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2017年9月18日 (月)

小説「フェイスレス」

Faceless

 黒井卓司・著

 KADOKAWA・刊 2017年6月

 \1,512

本の紹介です。

これはとてもユニークな設定のSFミステリーです。面白くて一気に読みました。

一言で言えば、パラレルワールド(並行世界)ものです。

ある日、世界が2つに分かれ、それぞれ並行して2つの世界が進む、というパラレルワールドものは、これまでにもいくつか描かれて来ましたが、本作がユニークなのは、そこに男女の三角関係ラブストーリーが絡み、CIAを中心としたスパイ・サスペンスでもあり、軍事機密・ポリティカル・フィクションでもあり、さらに凶暴な殺人アリが人類を恐怖に陥れる動物パニック・ホラーでもあるという、いろんな要素を詰め込んだ、なんとも欲張ったストーリーです。

こんなにあれもこれも盛り込んで大丈夫なのか、と最初は心配でしたが、それは杞憂、これらが実にうまく配置され、ページをめくるのがもどかしい程スリリングで迫力ある展開に興奮させられます。

物語は、日本でのある男女3人が乗った車が走行中に事故を起こし、一人の男が死んでしまう所から始まります。
製薬会社に勤務する早川は、大学の先輩で別の製薬会社で研究開発をしている北岡と共同研究していましたが、早川が密かに思いを寄せていた可奈恵は北岡と婚約します。そんな三角関係の中、早川は車のタイヤが磨耗しているのを見つけますが、まだ大丈夫だろうとそれを二人には知らせません。そして3人が乗った車はタイヤ・バーストで事故を起こし、乗っていた北岡が死んでしまいます。
早川は失意の可奈恵を慰め、やがて二人は結婚します。
タイヤの欠陥は可奈恵には黙ったままです。あるいは早川の心の中には、北岡が事故で死んでくれれば、という思いもあったのかも知れません。
実はちょうどその頃、世界は2つに分かれた事が後で判るのですが、これが重要なカギとなります。

そして8年後、アメリカ・ネバダでは、核実験場の地下深くで、2つの世界を繋げる通路(通称チューブ)が開いてしまい、そこから向こうの世界にアルゼンチンアリが侵入して、向こうの女王アリと交尾して新種の凶暴な殺人アリが大量発生してしまうのです。
どうやら、あちらの世界とこちらの世界の生物が交配すると、突然変異的にミュータントのような新種が誕生するようです。

日本でもつい最近、猛烈な毒を持つヒアリが上陸した事でニュースになりましたが、偶然ながらなんともタイムリーです(原作者が執筆した当時はヒアリはまだ日本で知られていなかったでしょうから)。本作はある意味、そうした地球環境変化がもたらす新種生物襲来にも警鐘を鳴らしているようです。

それと、両世界生物の交配による新種誕生…これは人間にもあてはまり…それならミュータント人間も作り出せるのでは、という可能性も垣間見え、ちょっとゾクリとさせられます。アメリカならやりかねないな、と思わせる所が皮肉です。

これ以降はネタバレになるのであまり詳しくは書けませんが、少しだけ書くと、向こうの世界から謎の人物が2人、チューブを越えてこちらの世界にやって来ます。その2人は、早川、北岡に絡むあちらの世界の人物で、あちらの世界では、死んだのは北岡ではなかった…この辺で止めときましょう。とにかく意外な事実の判明に、二転三転する物語展開、そして殺人アリの襲来、さらには早川を中心とする男と女の愛憎も絡み、最後に明かされる驚愕の真実…。
これはまた、謎解きミステリーでもあったのです。いやはや、楽しめました。

設定はパラレルワールドSFですが、本作の出だしのエピソードは、最近アニメ化された岩井俊二監督のオリジナル「打上げ花火、下から見るか?横から見るか?」や、アメリカ映画「スライディング・ドア」(1997)等でも扱われた、“IF、もしも”の世界…即ち、「もしもあの時、ああしていたら」という、もう一つの未来を描くファンタジー的要素もあります。
そういう意味で本作は、“IF、もしも”的ファンタジーを、SF的に理屈付けたらどうなるか、という発想もあったのかも知れません。

 
これ、映画化したら面白いと思います。監督は、SFもファンタジーもホラーもラブストーリーもこなせる黒沢清が適任だと思います。

題名の「フェイスレス」とは、殺人アリによって顔の皮膚を食われ醜い顔となったある人物が、人工皮膚の仮面を被っている点に由来しますが、あるいは表情を顔に出さない人間の、何を考えているか判らない不気味さ、それは現代に蔓延しているのではないか、という現実への比喩かも知れません。

とにかくミステリー・ファン、SFファンにはお奨めの異色の秀作です。

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小説「フェイスレス」

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コメント

これ、面白そうだったので読んでみました。
面白かったですね。
とにかく二転三転する展開に一気読みでした。
作者の次回作にも期待したいです。

投稿: きさ | 2017年10月24日 (火) 23:17

◆きささん
面白かったですか。よかったですね。お奨め甲斐がありました。
黒井卓司さんの事は、あまり知らなかったのですが、他の作品も読みたくなりました。
次の作品、大いに期待したいですね。

投稿: Kei(管理人) | 2017年10月30日 (月) 00:03

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