「ブリグズビー・ベア」
2017年・アメリカ/ソニー・ピクチャーズ・クラシックス
配給:カルチャヴィル
原題:Brigsby Bear
監督:デイブ・マッカリー
脚本:ケヴィン・コステロ、カイル・ムーニー
製作総指揮:P・ジェニファー・デイナ、ロス・ジェイコブソン、フィル・ホールティング
コメディユニット、GOOD NEIGHBORのメンバーで、テレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」にも進出していたチームが主体となって作り上げた、ちょっと不思議な味わいのコメディ。監督のデイヴ・マッカリー、脚本・主演のカイル・ムーニー、脚本のケヴィン・コステロともGOOD NEIGHBORの一員。その他の出演者は「スター・ウォーズ」シリーズのマーク・ハミル、「ロミオ&ジュリエット」のクレア・デーンズ、「リトル・ミス・サンシャイン」のグレッグ・キニアなど。
25歳のジェームス(カイル・ムーニー)は、外の世界から隔絶された小さなシェルターで、両親のテッド(マーク・ハミル)とエイプリル(ジェーン・アダムズ)の3人だけで暮らして来た。外界は汚染されている為外には出られないと教えられ、毎週届く教育ビデオ「ブリグズビー・ベア」だけが心の安らぎだった。そして今では「ブリグズビー・ベア」の世界を研究するのが日課となっていた。だがある日、シェルターに警察がやって来て両親は逮捕され、これまでジェームスが両親だと思っていた男女は、実は誘拐犯だった事を知る。ジェームスは生まれて初めて外の世界に触れ、“本当の家族”と一緒に暮らすことになるが、その環境になかなか馴染めず、苦悩する…。
設定としては、ブリー・ラーソン主演「ルーム」と似ているが、違うのは、「ルーム」の誘拐犯は非道な男であったが、本作の誘拐犯夫婦は、子供が欲しくてジェームスが1歳の時に誘拐し、本当の親子同様に愛情を持って可愛がり育てて来たという点である。だからジェームスもまた今日まで、偽の両親であるテッドとエイプリル夫妻を本当の親のように思って来たのである。それが突然、テッドたちは本当の親ではなく、実の家族は別にいた、と告げられても俄かには順応出来ない。
そういう意味では、物語としては、むしろ日本映画「八日目の蝉」(成島出監督)に近いと言える。あの作品でも主人公は生まれてすぐに誘拐され、犯人の女に、実の子供のように愛情を持って育てられた。その為、実の親の所に戻っても、なかなか両親に馴染めない。
また、これも日本映画の秀作「そして父になる」(是枝裕和監督)でも、赤ん坊の時から一緒に暮らして来て、ずっと父だと思ってた人が、ある日突然、本当の父ではなく、実の両親は別にいると伝えられ、その後実の家族と暮らしてみてもどうもシックリ行かない、といった具合に、いずれも、本当の家族の元に戻ったとしても、それからが大変である、という問題提起がなされている。
特にジェームスの場合は、親が偽者だっただけでなく、有毒ガスで汚染され、他に人間がいないと教えられて来た外の世界の環境までも虚偽だった事を知る。
つまりは、自分の本当の家族に加え、外の世界の現実という、2つの環境にそれぞれ、これから馴染んで行かなくてはならないから余計大変である。
ジェームスも、どうすればこの世界に馴染めるか、どうすれば本当の家族と心許して暮らして行けるかを模索し続ける。
そして彼の心に、ポッカリと穴の開いたような空白感…、それは毎週届けられていたSFファンタジー・ビデオ「ブリグズビー・ベア」の続きがもはや見られなくなった事である。
実はそれは偽の父、テッドが作っていたものなのだが、チープな作り(VHSビデオによる手作りゆえ画質は荒くノイズも入ってる)とは言え、なんと20数年間もジェームスの為に作り続けて来た、その根気というかテッドの息子への愛情には感心する(資料によると全736話にも及ぶそうだ)。
そこでジェームスが思い立った事、それは「ブリグズビー・ベア」の続きを自分で作る事、そして物語を自分の手で完結させる事であった。
最初は、とにかく「ブリグズビー・ベア」の続きが見たい、という思いからだったろうが、やがて実の妹オーブリー(ライアン・シンプキンズ)や、新たに出来た友人たち、取り調べでも親身になってくれたヴォーゲル刑事(グレッグ・キニア)といった人たちの協力も得て「ブリグズビー・ベア」の撮影を続けて行くうちに、ジェームスは次第にこの現実世界に馴染んで行き、そして多くの人たちの善意に触れる事で、実の家族たちとの絆を少しづつ取り戻して行くのである。
この「ブリグズビー・ベア」映画製作過程は、スティーヴン・スピルバーグやジョージ・ルーカスといった、後にハリウッド第9世代と呼ばれた映画作家たちが、子供の頃に8mmフィルムで手作りのSF映画を、嬉々として作っていたという逸話を思い出させる。
おそらくは本作の脚本・監督チームであるGOOD NEIGHBOR出身のデイヴ・マッカリー、カイル・ムーニー、ケヴィン・コステロも、このジェームスたちと同じように仲間で映画を作っていたかも知れない。
これは、映画に熱中し、手作りで自主映画を作りながら、いつかはハリウッドで映画を作りたいという夢を持ち続けているであろう映画作家希望の若者たちにとっては、胸キュンとなる物語である。
ジェームスが、誘拐犯で今は刑務所に収監されている偽の父・テッドに会って、セリフの吹込みを頼むシーンにもジーンとなる。
このテッドを演じているのがマーク・ハミルであるというのも感動ものである。偽とは言え、わが子に深い愛情を示す父親役を味わい深く演じている。「スター・ウォーズ」新シリーズでは息子の育て方を誤ってたけれど(笑)。
テッドがジェームスの為に作ってくれた、未完の「ブリグズビー・ベア」を完成させるという事は、ジェームスにとって、偽の親ではあるけれど自分を25年近くも育ててくれたテッドへの恩返し的な意味合いもあるだろうし、またこれを完成させる事は、あの偽の世界と訣別し、この現実世界で生きて行く決意にも繋がるわけである。
そして映画は完成し、街の劇場でプレミア上映会が行われるが、ジェームスは、酷評された場合の事を考えると怖くて会場に行けない。
これは、自主映画を作って劇場にかける時の、アマチュア映画作家の心情をとてもよく表していると言えるだろう。デイヴ・マッカリーたちもおそらくそんな経験をしているに違いない。
そう言えばスピルバーグも16歳の時、上映時間2時間の長編SF映画「ファイアーライト」を16mmで作り、街の映画館で上映した事がある。
ラストシーンもいい。例えチープだろうと、映画を作り上げるジェームスの熱意、それを温かく見守り、称賛を惜しまない街の人たち、仲間たちの友情、と感動の要素がいっぱい詰まっている。ちょっぴり泣けた。
テーマは考えると深刻なんだけれど、「サタデー・ナイト・ライブ」出身らしい、コミカルでトボけたタッチが楽しいし、可愛いクマのヌイグルミ、ブリグズビー・ベアで心が癒される。
この作品を、仲間たちと力を合わせ、1本の映画を作り上げる事の至福感を描いた作品と見るもよし、異なる世界に放り込まれた男の、適応と自立と再生の物語と見るもよし、親と子の、心の交流の大切さを描いた作品と考えるもよし、いろんな見方が出来るだろう。観た人それぞれが思いを巡らせて欲しい。心が和む、愛すべき小品佳作である。 (採点=★★★★☆)
(さて、お楽しみはココからである)
テッドが仮想で作り上げた、冒頭の“地上は汚染されている為、人々は地下のシェルターで暮らしている”という設定。
こういう設定ののSF映画はいくつか過去に作られているが、実はあのジョージ・ルーカスも作っている。
それが「THX-1138」(1970)と言う作品。ルーカスの監督デビュー作でもある。
25世紀の未来、人類は地下のシェルターで管理支配され暮らしていたが、主人公THX1138は脱出を図り、ラストで地上に出る、というお話。
これは元々、ルーカスが学生時代に仲間たちと自主製作した16mm、17分の短編「電子的迷宮 THX 1138 4EB」(1967)がベースで、これを見て気に入ったフランシス・コッポラが資金を出して35mm、長編映画としてリメイクしたものである。
短編作品の方は、仲間たちと自主製作した手作りアマチュアSF映画、という点でジェームスが作った「ブリグズビー・ベア」と共通するし、後に「スター・ウォーズ」を作る事になるジョージ・ルーカスが作った作品であるというのも興味深い。
その「スター・ウォーズ」の主演者、マーク・ハミルが本作に出演している、というのもまた面白い。
ちなみに、ルーカスが「THX-1138」を作ったのは、本作のジェームスと同じ、25歳の時であった。偶然にしては出来過ぎ。
ひょっとしたらデイブ・マッカリー監督、アマチュア映画作りの先輩、ジョージ・ルーカスに本作でオマージュを捧げたのかも知れない。
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