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2017年6月 6日 (火)

「メッセージ」

Arrival2016年・アメリカ
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
原題:Arrival
監督:ドゥニ・ビルヌーブ
原作:テッド・チャン
脚本:エリック・ハイセラー
製作:ショーン・レビ、ダン・レビン、アーロン・ライダー、デビッド・リンド
製作総指揮:スタン・ブロドコウスキー、エリック・ハイセラー、ダン・コーエン、カレン・ランダー、トーリー・メッツガー、ミラン・ポペルカ

ネビュラ賞を受賞した、米作家テッド・チャンの短編SF小説「あなたの人生の物語」の映画化。監督は「複製された男」「ボーダーライン」のドゥニ・ヴィルヌーヴ。主演は「アメリカン・ハッスル」のエイミー・アダムス。共演は「ハート・ロッカー」のジェレミー・レナー、「ローグワン/スター・ウォーズ・ストーリー」のフォレスト・ウィテカーなど。第89回アカデミー賞で作品賞を含む8部門にノミネートされ、音響編集賞を受賞した。

ある日、突如として地球各地に黒い大きな宇宙船のような物体が出現する。言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)は、ウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー)の依頼で、物理学者のイアン(ジェレミー・レナー)と共に、謎の知的生命体が発する言語を解読し、意思疎通をはかる役目を担うこととなる。異星人は人類に何を伝えようとしているのか。ルイーズたちは少しづつその謎を解明して行くが、進展しない情勢に業を煮やして攻撃をかけようとする国も出て来て、事態は一触即発の危機に近づいて行く…。

SF映画にはいろんなジャンル、パターンがある。「スター・ウォーズ」「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のような誰が観ても楽しめる通俗娯楽アクションもあれば、人類の滅亡・終末を描いた「渚にて」「地球最後の男」もあり、「宇宙戦争」「インディペンデンス・デイ」に代表される宇宙人侵略もの、後述するが異星人とのファースト・コンタクトもの、「ターミネーター」のような終末戦争とタイムトラベルを組み合わせたものもあれば、「エイリアン」「ザ・フライ」のようなホラーものもあったりと、多岐にわたる。

そんな中で、1つのジャンルとしてあるのが、、「2001年宇宙の旅」に代表される、哲学的で荘厳なイメージを持った作品群である。

最近では、クリストファー・ノーラン監督の「インターステラー」なんかがそのジャンルの秀作だった。こういうジャンルの映画は好きである。観た後もいろいろと考えさせられ、知的好奇心をくすぐられるからである。

本作もまさしく、そんな哲学的SF映画の傑作である。

(以下ネタバレあり)

ポスターやチラシでも大きく描かれている、巨大な宇宙船のデザインが面白い。これまでSF映画に登場した宇宙船とはまったく違う、真っ黒で直立して、窓もなく、そもそも宇宙船かどうかも怪しい。しかも着地してなくて、地上数メートルの所に静止し浮いている。
実にシュールなデザインとコンセプトである。これでまずおおーっと唸らされた(注1)
なんとなく、「2001年宇宙の旅」に登場する黒い石板=モノリスを思わせたりもする。これは期待出来るのではないかと思った。

で、前述した、異星人とのファースト・コンタクトものというジャンルについて。
これは本数はそう多くないが、“地球人に友好的で自分の方からは攻撃して来ない、おとなしい異星人が登場する”タイプの作品であり、代表的なものに「地球の静止する日」とか「未知との遭遇」などがある。
さらにその中で、異星人の姿は見えねど、何らかの、人類を見守っているかのような知的生命体とコンタクトするという作品もある。「2001年宇宙の旅」はまさにそんな作品だったが、題名そのままの「コンタクト」(ロバート・ゼメキス監督)もそうである。本作は、異星人とのファースト・コンタクトものでありながら、どちらかと言えばこちらのタイプに近い作品であるという所がユニークである。

ある日、世界の12の場所に謎の宇宙船が現れ、どうやら地球人とコンタクトを取りたい様子。だがそこから発せられる音や波動は地球人に理解不能のもの。そこで軍は言語学者であるルイーズにその解明の協力を依頼する。

物理学者のイアンと共に宇宙船内部に入ったルイーズは、船内で異様な7本足の異星人2体とコンタクトし、彼らが発する丸い文字(?)を解読すべく試みるが、時間は経過するばかり。
彼らが地球にやって来た目的は何か、異星人は地球人に何を伝えようとしているのか。人々は疑心暗鬼になり、混乱し、遂にはしびれを切らし、先制攻撃をかけようとする国まで出て来る。

こうした、深まる謎、得体の知れないものへの畏怖、といったサスペンス的な部分もあるが、本作が描こうとしているのは、人間とはまったく異なる文化・言語・思想を持っているであろう未知の生命体が現れた時、我々人間はどう考え、どう行動するのか。そこから読み取れるのは、“人類は宇宙全体にとって如何なる存在であるのか”という、人間というものの本質に迫る壮大な問いかけである。

これはまさしく、哲学的とも言える命題であろう。

ルイーズは懸命に異星人(7本足だからヘプタポッド(7本脚)と呼ばれるようになる)の言語を解明しようとするが、それは墨のようなもので描かれた、パターンの異なる丸い図形を組み合わせたものである。人類が保有している言語の概念とは根本的に異なるコミュニケーション・ツールである。

まあ例えば、英語はたった26文字のアルファベットを組み合わせて単語を形成しているが、日本や中国で使われる漢字は、1文字でも意味を持っており、その数は何万語にもなる。同じ地球に住んでいてもこれだけ文字の概念が異なるのだから、異星人の世界では我々が想像も出来ない言語体系を持っていても当然だろう。

さらに、ヘプタポッドたちの世界では、時間という概念もまったく異なっている事も判る。我々の世界では、時間は過去から未来へと時系列的に流れているが、彼らの世界では、時間は流れるものではなく、すべて同じ座標軸にあるのだという。

確かに、我々が使う時間というものは、地球の自転に合わせて作られたもので、あくまで地球人独自のものである。ヘプタポッドたちが住む天体では、われわれの星とは時間の流れが異なっても当然ではあるのだが、それにしてもである。

ルイーズは、彼らの言語を解読して行く過程で、まさに宇宙的な理念を学んで行く。未来に起きる事も、ヘプタポッド世界的な時間の概念を獲得、あるいは植え付けられる事で知る事となる。
そうした理念と、知り得た未来の情報を使って、やがて彼女は一触即発寸前であった世界の危機を救うに至るのである。

 
観終わって深い感銘を受けた。過去に観て来たどのファースト・コンタクトものとも異なり、奥行きの深さを感じさせられた。

単なるSFドラマには収まらない、広大な宇宙の中における、人間の存在の意味も問いかけられた気がする。
本作の異星人たちは、「2001年宇宙の旅」における、モノリスを通して人類を導く知的生命体と同じような位置付けをしてもいいだろう。
まさしく、「2001年-」に並ぶ、哲学的SF映画の秀作である。

 
そして本作には、異星人コンタクト・テーマと並ぶ、もう一つの重要なテーマがある。
テッド・チャンによる原作は、「あなたの人生の物語(Story of Your Life)」という、SFらしからぬタイトルである。このタイトルが示す意味もまた深い。

「あなた」とは、ルイーズのこれから生まれてくる娘、ハンナであり、彼女は25歳で死ぬ事をルイーズは予知能力で知っている。
それを知った上で、それでもルイーズはその運命を受け入れ、ハンナを産み、育てて行く事を決心する。「あなた」とは、ルイーズ自身をも指しているのだろう。

ここでも、“時間”というものが関連して来る。
人生とは、まさに数十年の、時間の流れである。我々の人生は、ヘプタポッドの世界とは違って過去に戻る事も、未来を覗く事も出来ない。真っ直ぐに流れて行くだけである。
その短い一生=人生という時間を、人間は悩み、試行錯誤しながらも、前に向かって進んで行く。過ぎた事を悔やんだり、また未来に希望を抱きながら、精一杯今を生きて行くのである。
時間の流れに沿って、前へだけ進んで行くからこそ、人生はかけがえのない、尊い存在と言えるのである(注2)

 
監督のドゥニ・ビルヌーブはカナダ出身で、これまでも「プリズナーズ」「ボーダーライン」と、派手さはないが見応えのある秀作を作って来た。

私が特に気に入っているのが、「複製された男」 (2013)で、或る日自分の前に何もかも自分とそっくりな男が現れ、混乱して行くお話で、最後は妻がある物に変身してしまう不思議な作品。
いわゆるドッペルゲンガーものだが、それだけでも説明出来ない、やや難解な作品であるが、ビルヌーブ監督の演出マジックに魅了され、私はあれこれ考えさせられ、楽しんだ(詳細は作品評参照)(注3)。今とても気になる作家の一人である。

ビルヌーブ監督の次回作は本年公開予定の、これもSF映画の金字塔の続編となる「ブレードランナー 2049」。これも楽しみである。   (採点=★★★★★

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(注1)
この宇宙船の映像を見て連想したのが、シュールで幻想的なイメージの絵画で知られる、ルネ・マグリットの作品、巨大な岩が中空に浮いている「ピレーネの城」(下右)である。
下左は本作の1シーン(ロシア上空に出現)である。どちらも巨大な物体が空中に浮遊している不思議なビジュアルである。

Magritt1_2

宇宙船というより、巨大な黒いにしか見えないこの宇宙船のデザインは、案外マグリットのこの絵を参考にしているのかも知れない。

ちなみにマグリットについては、“「言葉とイメージ」の問題を追求した作家”とも言われている。
本作も、「言語」が重要なキーワードである。ビルヌーブ監督は、マグリットの絵の愛好家なのかも知れない。

(注2)
ちょっと脱線というかお遊び的な発想なのだけれど、
時間の流れを無視して過去、未来を自由に行き来できるヘプタポッドの時間の概念って、DVDで映画を観るのと似ているように思う。

DVDも、チャプター検索によってどんな時間帯にもランダムに、また何度でも飛べるし、巻き戻し、早送りで過去にも未来にも自由に行ける。

そう考えると、時間軸通りにしか進めない我々地球の時間は、映画館で映画を観るのと似ている。
早送りも、巻き戻しも出来ないし、止める事も出来ず、前に進むだけである。その分、見落とさないようしっかりと画面に向かい合い、真剣に見る事が要求される。

DVDは自由に時間を操作出来るという便利さもあるけれど、真剣に見ないで、見落としたら巻き戻せばいいと安易な気持ちで鑑賞してしまう事が多い。だからあまり頭に入って来ない。

人生も同じで、元に戻れない(巻き戻せない)からこそ、刻一刻を大切に生きようという気持ちが生まれるのである。

やはり、映画は映画館で観るべきものである、と改めて思った(なんのこっちゃ(笑))。

(注3)
この映画「複製された男」の中盤、とても不思議なシーンがある。なんと、巨大な蜘蛛が都市の中空に佇んでいる、シュールな映像である(下)。

Enemy03

まるで宇宙からやって来た巨大な宇宙船のようにも見える。足は1本多いけれど、細身のヘプタポッドの様でもある。これ、SF映画が撮りたかったというビルヌーブ監督の、本作への目配せなのかも知れない。

 
(さらに、お楽しみはココからだ)

イアンは、2体のヘプタポッドたちに親しみを込めて「アボット」「コステロ」という名前を付けるのだが、これは1940~50年代に活躍したアメリカのお笑いコンビ「アボット&コステロ」から拝借している。この2人は多くのコメディ映画に主演しているが、日本で公開された彼らの主演作品にはすべて「凸凹○○」という邦題が付けられた。

Dekobokokaseitankenで、彼らコンビ主演作の最後の作品となったのが「凸凹火星探検」(1953:チャールズ・ラモント監督)。間違って彼らが火星行きの宇宙船に乗ってしまう事で起きるドタバタ・コメディだが、題名に偽りありで実際に彼らが到着するのは金星で、そこは美人の女性ばかりの星だったというお話。

まあそれはいいとして、「火星」と聞けば、あのH・G・ウェルズ原作「宇宙戦争」に登場するのが火星人。
Waroftheworldその原作本の挿絵として書かれた火星人の容姿(右)が“タコに似ている”として話題になった。

本作の異星人・アボットとコステロの形状が、7本足でやはりタコを思わせるのは、このウェルズの火星人に影響を受けている可能性がある。

も一つおマケ。
その「宇宙戦争」に登場する、火星人が操縦する巨大な3本足の戦闘マシンを、地球人は、トライポッド”(3本脚)と呼んでいる。
つまりは、本作の異星人がタコに似ているのも、彼らを“ヘプタポッド(7本脚)”と呼んでいるのも、どちらも「宇宙戦争」から影響を受けている可能性が高い。

そんなわけで、イアンがヘプタポッドに“アボットとコステロ”と名付けたのも、「宇宙戦争」→「火星」→「凸凹火星探検」…という連想ゲームで思いついたのかも知れない。

   

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コメント

これはいい映画でした。
エイミー・アダムスを始め俳優陣も演出もいいです。映像も美しい。
やはりお話がいいですね。SFとして良くできていますが、まさに「あなたの人生の物語」。
原作も読んでみたいと思います。

投稿: きさ | 2017年6月 7日 (水) 05:59

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