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2018年3月14日 (水)

「15時17分、パリ行き」

1517toparis2018年・アメリカ/マルパソ・プロダクション
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:The 15:17 to Paris
監督:クリント・イーストウッド
原作:アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーン、ジェフリー・E・スターン
脚本:ドロシー・ブリスカル
撮影:トム・スターン
製作:クリント・イーストウッド、ティム・ムーア、クリスティーナ・リベラ、ジェシカ・マイヤー
製作総指揮:ブルース・バーマン

2015年にパリ行きの特急列車内で起きた無差別テロ「タリス銃乱射事件」の実話の映画化。監督は「ハドソン川の奇跡」のクリント・イーストウッド。現場に居合わせ、犯人を取り押さえた3人の若者たちを本人自身が演じている。

子供の頃からやんちゃながら仲の良かったアンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーンの3人は、大人になって再会し、ヨーロッパ旅行を楽しんでいた。2015年8月21日、彼らはオランダのアムステルダムから高速列車タリスに乗車し、フランスのパリへ向かった。ところがその車中で事件が起きる。乗客に紛れ込んでいた、銃を持ったイスラム過激派の男が無差別テロを試みたのだ。突然の事態に怯え、混乱をきたす554名の乗客たち。その時、危険を顧みず犯人に立ち向かったのは、スペンサーたち3人の若者だった…。

87歳になった今も、クリント・イーストウッド監督はコンスタントに精力的に映画作りに勤しんでいる。しかもその演出力はいささかも衰えを見せない。本当に頭が下がる。

そしてこの年齢になっても、常に新しい事にチャレンジするイーストウッド。「ジャージー・ボーイズ」では初のブロードウェイ・ミュジカルの映画化を手掛け、出演者たちがカメラ(=観客)に向かってしゃべりかけるという実験を行い、見事に成功させている。そして「ハドソン川の奇跡」ではIMAXカメラを使用、臨場感に溢れる映像作りにチャレンジし、これも大成功を収めた。

そんなわけだから、我々熱心なファンは、次は何をやってくれるだろうかと期待してしまう。しかしこのお歳で、いくらなんでもムチャな事はしないだろうと考えていた。

 
で、今回イーストウッド監督が取り組んだ題材は、ヨーロッパで頻発する過激派テロ事件。この所実話の映画化が多いイーストウッド作品だが、本作もまたまた実話がベース。

そこまではいいのだが、イーストウッド御大、なんとまあ、またも新しい実験にチャレンジしてくれた。それは、事件に遭遇し犯人を取り押さえた主人公たちを、本人自身が演じるというもの。

再現ドラマとしては面白いし、テレビなどではそうしたドキュメント番組もあるけれど、映画でそれをやるというのはかなりリスキーである。素人演技でシラけたりしないだろうかと気になった。

そんな情報を仕入れてたので、さすがのイーストウッド監督でも、今回はどうだろうかと危ぶんだのだが…。

(以下ネタバレあり)

結論から言えば、今回も面白かった。こんな大胆な実験、イーストウッドしか出来ないだろう。

映画は、アムステルダムからパリに向かう高速列車タリスの遠景を捕えた映像から始まり、主人公スペンサーたちの語りから少年時代の回想へと移る。

少年時代の3人は、それぞれ授業をサボっては校長室に呼ばれる、いわゆる落ちこぼれ。時には裏山でサバイバルゲームを楽しんだりもする。

スペンサーとアレクは共に母親がシングルマザーという環境。学校もそんな家庭が彼らをダメにしていると思って差別的な対応を取ったりしている。だが、学校に呼ばれた母たちは毅然と子供たちを守ろうとする。

そんな子供時代の暮らしぶりを丹念に追う事で、後に“タリス銃乱射事件”のヒーローとなった男たちの勇気の源泉はどこにあったのかを、映画は徐々に明らかにして行く。
時に事件の緊迫したシーンもフラッシュでインサートしたりと、イーストウッド監督の演出は緩急自在で退屈させない。さすがである。

やがてスペンサーは、何か人の役に立ちたいと思うようになる。これはおそらく、子供を守る為には学校とも毅然と立ち向かった、彼の母の影響もあったのだろう。
彼は空軍のパラレスキュー隊員に応募するが、視力の奥行知覚検査に引っかかって不合格となり、仕方なく救急救命士になる。

このスペンサーの願望と体験が、事件に際して役立つ事となる。もし彼がその場にいなかったら、間違いなくテロによって大惨事を招いていただろう。運命のめぐり合わせとは不思議なものである。
そして彼の勇気の原動力がどこにあったかという事も、この前半のドラマを見れば十分納得出来るのである。うまい脚本である。

一見のんびりとした、ヨーロッパの観光地巡りも、彼らがどこにでもいる、普通の若者であったという事を強調したいが為だろう。

そして事件発生のシーン。ここでは何とスペンサーたちだけでなく、同じく実際に事件現場にいた人たちも多数演技者として参加している。犯人に拳銃で撃たれ重傷を負った男もそのままの役で出演しているというから驚く。

そしていよいよクライマックスのテロ事件。スペンサーは小銃を構えた犯人に飛びかかって行く。これは正直言って無茶な行動である。たまたま犯人の銃の調子が悪かったのか、あるいは予期せぬスペンサーの行動に犯人が動転したのか、銃は発射されず、スペンサーたちは犯人を押え込む事に成功する。その際犯人のナイフでスペンサーは首や腕を切られるが、それでも動じない。

さっらにスペンサーは、撃たれて重傷を負った男の救護・止血措置も行う。これも彼が救急救命士の資格を持っていたからこそ役に立ったわけである。
もしこの現場に彼ら3人がいなかったら、テロによって500人の乗客の多くに死傷者が出た事だろう。まことに不思議な巡り合わせというか天の配剤と言えるかも知れない。

スペンサー自身も、「人の為に役立ちたい」という願望が最良の形でかなったわけである。素敵な事である。

だがこの映画で私が一番驚いたのは、ラスト間際の、オランド仏大統領による彼らへのレジオンドヌール勲章授与式のシーンで、これは実際の記録映像を使っているのだが、ついさっきまで俳優として演じていたスペンサーたち3人が、記録映像の中にもそのまま登場している
―そりゃ本人たちが演じているから当然なのだが、イーストウッド演出がうまいのは、その直前、後ろ姿のオランド大統領が壇上に向かうシーンまでは俳優としてのスペンサーたちが演じた映画の中のシーンであった(大統領は無論別の似た役者が演じている)のが、その直後に記録映像にチェンジするので、最近公開された「今夜、ロマンス劇場で」と同様に、我々はあたかも彼らが映画の中から抜け出して現実世界にやって来たかのような錯覚を覚えてしまうのである。

これぞまさしくイーストウッド・マジック。映画が作られたのが事件から2年足らずであるので、スペンサーたちの容貌は記録映像の中の彼らと寸分違わないし、服装、怪我の様子も記録映像そっくりに巧みに再現している。だからどこまでが再現ドラマでどこからが記録映像なのか、ほとんど見分けが付かないのである。

なんとも不思議な気分である。我々が観ているのは映画として再現されたドラマなのか、現実を記録したドキュメンタリー映像なのか、その境界線が限りなく近接している。融合しているとさえ言える。
この映画は、そんな全く新しい映像体験であるとも言えるだろう。

イーストウッド監督が、リスクを承知で事件当事者の本人たちを俳優として出演させたのは、そういう事だったのかとやっと理解出来た。
まったくイーストウッド監督のチャレンジ精神には、いつも感心させられてばかりである。

そしてまた、我々の住む世界は、普段は非現実的に思って来た“テロの脅威”に否応なくさらされている事を、この映画でまざまざと実感させられる。いざそういう現場に居合わせたら、我々はどう対処し、どう判断し、どう行動すべきか。

映画はその問題を我々に突きつけて来るのである。

そうやって考えて行けば、この映画、やはり一筋縄では行かない、イーストウッド監督らしい、時代を照射する秀作であると言えるのではないだろうか。   (採点=★★★★☆

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(付記)
本作は、よく見れば過去のイーストウッド作品との共通性をいくつも発見する事が出来る。

まず、主人公のとっさの勇気と決断が、乗り合わせていた数百人の人の命を救った、という作品テーマは、イーストウッド監督の前作「ハドソン川の奇跡」に共通するものである。

幼馴染だった3人の少年が、成長して大人になり、事件に巻き込まれるという展開は、「ミスティック・リバー」を思わせる。
本作で描かれたテロ事件制圧ではもう一人、原作者にも名を連ねる4人目の男性がいた(勲章授与式の写真にも写っている)のに、映画では3人だけに絞っていたので、余計に「ミスティック・リバー」を連想してしまう。もしかしたら意識していたのかも知れない。

銃を構えたイスラム過激派の男の精悍な面構えは、「アメリカン・スナイパー」におけるイラクの凄腕スナイパー、ムスタファを思わせる。
ラストを、凱旋パレードの実写ニュース映像で締めくくる手法も、「アメリカン・スナイパー」のラストと同じである。

正義と、ヒーローについての考察、というテーマは、「グラン・トリノ」以来、「アメリカン・スナイパー」、「ハドソン川の奇跡」から本作まで、イーストウッド作品の底流に脈うつ永遠のテーマでもある。

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コメント

実話を本人が演じなかった映画と、本人が演じた映画を一つずつ思いだしました。

一本はインド系の爽やかな彼が幼少時の迷子経験のトラウマをグーグルアースで克服する「ライオン」。これ、ラストで本当の人達がエンドロールに映る。うわ、かっこ悪。悪いけど醒めた。

もう一本は「ビック・シック」。コメディアンの彼を彼自身が演じている。けっこうネタを言うシーンがあるし、彼の一目で分かるパキスタン的な容貌からこれやはり本人で撮るべきだっただろう。

投稿: ふじき78 | 2018年3月23日 (金) 00:25

◆ふじき78さん
いやホント、最近の実話の映画化作品では、エンドロールで主人公本人のドキュメンタリー映像が出る事が多いのですが、これが多くは俳優が演じたお顔よりもカッコ悪くて、失礼ながら思わず笑ってしまう事があるのですね。
「オレの獲物はビンラディン」ではニコラス・ケイジがボサボサの髪にヒゲモジャで、出来るだけ下品で貧相に見せようと努力してるのですが、ラストでゲイリー・フォークナー本人の映像が出ると、これがケイジよりさらに輪をかけて下品で貧相でしたよ(笑)。
「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」のモード・ルイスも同様。いや、ほのぼのとさせられるいいお顔なんですが、演じたサリー・ホーキンスが美人に見えました(笑)。

その点、本作で本人を演じたスペンサー、アンソニー、アレクの3人、いずれも俳優が演じてるのかと思えるほど、ハンサムでカッコ良かったですね。その事も、イーストウッド監督が本人に演じさせて見ようと思った理由かも知れません。

投稿: Kei(管理人) | 2018年3月26日 (月) 22:21

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