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2017年12月29日 (金)

「ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命」

Zookeepers_wife2017年/チェコ・イギリス・アメリカ合作
配給:ファントム・フィルム
原題:The Zookeeper's Wife
監督:ニキ・カーロ
原作:ダイアン・アッカーマン
脚本:アンジェラ・ワークマン
製作総指揮:マーク・バタン、ロビー・ロウ・トーリン、マイク・トーリン、ジェシカ・チャステイン、ケビン・バン・トンプソン、ミッキー・リデル、ピート・シレイモン、ジェニファー・モンロー

第二次世界大戦中、300人ものユダヤ人をナチスの迫害から救ったポーランドの動物園経営者夫妻の実話の映画化。監督は「スタンドアップ」の女性監督ニキ・カーロ。主演は「女神の見えざる手」のジェシカ・チャステイン、「オーバー・ザ・ブルー・スカイ」のヨハン・ヘルデンブルグ、「ヒトラーへの285枚の葉書」のダニエル・ブリュールなど。

1939年、ポーランドのワルシャワ。ヤン(ヨハン・ヘルデンブルグ)とアントニーナ(ジェシカ・チャステイン)の夫妻は、ヨーロッパ最大の規模を誇るワルシャワ動物園を経営していた。ところがその年の秋、ドイツがポーランドに侵攻。これをきっかけに、第二次世界大戦が勃発する。動物園の存続が危うくなる中、ヤンは“この動物園をユダヤ人たちの隠れ家にする”という驚くべき提案をする。人間も動物も、生きとし生けるものすべてに深い愛情を注ぐアントニーナは即座にその提案を受け入れる。こうして二人は力を合わせ、いくつもの危険を冒しながら、多くのユダヤ人の命を救って行く…。

今年最後に取り上げる作品は、ナチのホロコーストの蛮行に果敢に立ち向かった夫婦の実話。偶然にも、今年最初に取り上げたのもナチス関連「ヒトラーの忘れもの」 。ナチスに始まりナチスで暮れようとする1年であったような。

それにしても、戦後72年経った今もなお、ホロコーストに関連する映画が作り続けられている。そして驚くのは、まだまだ知られざる実話があったという事。今回の話も“オスカー・シンドラー、杉原千畝、そして”とキャッチコピーにあるように、このお二人と同様、多くのユダヤ人の命を救った夫婦の実話である。

(以下ネタバレあり)

主人公はワルシャワ動物園を経営するヤンとアントニーナ夫婦。アントニーナは毎朝、園内を自転車で巡り、動物たちに声を掛けるほどの動物好き。時には自らの手でエサを動物たちに与えたり、お産にも立会う。出産時、鼻が首に絡まり、窒息寸前の赤ちゃん象を懸命の世話で蘇生させるエピソードも出て来る。

実に平和で、心がホッコリ温かくなる光景が続く。こうした平和の素晴らしさ、命の尊さをじっくり描いているからこそ、命が平然と失われて行く戦争の残酷さが際立つわけである。

上にあるように、チラシは動物を抱くアントニーナの姿が大きく描かれていて、舞台は動物園だし、一見親子でも楽しめそうな映画かと錯覚してしまう。
だが中身はかなりハードで残酷である。可愛らしい動物がナチス兵の手で無残に射殺されるシーンは、動物好きには正視に耐えないだろう。偽造証明書で身分を偽って暮らしていたユダヤ人母子が密告された為に白昼射殺されるシーンも残酷だ。小さな少女が2人のドイツ兵に物陰に連れ去られ、その後衣服が乱れ股間から血を流してフラフラと出て来るシーンも惨い。実際にはもっと悲惨で残酷な状況はいっぱいあっただろうけれど。映画館には、小さな子供は連れて行かない方が無難だろう。

原題(動物園経営者の妻)も邦題も、妻がメインになっているが、原作の題名が「ユダヤ人を救った動物園 ヤンとアントニーナの物語」(亜紀書房)となっているように、これは夫婦二人の共同作業である。―というより最初にユダヤ人をかくまう案を考えたのも夫のヤンだし、むしろヤンの方が積極的に危険を冒している。前述の暴行された少女をこっそりトラックに隠して脱出させるのもヤンである。タイトル、もう少し考えてもよかったと思う。

そしてお話は、かなりハラハラするサスペンスフルなシーンもあって、結構手に汗握ってしまった。

ゲットーで残飯を貰い受け、豚のエサを集めるという口実でヤンはトラックでゲットー内に入り、隙を見てユダヤ人をトラックに乗せ、上から残飯をかぶせて検問を通過するのだが、もし見つかればユダヤ人も、そしてヤンも殺されてしまうだろう。
この点では、ビザを発給し続けたシンドラーも杉原も、特に命の危険に晒されていたわけではない。見つかれば即、殺される危険と隣り合わせのヤン夫妻の方がずっと勇気があると言えるだろう。

動物園の地下にユダヤ人をかくまう訳だが、動物園内には昼間ドイツ兵がウヨウヨいるから、物音を立てても危ない。
ピアノが弾けるアントニーナが、昼ピアノが聞こえたらドイツ兵に注意、夜ピアノが聞こえたら出て来ても安心、という合図にするのもいいアイデアである。
アントニーナに気があるナチスの動物学者ヘック(ダニエル・ブリュール)が夫妻の居室にもズカズカ入って来る。ここもハラハラする。
ヘックがアントニーナに色目を使っている時、床下で音を立ててしまう所はドキッとする。が、アントニーナが機転を利かしヘックにキスをしたのでうまく誤魔化せたが、これでヘックが彼女も自分に対しまんざらでもないと誤解してしまう辺りは、サスペンスとユーモアが巧みにブレンドされていて秀逸。上手い脚本である。

ヘックがアントニーナとイチャイチャしてる所をヤンが見てしまい、「自分は危険な目に会っているのに」とヤンがアントニーナをなじり、夫婦仲も一時険悪になったりもする。

ヤンはレジスタンスにも参加し、撃たれて消息不明となってしまう。ヤンの消息を知りたいアントニーナは危険を承知でヘックの元に出向くが、その挙動からとうとうヘックに感付かれてしまう。ここから後もスリリング。5年間も騙されていたヘックの怒りは相当なものである。果たしてアントニーナ、そして息子の命は、と緊迫感はさらに高まって行く。

実話ではあるが、危機一髪的サスペンスを巧みに醸成して行く脚本・演出が見事で、ヒッチコック映画を見ているような気分も味わえる。

アンジェイ・ワイダ監督作品でも描かれた、コルチャック先生のエピソードも出て来るが、ここも辛い。ちいさな子供たちがアウシュビッツ行きの列車に乗せられるシーンは、彼らの末路を知っているだけに悲しい。涙が出て来る。

ナチスの残虐さ、というより戦争そのものの残虐さをきちんと描き、それに毅然と命を懸けて立ち向かい、多くの命を救った夫婦の勇気ある行動が深い感動を呼ぶ、これは感動の力作である。

監督のニキ・カーロは、「スタンドアップ」でもセクハラに対し毅然と立ち上がる女性の姿を描いていたが、本作のアントニーナにもその精神は受け継がれているようだ。

それにしてもジェシカ・チャスティン、つい先日も彼女主演の「女神の見えざる手」を観たばかりだが、どんな役も自在にこなせる演技力には感服する。本作では製作総指揮にも名を連ねている事からも、本作にかける情熱の強さが伺える。

小規模公開なので、観ている人は少ないかも知れないが、是非多くの人に観ていただきたいと思う。ナチスの暴虐や、戦争の中で命を救う事の大切さを描いた映画が多く登場(「ハクソー・リッジ」「ダンケルク」もそうだった)した本年を締めくくるにふさわしい秀作である。    (採点=★★★★☆

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原作本

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コメント

> ビザを発給し続けたシンドラーも杉原も、特に命の危険に晒されていたわけではない。

ナチスが同じく収容所に叩き込んだ同性愛者もそうですが、それだけ自分や近親者を危険に晒してまで救う必要があるのか? と尋ねられたら躊躇してしまうような嫌われ者度だったのかもしれない。勿論、身近にいる一人一人のユダヤ人はみな善人なんだろうけど。

投稿: ふじき78 | 2018年1月29日 (月) 22:53

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