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2018年4月15日 (日)

高畑勲さん追悼

Takahataisao数多くの傑作アニメを監督した、高畑勲さんが4月5日、肺ガンの為亡くなられました。享年82歳でした。

私も、高畑監督の作品は大好きでした。多くのファンは「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」、それにテレビ・アニメの「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」辺りを代表作に挙げられると思いますが、私は初期の「太陽の王子 ホルスの大冒険」(劇場監督デビュー作)、宮崎駿脚本の「パンダコパンダ」2部作なんかも好きでしたね。

宮崎駿と並んで、スタジオ・ジブリの2大巨頭、と言われていますが、宮崎さんとは明らかに作風が異なります。宮崎さんが壮大なスケールの冒険大活劇、ファンタジーが得意なのに対して、高畑さんは日常の生活ぶりを丁寧に描いたり、徹底したリアリズムで人間そのものを見つめた作品が多く、「アルプスの少女ハイジ」では実際にスイスまで現地ロケハンを敢行して現地の生活ぶりを調査し、1年間52話という長い時間をかけて、大自然の中で生きる人間の暮らしぶりを丹念に描きました。
「火垂るの墓」でも、空襲シーンなどでは自己の戦争体験も加味し、実写でもここまでは描けないくらいのリアルな描写に感嘆させられました。
「おもひでぽろぽろ」は、原作は子供の日常スケッチだけだったのが、映画では大人になった主人公が農作業と触れ合い、農村で暮らす決意をするまでのオリジナル・ストーリーが加わって、ここでも日常リアリズムと人間の生き方を見つめる高畑イズムが主要テーマとなっております。

それらの作品も素晴らしいですが、私が驚いたのはデビュー作「太陽の王子 ホルスの大冒険」(1968)でした。

Adventureofhorusこれは当時コンスタントに作られていた、東映動画製作の劇場アニメなのですが、それまでの劇場用東映アニメと言えば「西遊記」「安寿と厨子王丸」「わんわん忠臣蔵」「少年ジャックと魔法使い」といったように、有名な古典ファンタジーや日本の民話、演劇等を題材とした作品が多く、内容的にも単純で分かり易い話で、観客はせいぜい12~3歳くらいまでの子供客が対象でした。
ところが「ホルスの大冒険」では、ヒロイン・ヒルダは悪魔グルンワルドの妹で、人間の心と悪魔の心の間で常に葛藤しているという複雑なキャラクターであり、主人公ホルスもヒルダに誘われて迷いの森に堕ち、襲ってくる幻想に苦しめられるという、子供には少々難しい内容でした。
最後にはホルスとヒルダが力を合わせて悪魔を滅ぼす、と一応は勧善懲悪のドラマとして締めくくってはいますが、人間の内面心理の二面性、労働者の団結の大切さ、などのテーマは子供には難し過ぎたせいか、興行的にはさっぱりでした。高畑監督が粘りに粘ったせいもあって製作日数は予定を大幅超過、プロデューサーも責任を問われるほどで、会社にとってはなんとも困った作品でした。
しかしそのテーマ性、クオリティの高さに、後年になってコアなファンを中心に評価が高まり、今ではアニメ史に残る秀作として評価されています。
また本作には、宮崎駿が場面設計・原画というクレジットで参加しており、これが宮崎+高畑コラボの第1作目という点でも記念碑的な作品でもあります。

ある意味、子供だけのものだったアニメの概念が、ここから大きく変わった、その転換点に位置する作品だと言えるでしょう。その意味でも、アニメ界に残した高畑さんの功績は偉大であったと言えるでしょう。

 

さて、高畑さんの功績は、あまり語る人は少ないでしょうが、実はもっと大きなものがあると私は思っています。

それは、宮崎駿監督に与えた影響、です。

宮崎駿さんは高畑さんより4年遅れて東映動画に入社し、ここで高畑さんと出会う訳ですが、この出会いがなければ、お二人ともその後の作家人生は今と大きく異なっていたのではないか、いや、天才アニメ作家・宮崎駿は誕生しなかったのではないか、とさえ思えるのです。以下その点について述べます。

高畑さんと宮崎さんの作家的資質の違いは上にも書きましたが、初期の宮崎さんが作る作品は、戦闘メカが大好きな本人の趣味の世界で遊びまくったようなものが多かったのです。

例えば東映動画時代の作品「空飛ぶゆうれい船」(1969・監督:池田宏)では宮崎さんは一原画マンにも拘らず、元のシナリオにもなかった、戦車が街中で大暴れするシーンを自分で原画を描いて挿入したり、「未来少年コナン」(1978)でも終盤の怪鳥ギガント機上での攻防戦を嬉々と力入れて描いたり、テレビアニメ「ルパン三世145話 死の翼アルバトロス」(1980)でもまたまた巨大飛行艇アルバトロス上での一大バトルシーンを展開したり、これもテレビアニメ「名探偵ホームズ・海底の財宝」(1982)では戦艦が町に向けて大砲ぶっ放したりの、ドイル原作とはまったく関係ないドンパチ・アクションが展開されたり…といった具合に、作品全体のトーンを壊しかねない程に、戦闘アクションを描くのが大好きな面を見せています。
そのずっと後、やはり戦闘メカの薀蓄を掲載した「雑想ノート」から構想が広がった劇場アニメ「紅の豚」(1992)でも、ご自分の趣味の世界が炸裂する航空アクションが展開されます。

そうした、娯楽アクション派の宮崎さんが、高畑さんと出会う事によってその作風が大きく変わって行きます。

高畑さんが監督した、実質的には宮崎作品とみなされる「パンダコパンダ」(1972・宮崎さんは原案・脚本・場面設定を担当)では、パンダ親子と少女との触れ合いを、日常的な生活描写を積み重ねて描いており、これは明らかに高畑さん的な世界です。こんなメルヘン的なやさしさに満ちた世界も、アニメには必要だと宮崎さんは考えるようになったのでしょう。
この世界観がさらに増幅され発展した傑作が、あの「となりのトトロ」(88)という事になるのでしょう。自然に包まれた環境下で、子供たちが自然と触れ合い、野生の生き物と交流し、成長して行く姿を描いたこの作品は、まさしく「アルプスの少女ハイジ」の世界の延長上にあると言えるでしょう。

自然環境を守り、自然と共存して生きる事の大切さ、というテーマは、「風の谷のナウシカ」(84)以降の宮崎駿作品の主要テーマとなって行きますが、本来破壊・戦闘アクション大好きだった宮崎さんが、こうした奥の深いテーマに向き合うようになったのは、高畑さんと出会い、一緒に仕事をする中で、高畑さんの人間観察、日常リアリズム志向に大いに影響された、と見るべきでしょう。

「もののけ姫」には、旅をする少年、森で出会った野生の少女、魔物にとりつかれそうになる主人公、神話的世界…と、「太陽の王子 ホルスの大冒険」と似た要素が散見されます。

このように、宮崎さんと高畑さんは、一緒に共同作業を続ける中で、互いにライバルとして切磋琢磨し、互いのエッセンスを吸収し、感化され、影響を受けあって、共に映像作家として大きく成長して来たと言えるのではないでしょうか。

もし宮崎さんが高畑さんと出会っていなかったら、宮崎さんは戦闘アクションバリバリの作品は作れたとしても、今のような世界的なアニメの巨匠にはなれなかったかも知れません。

また一方で、高畑さんの作風は地味で、しかも完成するまでに時間がかかり過ぎる事もあって、単独ではおそらく製作資金も回収できず、従って作品を作り続ける事も出来ず、作家として行き詰まってしまった可能性もあります。宮崎さんと出会ったからこそ、高畑さんも今まで自由に作品を作り続ける事が出来たのだと思います。

高畑さん自身も宮崎さんについてこう語っています。
「『彼自身の猛烈な労働と惜しみない才能の提供』と『おそるべき緊張感と迫力』によってわたしの怠け心を叱咤し、うしろめたさをかき立て、仕事に追い込み、乏しい能力以上のなにかを絞り出させたのは、宮崎駿という存在だった。」
「特に若いころの彼の献身的で無私の仕事ぶりに日々接することがなかったならば、わたしはもっと中途半端で妥協的な仕事しかしなかったに違いない。」

まさしく、二人の出会いが、アニメの歴史さえも大きく変えたと言えるのではないでしょうか。不思議な縁を感じます。

高畑さん、本当にお疲れさまでした。謹しんでご冥福をお祈り申し上げます。

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コメント

宮崎駿監督による高畑勲さんへの涙の追悼です。

https://twitter.com/ghibli_world/status/996702834107105280

投稿: タニプロ | 2018年5月17日 (木) 03:15

◆タニプロさん
宮崎さんの追悼文、読みました。テレビでは一部しか放映されてませんでしたけれど、結構重要な話もありましたね。
素敵なお言葉でした。こちらも泣けて来ました。
その中で、「ホルスの大冒険」の監督に高畑さんを推したのが大塚康生さんだったとは、初めて知りました。大塚さんはその後も「コナン」「ルパン」等で宮崎作品を支えた名作画監督です。
高畑さんの周りに、宮崎さん、大塚さん以外にも、小田部羊一さん(「ハイジ」等)、森康二さんと、優れた人材が一杯集まったのは、まさに奇跡としか言いようがないですね。
いい情報いただき、ありがとうございました。

投稿: Kei(管理人) | 2018年5月20日 (日) 17:49

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