「ちはやふる -結び-」
綾瀬千早(広瀬すず)と若宮詩暢(松岡茉優)が、全国大会で壮絶な戦いを繰り広げてから2年。3年生になった千早たちのかるた部に新入生、菫(優希美青)、筑波(佐野勇斗)が入部する。個性的な彼らに振り回されながらも、千早たちは高校生活最後の全国大会に向けて動き出す。一方、藤岡東高校に通う新(新田真剣佑)は全国大会で千早たちと戦うため、準クイーンの我妻伊織(清原果耶)らとかるた部を創設する。そんな頃、太一(野村周平)は千早への思いと進学の板ばさみで悩み、ある決断をする…。
前2部作は面白かった。特に前編「ちはやふる -上の句-」は見事な王道娯楽映画になっていて、作品的にも興行的にも大成功を収めた。
が、後編「ちはやふる -下の句-」は結末がスッキリしない終わり方で、前編に比べればやや落ちる出来だった。前編が良すぎた、と言えるかも知れないが。
しかし、「下の句」評でも書いたが、これは小泉監督の、初めから続編を作る為の戦略だったようだ。実際、「下の句」公開時に、前編の好評を受けて続編製作が決定したとのニュースが流れ、その事が裏付けられたようである。
そして、待ちに待った、三部作の完結編とも言うべき本作の公開である。前作から2年も間が空いたが、その間脚本をかなり練ったのだろう、完結編にふさわしい、見事な終り方だった。まさに有終の美である。
(以下ネタバレあり)
前作から2年後の続編であるが、実際に物語の中でも2年の月日が流れ、高校1年生だった千早たちは3年生になっていた。新入部員も2人増え、瑞沢高校競技かるた部の部員は7人になっている。
「上の句」評で私は「部員集めのプロセスや、集まった5人のメンバーのキャラクターは、「七人の侍」を思わせたりもする」と書いたが、本当に彼らチームは七人の侍になっていた(笑)。
で、本作のポイントは、千早たちが3年生となり、卒業が近づいている点である。
千早は宮内先生(松田美由紀)から、卒業後の進路はどうするのかと聞かれ、何も考えていなかった千早は狼狽える。
太一も、医大進学を目指しており、受験に専念する為としてかるた部を辞めると言い出す。
いつまでも高校生ではいられない。いつかは卒業し、巣立って行かなければならない。
そしてもう1点、千早、太一、新の3人は小学生時代からの幼なじみ。男たちは成長するにつれ、千早に仄かな恋心を抱いて行くが、千早はかるたに夢中で彼らの思いなど知る由もなく、この友情がいつまでも続くものだと思っている。
しかし、思春期になれば、男と女の友情はいつしか恋愛に変わって行くのが普通である。その時期を迎えた時、彼らの心はどう揺れ動き、どう変わって行くのか。…特に1人の女に対し男は2人。いわゆる三角関係であるだけに余計互いの感情は複雑なものとなる。
純真な若者が成長して行く過程で直面せざるを得ない、この2つの問題点を本作はきちんと捕え、彼らが時に悩み、苦しみながらもそれらを乗り越えて行くプロセスを正面から描いている。そこが素晴らしい。
こうした、若者たちの部活動を描いた作品はこれまでも沢山あった。前作批評でも取り上げたが、「青春デンデケデケデケ」、「がんばっていきまっしょい」、「シコふんじゃった。」、「ウォーターボーイズ」、「スウィングガールズ」等はいずれも秀作だったし、最近でも「チア☆ダン 女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話」がある。
それらは、一部には惜しくも優勝はならず雪辱を期すものもあるが、ほとんどは決勝大会等で見事優勝し、めでたしめでたしのハッピーエンドで終わっている。
それはそれで楽しいし、ウエルメイドなエンタティンメントであるのは間違いないが、それ以上のものでもない。それにどれも、チーム全員が男、または女だけだからチーム内での恋愛模様もないし、やがて迎えるその後(卒業、別れ)も描いていない(唯一、「青春デンデケデケデケ」だけが、終わった後の寂寥感、卒業後の旅立ちが丁寧に描かれ、これらの中では一段、群を抜く秀作になっていたが)。
本作はそれら作品群には欠落していた、上記2点がきちんと描かれていた。だからそれらを超える青春映画の傑作になり得ているのである。
一部作品評では、最強のクィーン、若宮詩暢とのリベンジ決戦も見たかった、との声もあるが、本作が三部作の完結編であり、上記テーマに絞って3年生の最後の夏を描いている以上、それも入れてしまってはテーマがボヤけてしまう。詩暢との戦いをあえて描かなかったのは、私的には正解だったと思っている。
小泉徳宏監督の演出は、かるた試合ではダイナミックでスピーディかつスリリングな試合展開、一転して太一が自分の将来について悩むシークェンスではエモーショナルな画面作りと緩急自在、また新が伊織に何度も告白されては返す時のリアクションとか、若宮詩暢のお茶目ぶりとか、笑えるシーンも増え、演出力も格段に向上している。
もう一つ良かった所。「かるたは、千年も前の古い時代に作られた歴史ある競技で、千年後にも伝えられて行くもの」と語られる時、場面はその千年前の平安時代に飛び、千年前の人たちが優雅にかるたをするシーンが水彩画風のアニメーションで描かれる。これがまた素晴らしい。
そうした、古く伝統ある競技を、若者たちが無心に、青春を賭けて戦う、その姿は美しく、感動的である。
エンドロールに登場する、さらに簡略化された水彩画風のアニメーションもいい。
本作について語りたい事はいっぱいあってキリがないが、それくらい本作には胸を打たれ感動した。これでもう終わりで、続きが見られないのがとても悲しい。
何度でも、繰り返し観たい。それこそ、千年後にも語り継がれて欲しい。これは、ここ数年間においても群を抜く青春映画の傑作である。
本三部作で作品的にも興行的にも大成功し、一躍ブレイクする事となった小泉監督の、次の作品も楽しみである。期待したい。
(採点=★★★★☆)
作品評「ちはやふる -上の句-」
作品評「ちはやふる -下の句-」
(おマケ・その1)
前作批評でも書いたが、本三部作は、1作目は正統王道娯楽映画、2作目は続編がある作り方、3作目で完結編、と、ジョージ・ルーカスが創造した「スター・ウォーズ」の初期三部作(エピソード4~6)と構造がそっくりなのだが、面白い事に本作での悩める太一が5期連続の名人・周防(賀来賢人)を師と仰いでいろいろと教わるシークェンスが、「スター・ウォーズ」における、ルークが師であるヨーダから教わり、学んで行くシーンを思わせて楽しい。
他にも、最後の決戦で、仲間の奏がケガしピンチとなった時、太一が帰って来て戦いに加わるくだりが、「スター・ウォーズ・エピソード4」のラストで味方がピンチとなった時にハン・ソロが颯爽と現れ参戦するシーンを思わせたりもする。
そう言えば「スター・ウォーズ」初期三部作も、レイアを間に挟んでルークとハン・ソロの三角関係らしき展開になったりする(レイアとルークが兄妹だった事が後に判るのだが。そう思えば幼い頃の千早と太一は兄妹みたいな感じだった)。
いろんな点で、本シリーズと「スター・ウォーズ」とは共通点がある気がする。
(おマケ・その2)
上記に書いたように、千年前の時代のシーンがアニメーションで描かれるのだが、これで思い出したのが、片渕須直監督が「この世界の片隅に」の前に作った「マイマイ新子と千年の魔法」。
この作品でも、主人公の新子が千年前の平安時代に思いをはせるシーンが登場する。その千年前の風景、風物を、アニメできちんと再現している。
もしかしたら本作で、千年前の風景をレトロなタッチのアニメーションで描いたのは、この「マイマイ新子と千年の魔法」が小泉監督の頭にあったのでは、とふと思ってしまった。
小泉監督も、デビュー当時「タイヨウのうた」など、小品だけど心に沁みる良作を監督したのに、ほとんど評価されず興行的にも当らなかった苦い経験をしているだけに、同じような経過をたどった片渕監督と「マイマイ新子-」にシンパシーを感じたのかも知れない。
…と思ったのは小泉監督と片渕監督の古くからのファンである私の勝手な思い込み?(笑)。
偶然だけど、このお二人の秀作が、共に2016年に公開され、大ヒットしたのも不思議な縁ではある。
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