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2017年7月13日 (木)

「ハクソー・リッジ」

Hacksaw_ridge2016年・アメリカ・オーストラリア合作
配給:キノフィルムズ
原題:Hacksaw Ridge
監督:メル・ギブソン
脚本:ロバート・シェンカン、アンドリュー・ナイト
製作:デヴィッド・パーマット、ビル・メカニック、ブライアン・オリヴァー、ウィリアム・D・ジョンソン、ブルース・デイヴィ、ポール・カリー、テリー・ベネディクト

第二次大戦下、激烈を極めた沖縄戦における知られざる実話の映画化。監督は「ブレイブハート」「アポカリプト」のメル・ギブソン。主演は「沈黙 サイレンス」のアンドリュー・ガーフィールド。共演は「アバター」のサム・ワーシントン、「マトリックス」シリーズのヒューゴ・ウィーヴィング、「君がくれた物語」のテリーサ・パーマーなど。

ヴァージニア州の田舎町で育ったデズモンド・ドス(アンドリュー・ガーフィールド)の父トム(ヒューゴ・ウィーヴィング)は、第1次世界大戦の後遺症から酒におぼれ、家族にも暴力を振るう日々。父に唆され弟と殴り合いをしたデズモンドは、やり過ぎて弟を死なせかけ、その反省から聖書の「汝、殺すことなかれ」の教えを忠実に守ろうと心に決める。やがて第2次大戦が激化、デズモンドは陸軍に志願するが、訓練でも絶対に武器に触れようともしない彼は、グローヴァー大尉(サム・ワーシントン)や仲間の兵士たちから臆病者とののしられ、苛められるが、それでも頑なに銃を取らなかった。軍は命令拒否として彼を軍法会議にかけようとするが、父の助けもあって、やがて衛生兵として従軍する事を認められる。そしてデズモンドたちの部隊は、激戦の沖縄・前田高地、通称ハクソー・リッジの戦いに参加する事となる…。

ついこの間観た「ブラッド・ファーザー」で役者としても完全復活したメル・ギブソン。今度は10年ぶりの監督作である本作で、遂に監督としても完全復活を果たしたようだ。ファンとしてまことに喜ばしい限り。

さて本作は、あまり知られていない、夥しい死者が出た沖縄の戦場で誰も殺さず、75人の命を救った実在の人物、デズモンド・デスの実話の忠実な映画化である。
戦史には多少興味があるが、この話はまったく知らなかった。

メル・ギブソンは、自身の監督作「ブレイブハート」「パッション」「アポカリプト」等で、常に、人間の持つ暴力性、残虐性を過剰なまでの人体破壊描写、残酷描写によって描いて来た。「パッション」ではそれに加え、どんなに痛めつけられようとも、苦痛に耐え、自分の信念を曲げず、神に殉ずるイエスの姿を描いた。

本作も、敬虔なクリスチャンであるデズモンドは、訓練でも銃を持とうとせず、その事で同僚から虐めを受けてもじっと耐え、自分の信念を貫き通すし、後半舞台が沖縄・ハクソー・リッジに移ってからは、地獄のような戦場の修羅場をこれでもかと言わんばかりに凄絶に描く。足がもげ、内臓が飛び散り、火炎放射器で焼き殺されて行く残虐描写は目を背けたくなる。

そういう点では、まさにメル・ギブソンが監督として一貫して描いて来たテーマと一致する作品であるが、元々はプロデューサーのビル・メカニックがメルの所に持ち込んだ企画だそうで、なんとも不思議なめぐり合わせとも言えるが、あるいはプロデューサーが、これを描けるのはメル・ギブソンしかいないと判断したのかも知れない。
ともあれ、監督としての復活を目指そうとしていたメルにとってはこれぞ千載一遇のチャンスであり、まさに神の啓示であったのかも知れない。

 
映画は、デズモンド・トスという男が、なぜ聖書の“汝、殺すなかれ”の教えを忠実に実行し、戦線に赴いても絶対に銃を取らないと心に決めるに至ったかを、少年時代のエピソードに始まり、きめ細かく描いて行く。

しかし彼は、反戦主義者でもなく、兵役拒否者でもない。進んで軍隊に入り、訓練にも参加する。ただし銃は取らない。ここがユニークな点でもあり、またデズモンドという人物の複雑さでもある。

上官や同僚たちにはその心理が理解出来ない。だから執拗な苛めに会う。「戦いたくないのなら除隊志願して田舎に帰れ」とも言う。だがデズモンドは軍隊に留まる。
その彼の本音は、「戦争には参加する。ただ、敵を殺すのではなく、味方の命を救いたい」その1点である。

そしてデズモンドは、実際に多くの命が失われて行く戦場の真っ只中で、その信念を実行し続け、命の危険を顧みず、75人の命を救った。その中には日本兵もいた。
敵も味方もない、助かる命があるのなら、誰であろうと助ける、ただその思いだけで行動した。

その行動に、デズモンドを臆病者だと言っていた仲間たちも、上官のグローヴァー大尉も、深く心打たれる。こうしてデズモンドは真の英雄となる。

戦後、デズモンドは良心的兵役拒否者としてはアメリカ史上初めての名誉勲章を授与される(実際は“兵役拒否者”ではないのだが)。

まさに美談であり、感動の物語として映画は締めくくられる。

 
そして一方では、戦争の過酷さ、残酷さを余す所なく描写する。ここはまさにメル・ギブソンの真骨頂である。
火器、爆弾で人体が破壊される描写だけには留まらない。凄いと思ったのは、放置された死体にウジがタカり、またネズミが死体を齧る所まできちんと描写している点である。
しかしこれは誇張ではない。戦場の実態はその通りなのである。いや、もっと残酷であるかも知れない。その事を、逃げる事なく正面から描ききったメル・ギブソンは本当に凄い映画作家だと思う。

感想を述べる方の中には、メル・ギブソンは人体破壊描写を楽しんでいるのでは、と書いている方もいるようだが、私はそうは思わない。

もしメルが単に残酷趣味であるなら、例えば殺人鬼が人を残酷に殺しまくったり、エイリアンが人間を惨殺するようなホラー・スプラッター映画をを作ったりするだろう。
だがメルが作って来た映画は、どれも実際に起きた事件、戦闘の実話、または実話を基にした物語の映画化ばかりである(イエスが残酷な仕打ちを受けたという話は実話かどうか分からないが、キリスト教信者は実話だと信じている)。

歴史の上で、人類は絶えず殺戮、残虐行為を繰り返して来た。今の時代も、IS(イスラム国)戦闘員は実に残虐な行為を行っている。
そうした人類が犯して来た暴虐行為をありのままに描く事で、メル・ギブソンは人間の内に潜む残虐性、罪深さを鋭く批判しているのだと思う。

 
映画はよく出来ているし、本年を代表する秀作であるのは間違いない。

だが単純にこの映画を“戦場で人の命を救った男の美談”と感動するだけでよいのだろうか。

ハクソー・リッジの戦いも含めた、沖縄戦では、日本側の死者数188,136人(うち沖縄県出身者122,228人)、アメリカ側の戦死者は12,520人にのぼった。(1976年年3月、沖縄県援護課発表による)

この膨大な死者数に比して、デズモンドが救った命の数はたった75人。アメリカ兵死者総数の100分の1にも満たない。

互いに殺し合い、夥しい数の命が失われて行く戦場で、ほんの僅かの命を救ったとて、それはデズモンド一人だけの自己満足に過ぎないのではないか…と言えば厳しすぎるだろうか。少なくとも、単にデズモンドの行為を称え、賞賛するだけで終わってはいけないのである。

第二次大戦が終結するまでには、さらに多くの命が失われて行った。戦争終結を早める為として、アメリカは広島、長崎に原爆を落し、数十万人の命を奪った。
“汝、殺すなかれ”の聖書の言葉が空しく思えてしまう。

デズモンドの勇気ある行動は感動的ではあるが、その事にアメリカ人が心うたれ、命の大切さ、人の命を奪う事の愚かしさを肝に銘じたとはとても思えない事は、その後の歴史(ベトナム、アフガン、イラクetc..)を見れば自明である。

戦争とは何と大いなる矛盾に満ちている事か、宗教は人を救えるのか、人間とはいかなる存在であるのか…。考え、自問するべき事は、あまりに多い。そういう事まで考えさせられた点においてこそ、私は本作を評価したいと思う。    (採点=★★★★☆

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コメント

> もしメルが単に残酷趣味であるなら、例えば殺人鬼が人を残酷に殺しまくったり、エイリアンが人間を惨殺するようなホラー・スプラッター映画をを作ったりするだろう。

メルがリアルな人間や設定でないと興奮できない筋金入りの変態という可能性は残ってますが。

投稿: ふじき78 | 2017年7月16日 (日) 22:55

◆こんばんは、ふじき78さん
>メルがリアルな人間や設定でないと興奮できない筋金入りの変態という可能性…

お説の通りだとすると、ヒッチコックの実話を基にした「サイコ」とか、これもトビー・フーパー監督が実話を映画化した「悪魔のいけにえ」(原題:テキサス・チェーンソー・マサカー)みたいな映画も作りそうな気がするのですがね。
まあ私に言わせると、天才的な映画監督はみんな変態だと思いますよ。映画「ヒッチコック/トリュフォー」の中でデヴィッド・フィンチャーは「めまい」を「美しい変態映画だ」と語ってるのですが、その本人が「セブン」のような筋金入りの変態映画作ってますからね(笑)。
メルもDV等で騒ぎ起こしましたが、ヒッチコックは「鳥」「マーニー」で起用したテイッピ・ヘドレンに執拗なセクハラを迫ったと暴露されてますね。変態チャンピオンを競ったら、メルもヒッチには敵わないでしょう。

投稿: Kei(管理人) | 2017年7月17日 (月) 01:18

いつもTB有難うございます。今月からライブドアブログでトラックバック機能が廃止されました。6月以前のものはTBはもらえるようですが、TBを返すことができなくなりましたので申し訳ございません。ですが、今後ともよろしくお願いします。

投稿: 佐藤秀 | 2017年7月18日 (火) 14:26

◆佐藤秀さん
いつも読ませていただいております。連絡ありがとうございます。
ライブドアではTBが出来なくなったのですね。残念です。他の方からも連絡いただいております。いろいろ事情があるのでしょうが、他の多くのブログ運営会社では問題ないのですから、なんとかTB機能は残して欲しかったですね。ともあれ、貴ブログへは今後もお邪魔します。よろしくお願いいたします。

投稿: Kei(管理人) | 2017年7月22日 (土) 17:43

年初に父が亡くなりました。
これがあって時間的余裕が無かったことと、気が乗らなくてあまり映画を観てません。
ですが、「ハクソー・リッジ」は今年のベスト級。「沈黙サイレンス」と並んで、今年はアンドリュー・ガーフィールドの年です。

日本映画は、ダントツで「彼女の人生は間違いじゃない」
これぞ正しくポスト311映画です。

投稿: タニプロ | 2017年8月 5日 (土) 21:33

◆タニプロさん、お久しぶりです。
お父上のご逝去、お悔やみ申し上げます。
私の所も、母が3月に亡くなりまして、いろいろ大変でした。

「ハクソー・リッジ」「彼女の人生は-」はいずれも私のベストテン入選候補です。
ただ日本映画が、昨年はベストワン級の作品が目白押しだったのに、今年はこれといった強力な作品が不在なのが残念ですね。
後半に期待しましょうか。

投稿: Kei(管理人) | 2017年8月 6日 (日) 19:06

この映画は試写で見ました。
さすがメル・ギブソン、力のある映画でした。
主人公を演じるのはアンドリュー・ガーフィールド、他にサム・ワーシントン、ヴィンス・ヴォーンなどが出演しています。
主人公の父親役のヒューゴ・ウィーヴィングは久しぶりに見たかな。
奥さん役のテリーサ・パーマーはウォーム・ボディーズが印象に残っています。
撮影もオーストラリアで行われたそうで、オーストラリアの俳優が多いですね。
俳優は好演していましたね。
沖縄での激戦を描く戦闘シーンはかなりリアルなのでそういう描写が苦手は人は注意。
日本軍の描き方もそれほど変ではなかったかな。

投稿: きさ | 2017年8月13日 (日) 07:28

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