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2017年11月 5日 (日)

「彼女がその名を知らない鳥たち」

Birdsthatshehasntknowname2017年・日本/C&Iエンタティンメント
配給:クロックワークス
監督:白石和彌
原作:沼田まほかる
脚本:浅野妙子
企画:西口典子
プロデューサー:深瀬和美、山本晃久、西口典子

「ユリゴコロ」に続く、沼田まほかる原作のミステリー小説の映画化。監督は「日本で一番悪い奴ら」の白石和彌。主演は「オーバー・フェンス」の蒼井優、彼女を取り巻く男たちを「殿、利息でござる!」の阿部サダヲ、「ユリゴコロ」にも出演している松坂桃李、「人生の約束」の竹野内豊らが演じる。

北原十和子(蒼井優)は15歳上の佐野陣治(阿部サダヲ)と暮らしているものの、8年前に別れた黒崎(竹野内豊)のことが忘れられずにいた。不潔で下品な陣治を毛嫌いしながらも、自分は働かず彼の稼ぎに頼り、怠惰な毎日を過ごしていた。ある日、どこか黒崎の面影がある妻子持ちの男・水島(松坂桃李)と出会った十和子は、やがて彼との情事に溺れていった。そんな中、家に訪ねてきた刑事から、黒崎が5年前から行方不明である事を知らされる。どれほど罵倒されても「十和子のためだったら何でもできる」と言い、時には自分を付け回している事もあった陣治が、黒崎失踪に関わっているのではと十和子は疑い始めるのだが…。、

いわゆる、“イヤミス”と称される、後味の悪い、イヤな感触のミステリー小説を書き続けている沼田まほかるの初期の小説の映画化作品である。つい最近も同じ沼田原作の「ユリゴコロ」が公開されたばかり。

私は個人的には、こうした、イヤミス系はあまり好きではない。読んでて気分が悪くなったり、気持ちが落ち込んでしまったりもするからで、やっぱりミステリーは、ページをめくるのがもどかしいほどワクワクさせる作品をこそ読みたい。そんな事もあってか、映画「ユリゴコロ」も、ミステリーとしてはうまく纏まっているとは思ったものの、それでも全体を覆う気分の悪さは最後まで拭えなかった。

そんなわけで、本作もあまり期待してはいなかった。ただ監督が「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」と好調の白石和彌だったから、なんとか観る気にはなったのだが…。

(以下ネタバレあり)

思っていた通り、登場人物はどいつもこいつもロクでもない、イヤな性格の奴ばかり。なにしろチラシの惹句でも、「共感度0%、不快度100%」とあり、登場人物紹介でも「十和子=嫌な女、陣治=下劣な男、黒崎=クズな男、水島=ゲスな男」 と、まるで観る気をなくさせようとしているとしか思えない(笑)。

主人公・十和子は、働きもせず、同居人の陣治に食わせてもらってるのに、感謝どころか「触るな!虫酸が走る」と毛嫌いしてるし、外へ出たら、買った商品にあれやこれやとクレームをつけて店員を困らせる。俗に言うモンクレ(モンスター・クレーマー)だ。
陣治は安月給の肉体労働でなんとか稼いでいるが、その為か服装も外見も薄汚れてて不潔。
陣治の方は(チラシの「下劣な男」は言い過ぎ)、単に外見に無頓着なだけで同情出来なくもないが、十和子の非常識っぷり、性格の悪さにはまったく同情出来ない。蒼井優、よくまあこんな酷い役柄を引き受けたものだ。さすが役者根性。

そんな十和子に、買った時計にクレームをつけた時計店の営業マン・水島がクレーム対応を口実に近づいて来て、8年前に別れたが今も忘れられない黒崎とどこか似た所がある水島に言い寄られ、十和子は水島との情事に溺れて行く。

今も携帯に黒崎の番号を残している十和子は、黒崎の事が気になり、ついその番号に電話するが繋がらない。
ところがその電話を辿って、警察が十和子の元にやって来て、黒崎は5年前から行方不明だと言う(その刑事を演じているのが、こちらも主人公はクレーマーで、クズな人間ばかりが登場する映画「葛城事件」を監督した赤堀雅秋というのが面白い。これは意識したキャスティングだろうか)。

ここから映画は一転、ミステリー的な雰囲気が漂い始める。
もしかしたら、黒崎は誰かに殺されているのではないかと十和子は思い始める。そんな時、ラブホテルから出た水島と十和子の後を陣治が尾行していたのを十和子は見てしまう。また水島のマンションに大人のオモチャが投げ入れられたり、水島の保管する会社の重要データが紛失したりと、謎めいた事件が続発する。

十和子は、もしかしたら陣治が黒崎を殺したのではないか、そして次には、水島も殺されるのではないか、と不安にさいなまれて行く。

…と、この辺りから、俄然ヒッチコック監督作品「断崖」を思わせる、ミステリー・サスペンス要素が高まって面白くなって来る。
(「断崖」は“夫が、実は殺人者ではないかという疑惑が心の中にどんどん広がって行く”というサスペンス)

ネタバレになるので、以下の展開はここでは書かないが、さすが絶好調の白石和彌監督、ケレン味たっぷりな映像も交え、物語をグイグイ引っ張って行く。

例えば、十和子が黒崎との過去を思い出す時、暗いアパートの部屋の壁が向こうに倒れると、そこは明るいリゾート地の海岸で、黒崎が立っているという、まるで鈴木清順監督作品(「関東無宿」「けんかえれじい」等で、倒れたり開いた襖の向こうが別空間となる)を思わせる演出があったり、ラブホテルでの水島との情事で、砂漠の話をしている時、天井から大量の砂が落ちて来たりといったシュールで幻想的なシーンが登場したりする。

この辺りは、十和子自身の心象風景なのだろうが、同時にこれはまた、十和子の記憶における、現実と空想の境界が限りなく曖昧となっている事を示し、後に明かされる驚愕の真実の伏線にもなっているのがうまい。

 
そしてラスト、遂に真実が明かされた後のエンディングがいい。

陣治という男の、見た目は不潔で冴えないけれども、心の中は誰よりも純粋で、十和子の為には自分の命さえも捨てられる、という深い愛の強さに観客は涙する事となる。

特に陣治が飛び降りる一瞬、走馬灯のように、十和子に思いを寄せた日々がフラッシュで回想されるシーンには泣ける。

十和子はここで初めて、本当に愛すべき男は、黒崎や水島のような、見た目はカッコ良くて金回りも良さそうだが心の中はゲスな男ではなく、見た目は汚くても、何の見返りも求めず、心から愛してくれる男である事を思い知るのである。もう今からでは遅いのだけれど。

イヤミスの衣をまとってはいるが、実はこの原作は、究極の、愛についての物語であった。そういう意味では、原作自体、まるで陣治という人間そのもののような作品であった。これこそ、見事にダマされた。
観る前の予想とはまるで違った、これは素晴らしい秀作である。白石監督、お見事である。

 
それにしても蒼井優、凄い。こんな嫌らしい役を演じても、どこか男が誠を捧げずにはいられないような可愛らしさを感じさせる、難しい役柄を絶妙の好演。
山田洋次監督「東京家族」「家族はつらいよ」では原節子を思わせる清楚で可憐な役を演じたかと思えば、対照的な本作、そして今公開中の「ミックス。」では食堂を切り盛りしつつ卓球の達人でもある中国人をカタコト日本語で怪演している。とても同一人物とは思えない。
まさにカメレオン女優だ。

イヤミス嫌だなと敬遠している人も、是非観る事をお奨めする。映画も人も、見た目にダマされてはいけないのである。     (採点=★★★★☆

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コメント

> 映画も人も、見た目にダマされてはいけないのである。

そんな訳なので、「it」のピエロ、ペーニー・ワイズも実はゲスで下劣でクズかと思いきや、本当はいい奴だったりするかもしれない。

投稿: ふじき78 | 2017年12月 8日 (金) 23:27

◆ふじき78さん
「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」で、冒頭に雨の排水溝の中に登場した時のピエロくんは、見た目愛嬌があるので、子供がつい近寄ってヤラれちゃいましたね。
これこそ、「見た目にダマされてはいけない」の教訓のような気がします。
小さな子供の時にこの映画見てしまうとトラウマになって、サーカスに連れて行ってもらった時、ピエロが登場すると「ギャー」と叫んで逃げ出す子がいるかもですね。サーカスにとっては営業妨害な作品です(笑)。

投稿: Kei(管理人) | 2017年12月10日 (日) 16:20

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