「ハイドリヒを撃て!『ナチの野獣』暗殺作戦」
第二次世界大戦下の1942年。ヨーロッパのほぼ全土に占拠地域を拡大していたナチス・ドイツで、ヒトラーの後継者と呼ばれたナチス第三の実力者であるラインハルト・ハイドリヒは、欧州でユダヤ人の根絶を推進していた。イギリス政府とチェコスロバキア亡命政府はハイドリヒ暗殺計画を企て、その命を受けたヨゼフ(キリアン・マーフィ)、ヤン(ジェイミー・ドーナン)ら7人の暗殺部隊が、パラシュートによってチェコ領内に降下した。ヨゼフたちはプラハの反ナチス組織や家族と接触、暗殺計画を着々と進め、そして遂に計画実行の日がやって来た…。
ナチス・ドイツ関連映画は、ナチス壊滅後72年を経過した現在もなお少なからず作られている。
本年に限っても、正月の「ヒトラーの忘れもの」、「ヒトラー最後の代理人」、「アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男」、「ヒトラーへの285枚の葉書」と続き、そして本作の登場である。
戦争の忌まわしい記憶は、特にナチスの残虐な行為は、決して風化してはならないという事だろう。
特に最近、過激なナショナリズムを煽る政治家やリーダーが台頭し、かつそれらに国民が熱狂したりという、きな臭い空気が広まっている今の時代、こうした映画が作られる事は意義があると思う。
(以下ネタバレあり)
ラインハルト・ハイドリヒは、ヒトラーの後継者とも目され、ユダヤ人の大量虐殺を推進した冷酷な人物で、別名“金髪の野獣”とか“プラハの虐殺者”とも言われたそうだ。
ロンドンに亡命していたチェコスロバキア政府は、ヨゼフたち特殊部隊に、ハイドリヒ暗殺のミッションを与える。暗殺部隊のメンバーは7人だが、映画は主にヨゼフとヤンの二人だけに焦点を絞り、チェコ国内のレジスタンス組織にも協力を仰いで暗殺計画を進めて行く。
前半はハイドリヒの行動パターン情報を収集するプロセスや、チェコ内のレジスタンス組織の中にも暗殺に反対する者がいて議論になったりする様子が描かれ、静かな中にも緊迫した空気が流れる。
暗殺反対派は、「暗殺を実行すれば、報復で市民が皆殺しにされ、チェコという国が地図から消えるかも知れない」と懸念する。ナチスの残虐さからそれは大いにあり得るだろう。
それに対しヨゼフは、「愛国者なら、国のために命を落とす覚悟が必要だ」と主張する。
これは難しい問題である。どちらも正論であるだけに。
特に、その背景にあるのは、連合国側になんとかチェコへの全面的協力を求めたい亡命チェコスロバキア政府の思惑である。もしかしたら、報復で何千人のチェコ市民が殺されようとも、それによって連合国の同情を呼び起せれば成功だとチェコ政府は考えているのかもしれない。
遠く離れてロンドンにいる亡命政権首脳にとっては、自分たちが安全な場所にいるからこそ国民を危険に晒す無謀な計画も平気で立てられるわけである。第二次大戦中の、十代の若者を特攻で死地に追いやった日本軍部を思い起こさせる。
そう考えると、ゾッとさせられる。
そうした緊迫した物語の合間に、ヨゼフは連絡係のレンカ(アンナ・ガイスレロヴァー)と、ヤンは協力者の家のお手伝いマリー(シャルロット・ルボン)とそれぞれ恋愛関係となるエピソードが挟み込まれ、心をなごませる。
やがてハイドリヒがプラハを離れるとの情報が入り、決行するのは今しかないと、ヨゼフたちは遂に暗殺を実行する。
銃が詰まったりのトラブルはあったものの、なんとかハイドリヒ暗殺は成功する。
だが予想した通り、ナチスの凄絶な報復が開始される。市民が次々処刑され、暗殺犯の情報提供者には高額の懸賞金を与える告知も掲示される。
そして密告から、レジスタンス派の人間が捕えられ、過酷な拷問に耐えられず白状、かくしてヨゼフたち7人が匿われている教会がナチス軍隊によって包囲され、教会内での壮絶な銃撃戦が展開される事となる。
このラストの戦闘シーンはかなりの迫力。ナチス側は重火器に地下室への水責めと容赦ない攻撃を行い、ヨゼフたちは追い詰められ、全員悲惨な最期を遂げるに至る。
このシーンで、自決しようとしたヨゼフの前に、彼が密かに愛していたレンカの姿が幻想で現れるシーンが涙を誘う。
ラストに字幕で、7人の名前がゆっくりと表示され、そして続けて字幕で「報復として殺されたプラハ市民は5,000人を超えた」と出る。
このナチスの壮絶な報復を受けて、「チャーチルは、自由のために戦ったチェコを重要な同盟国と認めた」と続く。
亡命政府の思惑通りとなったわけである。
戦争は残酷なものであり、多くの人の命が失われてゆくものである事は分かる。
だが、ここで描かれるのは、国家の政治的駆け引きによって、おびただしい数の市民が犠牲になったという事実である。
そうした結果を予測しながらも、国家の命令によって命を散らして行くヨゼフたちの運命の過酷さ。
国家は、国民を守る存在であるべきなのに、国家の存続のために国民を犠牲にするという、大いなる矛盾。
彼らの戦いは、本当に正義だったのか。事実を冷徹に描きながら、映画は疑問を我々に投げかけているのである。
ややセピアがかった、くすんだ色調がドキュメンタリーのような効果をもたらしているのがいい。実際にプラハで現地ロケしたこともあって、まさに我々観客もそこにいるかのような臨場感がある。
原題の「エンスラポイド」とは作戦名の暗号で、意味は「類人猿」である。
これも皮肉である。戦争とは野蛮で、人間というより動物並みの愚かな行いである、という意味も込められている気がする。
ショーン・エリス監督の渾身の演出、そして歴史の非情さに、観終わってもしばらくは立てないほどである。ズシンと心に響いた。
今年は「ハクソー・リッジ」という秀作があったが、本作も本年を代表する戦争秘話の秀作であると言える。ミニシアター系なので公開規模は小さいが、是非多くの人に観ていただきたいと願う。 (採点=★★★★☆)
(付記)
このハイドリヒ暗殺計画の史実は、実はこれまでにも2度映画化されている。本作は3度目の映画化という事になる。
最初はフリッツ・ラング監督の「死刑執行人もまた死す」(1943)。なんと暗殺があった翌年、まだナチスが勢いがあった第二次大戦中に作られているのだから凄い。
脚本には劇作家のベルトルト・ブレヒト(「三文オペラ」等)も参加している。私は見ていないが、ブレヒトらしく、暗殺後のチェコ国民の抵抗ぶりを描いているらしい。
2度目は1975年公開のルイス・ギルバート監督「暁の7人」。これも見逃しているが、内容は本作とほとんど同じ。主役も本作と同じ、ヨゼフとヤンである。
ただ監督が、007映画を3本も撮ったルイス・ギルバート監督で、製作国もアメリカなので、おそらくは当時多く作られていた「荒鷲の要塞」などの勇ましい特殊部隊ものの1本であったのだろう。まあ「荒鷲の-」ほど派手ではないだろうが。
本作は、当事者国であるチェコとイギリスの合作であるので、かなり史実に忠実に、特に犠牲となったチェコ市民を悼む気持ちが込められているように思う。見比べてみるのもいいかも知れない。
DVD「死刑執行人もまた死す」
DVD「暁の7人」
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