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2017年12月10日 (日)

小説「チャップリン暗殺指令」

Assassination_ofchaplin 土橋章宏・著

 文藝春秋社・刊 2017年6月

 \1,400+税

城戸賞を受賞した「超高速!参勤交代」の脚本で認められ、後に小説家に転進した土橋章宏さんによる、実話をベースにしたポリティカル・サスペンスの佳作です。チャップリン映画が大好きな方には特にお奨めです。

昭和7年、青年将校たちによるクーデター計画=いわゆる5.15事件の際、当時来日していたチャールズ・チャップリンが暗殺されかけた、というのは、歴史に興味ある方ならご存知かも知れません。

Assassinofchaplin2この歴史秘話については、チャップリン研究家でもある大野裕之さんが2007年に刊行したノンフィクション「チャップリン暗殺-5.15事件で誰よりも狙われた男」(メディアファクトリー社・刊)に詳しく書かれており、こちらもなかなか面白く読みました。

過去に書かれた5.15関連書物では、事件が起きたとき、チャップリンが危うく事件に巻き込まれそうになったのは、偶然に来日と時期が重なっただけで、チャップリン自身が狙われたわけではない、という説もありましたが、大野さんはさまざまな文献を調べ、“実際にチャップリンを狙う暗殺計画があった”事をこの本の中で指摘しています。“チャップリンは日本に退廃文化を流した元凶である。政府要人暗殺が主な狙いだが、併せてチャップリンも暗殺すれば、アメリカが怒り、うまく行けば日米開戦に持ち込めるという計画も首謀者の古賀清志海軍中尉が練っていたというのです。
乱暴な話です。そもそもチャップリンはイギリス人なのに、「アメリカで大成功している有名人からアメリカ人だ」と思い込んでた事自体いいかげんですし、暗殺したとしても、一芸能人が暗殺されたからといって、それだけでアメリカが宣戦布告するはずもないでしょう。

しかし当初の予定では、5月15日の夕方、チャップリンは犬養首相に招かれ、首相官邸の歓迎会に出席する予定でした。それが回避されたのは、気まぐれなチャップリンが突然「相撲を見たい」と言い出し、歓迎会をキャンセルしたからです。もし出席していればチャップリンは本当に殺され、後の「モダン・タイムス」「独裁者」「ライムライト」も作られなかったかも知れません。ゾッとします。
以上が歴史的事実です。

そこで土橋さんの本作についてですが、この歴史的事実をベースに、東北育ちの純朴な陸軍士官候補生・津島新吉を主人公としたフィクションを巧みに絡め、クーデター・グループに加わった新吉が、チャップリン暗殺を命じられ、チャップリンを付け狙い行動するシークェンスと、チャップリンの日本人秘書・高野虎市が探偵に依頼して情報を集め、暗殺計画を回避しようと必死の努力をする様子とが交互に描かれ、緊迫したサスペンスが展開する事となります。

新吉はまずチャップリンの顔を確認する為、チャップリン主演映画を映画館で見るのですが、その面白さにチャップリン映画に魅せられてしまい、やがては暗殺命令に従うか否か、葛藤を続け苦悩するようになります。
この心の変化がなかなか丁寧に描かれていて読ませます。

そして周辺人物も多彩で、映画館で知り合った自称チャップリンの物まね芸人・柳浩介と交流を深め、またカフェーの女給・里子とも知り合い、やがて新吉は里子を恋するようになり、恋と暗殺命令のはざまでも悩み続けます。

大野さんの著作では、チャップリンが相撲に行きたいと言ったのは、ホテルでカバンが検査されている事を知って、チャップリンが気分が乗らないと言い出し、気まぐれに相撲に行くのですが、本作では、暗殺計画を予感した高野秘書がチャップリンに、「軍に不穏な動きがあるので歓迎会は中止しよう」と言い、相撲見物に予定を変えさせた事になっています。
このように、史実の隙間に随所にフィクションを織り合わせたストーリー構成が巧みで、事件の詳細を知っていればいる程、思わずニンマリしてしまいます。

後半に至ると、首相官邸でのチャップリン暗殺に失敗したクーデター一派が、新吉だけでは心もとないと凄腕のスナイパー・金子も暗殺に加わらせ、ニ度、三度と暗殺計画がさらに進んで行きます。
果たしてチャップリン暗殺は回避出来るのか、新吉と里子の恋は、と物語は波乱万丈、最後まで楽しめます。

最初は調子のいいホラ吹きだと思っていた柳浩介が、実は世の中の真実を見抜いていた、という皮肉なオチもありますし、何より、チャップリンが語る言葉の端々に人生の重み、教訓が感じられ、この点でも感動させられます。
例えば街で会った貧しい母子にチャップリンが語りかける言葉「絶望してはいけません。憎しみに心を奪われてもいけない。お互いに助け合いたいという気持ちだけが人を幸せにするのです。ごらん、まわりに人がいるから」
これは勿論、後の「独裁者」のラストの演説にもリンクしており、チャップリン映画を見ている人ならグッと来るでしょう。

どういう結末を迎えるかは小説を読んでのお楽しみ。とにかくハラハラし、最後は泣けます。

 
チャップリン映画を愛する人、サスペンス小説ファンにはお奨めです。これ、映画化して欲しいですね。チャップリン役は、無論ロバート・ダウニー・Jrで。

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