「おじいちゃん、死んじゃったって。」
ある夏の地方都市。春野吉子(岸井ゆきの)は、彼氏とのセックス中、祖父の死を報せる電話を取った。吉子は父・清二(光石研)と共に祖父の葬儀に向かい、そこに集まった清二の兄で長男の昭夫(岩松了)一家、高級外車でやって来た長女の薫(水野美紀)らと共に通夜、葬儀の準備に取りかかる。ところがその最中、それぞれの厄介な事情が表面化し、昭夫と清二はささいな事で兄弟ゲンカを始めてしまう。そんな親たちに呆れる吉子たちだったが…。
葬式に集まった家族たちが織り成す人間模様を描いたコメディ…と来れば誰もが思い出すのが伊丹十三の初監督作品で、数々の映画賞に輝いた名作「お葬式」(1984)。
本作も、伊丹作品とよく似た構造(身内の死に始まり、葬儀の一部始終を描く)を持つ“お葬式”ムービーである。
「お葬式」とやや異なるのは、あちらが山崎努とその妻で故人の娘・宮本信子が主人公の、大人たちが中心の葬式ノウハウ・ドラマであったのに対し、本作の主人公は故人の孫の若い娘・吉子であり、物語は一貫して吉子の眼を通して、みっともない大人たちのバカ騒ぎぶりをシニカルに描いている。タイトル自体が、訃報の電話を受けた吉子が父に知らせるセリフ「おじいちゃん、死んじゃったって」がそのまま使われている。
葬式に集まったのは、故人の3人の子供とその家族たち。ただしそれぞれに問題を抱えている。長男昭夫は妻と離婚しており、その子供たちは長男・洋平(岡山天)は引き籠り、長女・千春(小野花梨)は高校生なのにタバコも喫うしビールも飲む半分不良、昭夫の弟である清二はリストラで失業中、故人の長女の薫は羽振りがよく、真っ赤なフェラーリでこれ見よがしにやって来て清二たちをクサらせる。そして故人の妻・ハル(大方斐紗子)は認知症で子や孫たちの顔も分からず、夫の死さえも理解出来ていない、といった具合。
吉子は祖父の死を知った時、彼氏とセックスをしていた事に罪悪感を感じている。普通に考えれば大した問題ではないのだが、おそらくは初めて経験した身内の“死”という出来事に対して、どう向き合えばいいのか、まだよく分からないからなのだろう。それだけ感性がまだピュアと言えるのかも知れない。
普段は疎遠であろう親族たちが、こんな時でもないとなかなか顔を合わさない。通夜の席で酒を飲み交わすうちに、酔いも回って日頃こころよく思っていない本音をさらけ出し、悪態をついて兄弟喧嘩を始めたりする。
自身の体験を元にしたという山﨑佐保子の脚本は、ありそうなエピソードをうまく配置して笑いをまぶしている。おそらくは「あるある」と思い当たる方も多いだろう。
認知症が進行している吉子の祖母・ハルの一挙手一投足は、笑えるシーンもあれば、当事者(私もそうだった)にとっては切ない場面もあったりで、まさに人生悲喜こもごも。
火葬場で、お棺の焼却が始まった時、ハルが突然「おじいちゃーん!」と叫ぶシーンにはハッとさせられる。認知症であっても、完全に心が壊れているわけではないのである。
骨上げを待つ間、吉子は若いお坊さんに、セックスをしている時に祖父の死を知った事について相談する。坊さんは若いながらも、それが人の世の常である事を語り、吉子を少し安心させる。
葬儀という、人間と生と死を見つめる厳かな儀式を体験する事で、吉子はちょっとだけ成長したのかも知れない。
その後、車でやって来た彼と吉子はまたセックスをする。それは、自分が確かに生きている事の実感でもあるのだろう。
そう言えば、伊丹監督作「お葬式」でも、山崎努が裏山で愛人と濃厚なセックスをするシーンがあったのを思い出す。
舞台となるのが、一面に緑の田畑が広がる農村、というのもいい。この自然の風景をバックに、老人の死、おおらかな性の営み、身内同士の些細な諍い、を描く事によって、家族とは何か、生きているとはどういう事なのか、を作者たちはアイロニカルに問いかけているのだろう。
どこまでも広がる自然の雄大さに比べて、人間ってなんとちっぽけな存在である事か。
それでも、揉めていた家族も、それぞれに協力してなんとか葬式が終わり、全員が揃って記念写真を撮るラストがいい。
揉めたって、やはり家族の絆は揺るぎないものなのである。
ややこしくて、面倒で、困った人たち。それでも、人間って愛おしい、生きてるって、素敵な事だと感じさせられる。
そんな、ホッコリとした余韻を残す、爽やかなこれは人間コメディであった。
監督の森ガキ侑大は、ソフトバンクなど、多くのヒットCMを監督し、2014年には短編映画「ゼンマイシキ夫婦」がFOXムービー プレミアム短編映画祭で最優秀作品賞を受賞する等、話題となっていた俊英である。
また脚本を手掛けた山﨑佐保子も、日本映画学校(現・日本映画大学)で天願大介、荒井晴彦などに師事し、脚本を学んで来た若手作家で、2010年には本作の脚本「おじいちゃん、死んじゃったって」がシナリオ作家の登竜門・城戸賞の最終ノミネートに残り、2011年には「あんぽんたんとイカレポンチキ」で第17回函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞グランプリを受賞する等、こちらも期待の新星である。
このシナリオに目をつけた森ガキ監督が映画化を熱望、初長編監督作として完成させた。今後が期待される新人監督の誕生を喜びたい。
主演の岸井ゆきのも、ナチュラルな演技で初の主役を見事にこなしている。この人も今後注目しておこう。
実は私も今年、本作のハルと同じく認知症の母の死を看取った事もあって、余計心に沁みた。
その点と、森ガキ監督の将来への期待値もプラスして、採点は…(=★★★★☆)
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