小説「銀幕の神々」
小学館・刊 単行本発売:2015年1月
\1,600+税 (文庫本 \670+税)
3年前に単行本として出版されているが、最近までまったく作者も本も知らなかった。
先日、行きつけの図書館で、たまたま「銀幕」という題名に惹かれて取ってみたら、帯に「健さん、ありがとう! あなたがいたから、ぼくがいる」とあり、小さく「和製『ニュー・シネマ・パラダイス』誕生!」と書かれている。
それで興味が沸いて、借りて読んだのだが、面白かった。
これは少年時代、健さんこと高倉健の任侠映画に夢中になった男の青春回顧ストーリーで、高倉健主演の「日本侠客伝」をはじめ、昭和40年代の健さん主演の任侠映画の題名やストーリーが一杯出て来て、主人公同様にそうした任侠映画の大ファンだった私は、もう感涙もので、316ページと短い事もあって一気に読んだ。
当時、健さんや鶴田浩二主演の東映任侠映画に夢中になった方には、絶対おススメの作品である。
主人公の名前は岩瀬修。63歳になった今はある中堅文具会社の専務取締役になっている。
その彼がある日、郷里にいる兄・猛の妻である義姉、里枝から、昔修たちが中学生の頃埋めたタイムカプセルが発見されたのを機会に同窓会が開かれるとの案内状が届いたとの知らせを受け取り、何十年かぶりに故郷に帰る事にする。
そこから物語は、修の少年時代への回想となり、第一幕から四幕までは少年時代の、任侠映画に夢中になり、いろんな人と出会い、病弱な従姉妹の弥生との甘酸っぱい初恋を経て、男として成長して行く姿がノスタルジックに描かれ、終幕と題する最終章で現代に戻り、タイムカプセルに詰められたある物を発見し、最後に、映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のラストとそっくりな感動で締めくくられる。
といった具合に、まあぶっちゃけ、「ニュー・シネマ・パラダイス」の和製・任侠映画版とも言える物語、悪く言えば同映画のパクリみたいなお話なのだが、それでも、舞台となる1960年代の時代風物、大学紛争などの世相が丁寧に描かれ、かつ当時の若い映画ファンがいかに高倉健らが主演する東映任侠映画に夢中になっていたかがかなりマニアックに描かれていて、その頃青春時代を過ごした人(特に日本映画ファン)なら間違いなくウルウルとなってしまうだろう。
お話に戻ると、第一幕は、修が中二の1965年から始まり、実家が酒屋で、商店街組合から映画館の無料招待券が店に配布されている事を知っていた同級生に、その券で一緒に映画を見に行こうと誘われ、最初は興味がなかった任侠映画(「人生劇場・飛車角」から始まる)を見続けるうちに、次第に任侠映画に魅了され、中でも高倉健のカッコ良さにシビれ、やがては自室の壁に健さん主演任侠映画のポスターを貼り、小学生の頃遊んだ玩具の刀を健さん仕様の長ドスに改造し、浴衣を着流し風に着てドスを振り回して遊ぶ等、修は身も心も健さん気分で、ドップリと任侠映画に浸ってゆく。
やがて彼は、実家の酒屋によく酒を飲みにやって来る、中間のおっちゃんという元ヤクザと知り合い、おっちゃんが経営する焼きそば屋に酒を配達したり、不良に脅され困っている時に助けてもらったりと、二人は次第に仲良くなって行く。
この中間という男は、「ニュー・シネマ-」のアルフレードに当たる人物とも言え、修を助け、彼の成長に深く関わって行く。
健さんみたいな男になりたいと、修は身体を鍛え、筋肉隆々の体格になって行く過程が笑える。
そして一方、心臓の病で入院している従姉妹の弥生の所に、修は学校のプリントを届けたりしているうち、弥生が絵画が得意である事を知って、健さんの似顔絵を描いてもらうのだが、これが実に上手で、やがて中間のおっちゃんをモデルにした絵も弥生に描いてもらい、それをおっちゃんにプレゼントして、おっちゃんは終生この絵を店に飾って大事にする事となる。
修は、弥生に仄かな恋心を抱くのだが、従姉妹とは結婚出来ないと思い込み、ちょっとした事で喧嘩したりもする。彼女はその後不幸な運命に見舞われるのだが、実は弥生も修が好きだった事を後になって知って、修は激しく後悔する。
青春の胸の痛みがリリカルに描かれたこの辺りもちょっと泣ける。
こうして、恋に喧嘩に、破天荒な人物との交流と、波乱の青春時代を駆け抜ける姿は、鈴木清順監督の「けんかえれじい」を思わせたりもする。
やがて修は大学に入るが、しかし学園紛争の真っ只中で大学は休講状態、下宿先のオバさんの文房具屋をアルバイトで手伝っているうちに、彼が思いついた商法が成功し、やがてそれを梃子として就職し出世して行く。
現代に戻っての終章は、上に述べた通り。最後、スクリーンに映る高倉健を見つめながら、修が「健さんがいたから、今の自分がある」としみじみ感じ入るシーンもジンと来る。
まあちょっとあざとい所もあるけれど、爽やかな気分で読み終えた。
ただ後半はやや駆け足気味で、中間のおっちゃんの最期も少々あっけない感じ。そこらはちょっと物足りなかった。もう少しじっくり丁寧に描いてもよかったのではと思える。そこがやや減点。
任侠映画のストーリー内容も、かなり細かく描写されていたりするので、それらの熱烈ファンには嬉しいが、反面そうした任侠映画に興味のない人や、最近の若い人は、読んでてもあまり面白くないかも知れない。健さんのファンだったとしても、任侠映画時代を知らなければやはりピンと来ないかも知れない。
そういう意味で、読者がある層に限定される作品だとも言えよう。これから読まれる方はそのつもりで。
唐仁原教久氏による、本の表紙の絵も楽しい。半透明のフィルムの下にあり、フィルムをめくるとはっきり見える(右)。修の実家の酒店と、その店先にいる修と中間が描かれており、左には「日本侠客伝」の映画ポスターが貼られている。裏は焼きそばコテを持った健さんの絵と、それを描いた弥生の姿。フィルムかぶせない方がいいと思うけどね。
原作者についても少々。お話の内容から、私はてっきり原作者の体験に基づく自伝的小説かと思ったのだが、本の奥付によると、1963年生まれだそう。という事は出だしの1965年にはまだ2歳(笑)。自伝ではなかった事になる。それにしては東映任侠映画にやたら詳しいね。後からDVD見てファンになったのかな。
映画のノベライズも何作か手がけており、あの「ALWAYS
三丁目の夕日」も続編と併せ2作執筆しているという。本作のノスタルジックな雰囲気は、そう思えば「三丁目の夕日」と似ている気がする。
なお本作はその後文庫本として、本年1月に刊行されたが、題名が「運命のひと」に改題されている。これは疑問。なんで元の「銀幕の神々」ではいけないのか。だいたいこの題名では、山崎豊子さんの高名な小説「運命の人」と読みが一緒なので紛らわしい。
という事で、情報が少ないのであまり知られていないようだけれど、任侠映画時代の健さんに興味のある方や、特に60歳以上のオールド映画ファンの方には是非お奨めしたい、青春小説の快作である。「ニュー・シネマ・パラダイス」ファンの方にも読んで欲しい。
単行本原作
原作文庫本
| 固定リンク
コメント
ご無沙汰しています。
私も図書館経由で本作読了しています。
映画漬けの少年時代の頃が羨ましく、
また弥生とのエピソードが切なくて
涙腺が緩んでいましたね。
「幸福の黄色いハンカチ」以降の
作品しか見ていませんが、任侠映画
ちょっと観てみたくなりましたよ。
投稿: ぱたた | 2018年7月19日 (木) 11:01
◆ぱたたさん
私は昭和43年以降くらいからですが、健さん、鶴田浩二、藤純子主演の任侠映画をリアルタイムで見ていたので、読んでて何度も目頭が熱くなりました。
その時代をご存じないぱたたさんでも感動されたのなら何よりです。
健さんの任侠映画のDVDはツタヤに沢山置いてありますので、是非借りてご覧になってください。おススメはマキノ雅弘監督の「日本侠客伝」シリーズ(1作目と「斬り込み」は特に秀作です)、同じくマキノ監督の「昭和残侠伝・死んで貰います」あたりですね。個人的には藤純子の「緋牡丹博徒・一宿一飯」(鈴木則文監督)が最高に泣けます。
投稿: Kei(管理人) | 2018年7月21日 (土) 16:42