原作のラストにも登場する)。そんなわけでこの作品は「2001年宇宙の旅」と並ぶ、時代を先取りした哲学的ハードSFの傑作として高く評価されたのである。これは原作を咀嚼して緻密に再構成した伊藤和典の脚本の力も大きいと言える。
さて、そんな傑作SFを実写映画化した本作、果たしてどんな仕上がりになったのか、期待と不安半々で鑑賞したのだが…。
(以下ネタバレあり)
映画は冒頭から、少佐がどういう経緯で義体の体を持つに至ったか、そして相棒のバドーの眼がなぜレンズの義眼になったのか、という原作にもアニメ版にもない前日譚が描かれる。少佐に義体化をほどこすオウレイ博士(ジュリエット・ビノシュ)も本作のオリジナル人物である。
これは序章としては分かり易いが、その分ポール・ヴァーホーヴェン監督の秀作SF映画「ロボコップ」とほとんどそっくりな出だしとなって、ややオリジナリティに欠けるきらいがないでもない。
少佐の名前が草薙素子でなく、ミラ・キリアンになっているのは、スカヨハが演じている為日本名では具合が悪いからだろう。その分、義体となる前は日本人・草薙素子だったという過去があり、少佐がその記憶をたどって自分の家族を探すというエピソードが追加されている。よってますます同様の展開となる「ロボコップ」にお話が似てしまったのはややマイナス。桃井かおりの登場は嬉しいサプライズだったが。
芸者ロボットの登場も笑える。元ネタは井口昇監督の「ロボゲイシャ」あたりか。その他にも、漢字が混じった和服仕様のCG広告媒体や香港的町並み等、「ブレードランナー」を思わせるビジュアル(注1)も合わせて東洋的なテイストが満載なのは、日本発の原作への敬意か、それともハリウッド映画への資本進出が目立つ中国へのおベンチャラか。
ストーリーの本筋は、クゼと名乗るネット空間を自在に動き回るハッカーが起こす殺人事件を捜査して行く中で、背後に隠された陰謀を少佐たち公安9課が暴いて行くというもの。そこに、自分の出自を探る少佐のエピソードが挟まれ、スリリングで飽きさせない展開でなかなか面白く見られた。
押井監督アニメのエッセンスを、巧みにハリウッド的アクションに消化させた脚本はなかなか健闘している。部分的に、アニメ版の名シーンを、アングルまでそっくりに再現したシーン(ビルの谷間を飛ぶ大型ヘリ、清掃車、水たまりでのアクション、戦車に飛び移りハッチをはがそうとする少佐、等)は、アニメ版ファンには思わず胸が熱くなるだろう。
ただ、押井監督作にあった哲学的な要素は排除され、よくあるハリウッドSFアクションの1本になっているのは、トータルに見れば押井監督作に愛着のあるファンには物足りないかも知れない。私自身もそうしたファンだが、まあこれは仕方がないと割り切った方がいいだろう。もし哲学的要素を盛り込んだなら観客を選ぶ事となり、多分興行的には厳しいものになるだろうから。
その埋め合わせかどうか、押井監督オマージュが結構あるのが楽しい。押井作品に必ず登場するバセット・ハウンド犬がやっぱり登場するし、少佐の母(桃井かおり)が住む高層アパートの名前が「アヴァロン」というのもニヤリとさせられる(「アヴァロン」は押井監督の実写作品のタイトル)。エンドロールに、押井版の川井憲次作曲のテーマ曲とそっくりな曲(原曲を使用?)が流れたのも嬉しい。
ラストが、押井版アニメの冒頭シーンと同じ、熱光学迷彩スーツでビルを飛び降りるシーンで終わっているのもオマージュを感じさせておおっと唸りたくなるし、これで続編の可能性も匂わせている辺りがうまい。
ただ、少佐が装着する熱光学迷彩スーツが、まるで相撲コントの着ぐるみみたいに見える(笑)のはやや興醒め。アニメ版ではもう少しエロいデザインだったし(右)。
ビートたけし扮する荒巻は、じっと構えている原作と違ってガン・アクションがあるのは、「アウトレイジ」などのアクション映画を作り主演したたけしへのリスペクトだろうか。ただ、日本語のセリフが聞き取れないのは難。つい英語の字幕の方を読んで補完してしまった(笑)。あちらの役者に英語で吹き替えさせた方が良かったかも知れない。
なお、クレジットではたけしは「"Beat" Takeshi Kitano」と表記されていた。あちらでは「北野武」の名前の方が有名だからか。
ついでだが日本語吹替え版では、アニメと同じ、田中敦子、大塚明夫、山寺宏一らが吹替えを担当しているのも嬉しいサービス。アニメ・ファンには日本語吹替え版をお奨めする。
そんなわけで、これは良くも悪くもハリウッド製の「ブレードランナー」+「ロボコップ」を思わせるSF近未来アクションとして観ればそれなりに楽しめる作品である。士郎正宗原作や押井守監督作品を知らない人には十分面白いし、アニメ版ファンには、オマージュ部分を見つけて楽しむ方向にシフトチェンジして鑑賞する事をお奨めしたい。 (採点=★★★★)
(注1)
押井監督のアニメ版にも、「ブレードランナー」的な香港を思わせる町の風景が登場する(下)。
DVD「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」 |
同・Blu-ray |
原作コミック「攻殻機動隊」(1) |
同・「攻殻機動隊」(2) |
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