「ベイビー・ドライバー」
2017年・アメリカ/トライスター=ワーキングタイトル
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
原題:Baby Driver
監督:エドガー・ライト
脚本: エドガー・ライト
製作:ニラ・パーク、エリック・フェルナー、ティム・ビーヴァン
製作総指揮:エドガー・ライト レイチェル・プライアー、ジェームズ・ビドル、アダム・メリムズ、ライザ・チェイシン、ミシェル・ライト
撮影:ビル・ポープ
“逃がし屋”天才ドライバーの青年の活躍を描くクライム・カー・アクション。監督は「ショーン・オブ・ザ・デッド」、「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」などで知られるイギリス出身のエドガー・ライト。本作がハリウッド・デビュー作となる。主演は「きっと、星のせいじゃない。」のアンセル・エルゴート、共演に「シンデレラ」のリリー・ジェームズ、その他「メン・イン・キャット」のケヴィン・スペイシー、「ANNIE アニー」のジェイミー・フォックスとアカデミー賞受賞の実力派が脇を固める。
ベイビー(アンセル・エルゴート)は天才的なドライビング・テクニックで犯罪者の逃走を手助けする「逃がし屋」が本業。彼は子供の頃の交通事故が原因で耳鳴りに悩まされ続けていたが、音楽を聴くことで耳鳴りが消え、驚くべき運転能力を発揮するようになったのだ。ベイビーは組織への借金を返す為この仕事を続けて来たが、ある日、ダイナーのウェイトレス・デボラ(リリー・ジェームズ)と運命的に出会い、彼女に恋するようになった事で、次の仕事で借金完済後、逃がし屋から足を洗う事を決心する。だが、ベイビーの才能を惜しむ犯罪組織のボス、ドク(ケヴィン・スペイシー)は、さらに大掛かりな仕事を彼に依頼する…。
エドガー・ライト監督作は、最初に観た「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」(2007)がすごく面白かったので注目していた。これは最初劇場未公開のままDVDスルーとなるはずだったが、熱心なファンが署名活動を行ったおかげで小規模ながら劇場公開されるに至ったという経緯がある。
これでエドガー・ライト監督の事が気になって調べたところ、商業監督デビュー作のホラー・コメディ「ショーン・オブ・ザ・デッド」(2004)がやはり劇場未公開で、DVDが出ていたので、レンタルして観たが、これもまた素敵な秀作だった。
こんな面白い映画を立て続けに監督したのに、1作目が本邦未公開、2作目もあやうく劇場未公開になりかけるなんて、なんとも不運だが、コアなファンが持ち上げてくれたり、雑誌「映画秘宝」が特集を組んだりした事もあって、映画ファンの間では注目の人気監督になって行った。
だがその後は、コミックの映画化「スコット・ピルグリムVS邪悪な元カレ軍団」(2010)はいま一つ面白くなく、2013年の「ワールズ・エンド/酔っぱらいが世界を救う!」はまあまあだったが1、2作目の面白さには及ばなかった。
そんなエドガー・ライト監督が、熱心なオファーもあってハリウッド進出を果たし、1作目よりトリオを組んで来たサイモン・ペッグ(脚本・主演)、ニック・フロストとも別れ、一種の背水の陣で望んだであろう本作、観る前から期待8割、不安2割といった所で鑑賞したのだが…。
(以下ネタバレあり)
これは面白い!
カーアクション映画という事もあって、多分面白いだろうとは予想していたが、その予想を遥かに上回る、見事な快作になっていた。
のっけから、音楽のテンポに合わせたリズミカルな編集におおっと思ったし、主人公ベイビーが聴くipodの音楽とアクションがピタリ、シンクロするアクション演出には、こっちもノリノリの気分にさせられ、興奮しっ放し。
特に冒頭、銀行強盗一味を待つ間に、ベイビーが音楽に合わせ、ボディを叩き、体を動かし、自分でも歌い出すシーンは、まるでミュージカルの1シーンを思わせる。
ご丁寧に、ワイパーまで音楽とシンクロして動く(笑)。
本作のキャッチコピーに“カーチェイス版「ラ・ラ・ランド」”とあるが、言いたい事は分かるけれど、本年のヒット作「ラ・ラ・ランド」にあやかってるみたいであまり気に入らない。「ラ・ラ・ランド」は正真正銘ミュージカルであるが、本作は音楽のビートとスピーディなアクション演出が相乗効果的に見事に融合した、全く新しいタイプの映画である。
いわゆる、「逃し屋」のプロ・ドライバーを主人公にしたアクション映画は、ウォルター・ヒル監督の傑作「ザ・ドライバー」や、これも傑作、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の「ドライヴ」などこれまでにもいくつかあるが、いずれも雰囲気的にはフィルム・ノワールを思わせるクールでスタイリッシュな作風であった。
ところが本作は、音楽に乗せてる事もあって、前記2作よりもずっと楽しいし興奮させられる。
観る方も、ロック・コンサートに行ったつもりで、体動かし一緒に歓声上げて観た方がいいかも知れない。
物語は、幼い頃の交通事故で両親を失い、またそれが元で耳鳴りに悩まされ続けるという暗い過去を背負ったベイビーが、ipodで音楽を聴く事でその悩みが解消され、見事なドライブ・テクニックも体得し、「逃がし屋」という仕事を続けながらも、やがて恋する女性との出会いを経て、犯罪稼業から足を洗うに至るまでを描く。
いわゆるギャング犯罪映画のパターンをなぞりつつ、ラブロマンスも絡め、音楽を縦横に配置し、そこにエドガー・ライト監督の過去作品と同様、さまざまな映画の記憶、オマージュを随所にちりばめ、最後は爽やかなハッピーエンドを用意して、なんとも楽しくていい気分にさせてくれる。まさに映画的快楽がいっぱい詰まった、これぞ映画、と呼びたい傑作である。
劇場を出た後、つい鼻歌を歌い、スキップしたくなる。「ラ・ラ・ランド」も傑作だったが、あちらはラストがほろ苦くアンハッピーエンドだったのがやや残念。
こちらはその点、悪人はすべて滅び、晴れて愛する人とも結ばれるという、まさに最高に幸せな結末が用意されているのがいい。
やっぱり、映画は紆余曲折あろうとも、最後はいい気分で気持ちよく終わるのが一番である。
そういった視点からだけでも面白い作品であるが、この映画の良さはそれだけに留まらない。
主人公は名前の通り、最初は大人になり切れず、刹那的に生きていたのだが、愛する女・デボラに出会ってからは生き方を改め、裏社会から抜け出そうと決心し、自ら罪を償って、デボラとのまっとうな人生を歩み出し、人間的にも成長して行く。
まさに“ベイビー”だった坊やが、“大人”へと成長するお話なのである。
役者では、組織のボスを貫禄たっぷりに演じたケヴィン・スペイシーや、ジェイミー・フォックスの哀れな死に様ももいいが、何度ブチのめされてもターミネーターの如く(笑)しぶとく戻って来るジョン・ハムが特にいい。
我が国では、これまでは劇場未公開だったり、ミニシアター系の小規模公開だったりと不遇だったエドガー・ライト監督が、本作でやっとメジャーな存在になった。その事を心から喜びたいと思う。
…が残念な事に、スクリーン数がかなり少なく、初登場週でも興行ベストテン圏外だったのが悔しい(ちなみに全米では初登場2位にランクインする大ヒットとなっている)。
配給会社もこの作品の良さを認識して、大々的に宣伝し拡大公開すれば、大ヒットしたかも知れないのに。もったいない事である。
ともあれこうなれば、年度末の各種ベストテンで上位になる事を期待したい(予想だが、「映画秘宝」誌ではベストワンになる気がする)。 (採点=★★★★★)
(付記)
本作のタイトルは、男性デュオ、サイモンとガーファンクルが歌った名曲「ベイビー・ドライバー」(シングルでは大ヒット曲「ボクサー」のB面にカップリング)から取られている。
本編内には使用されなかったが、エンドロールでこの曲が流れている。エドガー・ライトも好きな曲なのだろう。
曲を聴きたい方はコチラ( https://www.youtube.com/watch?v=DHkzM1CP9Vw)
(さらにお楽しみも少々)
上にも挙げた、「ザ・ドライバー」のウォルター・ヒル監督のもう一つの傑作が「ストリート・オブ・ファイヤー」である。
これは私も大好きな作品であるが、キャッチコピーに「ロックンロールの寓話」とあるように、アクション映画ではあるが全編ロックが鳴り響く、まさに本作と同じく、アクションと音楽が絶妙にコラボした作品である。
つまりは本作、ウォルター・ヒル監督の2大秀作「ザ・ドライバー」と「ストリート・オブ・ファイヤー」の基本要素を絶妙にミックスしたような作品と言えるのである。
エドガー・ライト自身もヒル監督の熱烈なファンのようで、ラストの法廷シーンにおいて、ウォルター・ヒル本人がカメオ的に声の出演をしている(クレジットでは“裁判所通訳”となっている)。
DVD「ザ・ドライバー」 |
Blu-ray「ザ・ドライバー」 |
DVD「ストリート・オブ・ファイヤー」 |
Blu-ray「ストリート・オブ・ファイヤー」 |
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コメント
予告編が面白そうだったので見たのですが、なかなかの拾いものでしたね。
冒頭のカーアクションとその後の長い長いワンカットで度肝を抜かれました。
画面にぴったりと合った音楽の使い方もいいですね。
主人公のキャラクターもユニーク。
若々しい主演コンビもいいですが、脇がすごい。
ケヴィン・スペイシー、ジェイミー・フォックス、その他の役者もいいですね。
ポール・ウィリアムズが出ていた事に感想を書いていて気付きました。
健在だったのか。
夏休み中とはいえ平日にも関わらずほぼ満員で驚きました。
やはり映画ファンの嗅覚はあなどれません。
投稿: きさ | 2017年9月 3日 (日) 15:07
◆きささん
本当にこれは予想以上に面白い作品でしたね。
劇場数が少ない為、1館当たりはよく客が入ってるようですが、興行成績が今一つなのが残念です。ソニー・ピクチャーズ、「スパイダーマン」に宣伝投入し過ぎてこちらまで力を入れる余裕がなかったのでしょうか。
ポール・ウィリアムズ、懐かしいですね。「ファントム・オブ・パラダイス」からもう43年になるのですね。
投稿: Kei(管理人) | 2017年9月18日 (月) 00:00